01.マサラタウン


俺は高校生探偵、工藤レイコ。幼馴染のカビゴンと共にヤマブキシティを旅立ち、図鑑集めの旅をしなくてはならなくなった。親父を罵倒する事に夢中になっていた俺は、背後から近付くオーキド博士の気配に気付かなかった。俺は博士に図鑑を渡され、目が覚めたら…体がニートになってしまっていた!
元からだよ。

私はたった一つのニートを目指す、ヤマブキシティのレイコ。わけあってポケモンニートとなるべく旅に出ている。ニートを目指しているのに旅に出ているという矛盾については序章を読んでもらえればわかるが、まぁ簡単に言えばポケモン図鑑を完成させればニートになれるというわけだ。この意味…わかるか?私にはわからん。とにかく親父が憎い。

というわけで、冒険への第一歩を踏み出した私は、とあるド田舎を訪れていた。オーキドポケモン研究所があるという、のどかな町マサラタウンだ。
ここでオーキド博士からポケモン図鑑をもらうというのが私の最初の任務なんだけど…。見渡す限り平原しかない景色を眺めながら、私は首を傾げる。

いや…本当にここで合ってるか?なんつーか…無なんだけど。無。
マサラタウンとは名ばかりの平地に、私の不安は加速した。どの辺が町なのか国土交通省に問い合わせたい気分だ。

え?マジでここですか?なんか民家が二軒しかないぞ。かろうじて研究所っぽい建物もあるけど、あれが世界的権威の研究所なのだとしたら、オーキド、いろいろ考えた方がいいと思うぜ。自分の立場とか実績をな。

好きこのんでこんな田舎に引っ込んでるとしたら相当変わってるだろ。ていうかマジでここ…カントー?クチバから連絡船に乗ってわざわざ来たんだが…電車も通ってないとかどう考えても秘境でしょ。研究所に通う人たちは一体どうやって移動してるんだ?本当に人が住む場所か?都会暮らししかした事のない私には衝撃が強く、しばし呆然と立ち尽くしてしまった。

いろいろ気になりすぎるけど…とりあえず…行くか。田舎を眺めてたって都会になるわけでもないし。
私は移動用に持ってきた原付と共に下船し、のろのろ走りながら一番大きな建物を目指す。
あれが研究所で合ってるよな?マジで簡素だけど。門とかもないし、その辺の小学校の方がまだセキュリティ面でマシな気さえする…付近にある二軒の民家も大草原の小さな家って感じで、放っておくと延々と田舎ディスを繰り返してしまう気がし、その恐ろしさに私は思考を止めた。
なんてところなんだマサラタウン…常軌を逸した過疎っぷりは、悪気はなくともつい小馬鹿にしてしまう狂気があった。別に都会に住んでたら偉いわけでもないんだから、あんまり田舎田舎言うのは止そう…と自らを律し、しかしここに住めと言われたら舌を噛むだろうなと思うレイコであった。ディスってんじゃねーか。

目の前まで来ると、ようやくオーキド研究所と書かれた看板が目に入り、私は安堵と不安が同時に押し寄せるのを感じた。

本当にここなんだ…グーグルナビに従ってここに連れてこられたら絶対疑うよな…目的地は右側ですって言われても素通りしそうな佇まいだよ。繰り返し言うがオーキド博士、世界的権威である。ホワイトハウスのような研究所を想像していた私には、いまいち博士の人物像が見えて来ず困惑した。
まぁ偉くなっても素朴な暮らしを選ぶくらいだから、普通にいい人なんじゃないかな…テレビで見る感じだと親しみやすいおっちゃんって雰囲気だし…都会の喧騒の中よりも、のどかな野原の中でポケモンと触れ合う事に喜びを見出す…そういう変人、いや奇特な方こそ博士に相応しいって事なのかもしれない。

自身を納得させながら、それでも半信半疑なので玄関前で突っ立っていると、そんな私を不審がる人物に声をかけられた。これこそリアルな、研究所に夢中になっていた俺は背後から迫るもう一人の男に気付かなかった体験である。

「…お前、誰?」

小生意気そうな子供の声に振り返ると、本当に小生意気そうな子供が立っていて驚いた。
コミュ障ニートとして生きてきた私は突然の対話に驚き、どうしたらいいかわからず狼狽える。

誰だ。いやそっちも誰?って思ってるかもしれないけど、私は決して怪しい者ではないので通報だけはしないでいただきたい。
どもりながらも、何とか不審者ではない旨を伝えたく、研究所を指しながら愛想笑いを浮かべた。

「いや…ここに用があって…」
「ふーん」

何だその態度は。どこのクソガキなんだよこいつ。
正直に答えた私に雑な返事を寄越し、謎の少年はじろじろと私と原付を見定める。ていうか今お前っつったか?どう考えても年上の私をお前呼ばわりしなかった?第一声からすでに無礼だった事に気付き、やっぱ田舎なんてろくなもんじゃねーよと秒で掌を返す。

そこの民家のガキだろうか。私より二、三歳は下と見られる少年は、茶髪にウニみたいな髪型をしており、髪も尖れば性格も尖る事を示唆しているようで、全身から生意気そうなオーラが漂っていた。
ニートの私が言うのも何だが親の顔が見てみてぇよ。それでお前は何なんだよ、何で話しかけてきたの?まさかこのド田舎研究所に用があるのか?様子をうかがってると、意外にも気さくな態度を向けてきたので、私のコミュ障も加速する。

「入るならついて来いよ」
「えっ?はい…」

どこから目線なの?とは思いつつ、どうやら中に入れてくれるみたいなので、私は素直に従う事にした。もしかしたら博士の知り合いなのかもしれない。むしろこの限界集落で顔見知りじゃなかったらびびるけどな。私より引きこもりじゃねーか。

田舎とはいえさすがに天下のオーキド研究所である。私のような小娘が堂々と入れるわけないと思うから、顔パス余裕なご近所さんの付き添いは有り難かった。うちの実家も重要な資料とか置いてある部屋は厳重に鍵がかかってるからな、オーキドクラスともなると入口から厳重なセキュリティで固めている事でしょう。
しょぼいのは見た目だけだと期待し、さっさと入って行ってしまった少年に続いて、私もあとを追った。この扉を開いた先にはきっと、近代的なゲートがあって、首から許可証をぶら下げなければ自由に動き回れない空間が待っているはず、そう信じて足を踏み入れた。のだが。

「じーさん!いるかー?」

警備員すらいねぇ。
やはり無だったな、と溜息をつき、大声で誰かを呼ぶ少年の後ろ姿を見つめた。

警備員どころか人っ子一人いねぇじゃねーか。マジで普通に入れたぞ。安定のリノリウムの床の上には、資料や研究機材の入った棚がずらっと並んでおり、いかにも研究施設という雰囲気なのに、見事な杜撰さを披露され、正直言葉が出ない。

お前…いくらCEROが全年齢でド田舎だからって油断しすぎだろ。オーキド研究所だぞ。ポケスペでもアニメのサイドストーリーでも誘拐されたりしてたんだからもうちょっと警戒心を持っていただきたいわ。
おおらかな人の多い田舎では事件など起こりようもないのかもしれない、しかしある日突然私のような姑息な人間が訪れる事もあるんだ、充分気を付けてくれ。

誰が姑息だよと脳内で自分と喧嘩している間にも、クソガキはどんどん中へ入っていく。するとちらほら助手と思わしき白衣のモブ達を見かけたため、丁寧にお辞儀を繰り返しながら、働き手のいる事実に安堵するなどした。
よかった…人がいた…でもみんな通勤大変だろうな…働くのって本当地獄だよね…絶対労働なんてしたくないよ。そのためにも今が頑張り時だ。さっさとオーキド博士に図鑑をもらって旅立たなくては。

ふらふらついていってしまったけれど、そもそもこの少年は誰を探しているんだろう。じいさんって呼んでたから…祖父がここに勤務しているんだろうか。じゃあお前の爺さんにオーキド博士の居所を聞くとしよう。
ついて来いと言ったきり私の事は完全放置なので、どうしたらいいかわからない感じになってしまったが、とりあえず行くとこまで行くしかないな。大人とコンタクトを取る手段もなくかなり奥まで来てしまった事に不安は覚えつつ、もう後戻りはできない。お前ら見ず知らずの少女が侵入してんだぞ、多少は不審に思えよ。

本当に大丈夫なのかここ…と冷ややかな視線を所員たちに向けていたら、突然クソガキは歩みを止めた。やたらと機械が並んだ広いスペースに着いたが、どうやらここが終点らしい。中央にパソコンへ向かってごそごそしている白衣の中年がいて、私たちの気配に気付いたのか、ゆっくりと振り返った。そのお馴染みの顔に、私は思わず口元を押さえる。

「ん?グリーンか?」

な。
生オーキドだ!サインくれ!

ミーハーを披露する私は、直後にこの少年と世界的権威の関係性を知り、クソガキなどと言い捨てた事を後悔するのであった。
いやでもクソガキはクソガキでしょ。

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