「…レイコ」

二人が去ったあと、若手俳優のようにだんまりを決め込んでいたツンデレがようやく反応した。一気に静かになった空間でゆっくり振り返り、彼と視線を合わせる。少し居心地が悪そうな様子は、私も全く同じだったので理解できた。
マジで嵐のようだったもんね…あの二人。反動がすごいわ。どういうテンションだったか忘れちまったよ。
この謎の空気を入れ替えたいのか、ツンデレは探るように言葉を紡ぎ出すと、概ねいつも通りに話し出したので、私は少しホッとする。

「何だかおかしな具合になっちまったけど…だが俺は!お前を倒すのを諦めてはいないからな」

いやそれは諦めてくれよ。他の何を諦めなくてもいいけどそれだけは諦めな。健康で文化的な最低限度の生活を送るためにもね。
などと言いたくても言えない私は、アメリカンコメディのように肩をすくめ、彼の執念を聞き流した。一緒に戦った事によってそういう一方的なライバル視みたいなのはなくなったかと思ったけど、全然そんな事はなかったと。むしろワタルを倒すという野望を叶えたおかげで私一本に絞られたみたいなね。自分で自分の首絞めてんじゃねぇよ。
快適ニート生活が遠ざかった気がし、隠れて溜息をついていると、油断し切っていた私に即刻罰が当たった。

「…それで話って何だよ」

いきなり核心に迫られた私は、驚きのあまり飛び上がった。数歩後ずさり、まさか向こうから切り出してくるとは思わなかったため、心の準備ができていない私は、激しい動悸に襲われる。

おいやめろよ突然!なんでこういう時ばっかり素直に対話をしようとする?いつもみたいに突き飛ばして帰れや!いや帰られても困るけども!
何にせよ混乱している場合ではない。テンパってる間に痺れを切らしてどっか行っちゃうかもしれないからな、手短に話さなくては。
私は深呼吸をし、まるで愛の告白でもするかのような緊張感を漂わせながら、口を上下に開く。何故か真剣な様子で静聴しているツンデレを見ると、胃に穴が開きそうな気分だった。

お前そんな真面目に人の話聞くような奴だったか?そりゃ戦闘前にいきなり、この戦いが終わったら話がある…とか言われたら、こいつ死ぬのか?って思ってしまうのも無理はないだろうよ。私も思ったし。気になる気持ちもわかるけど…でも…そんな年相応の眼差しで薄汚れた私を見ないでくれよ…!余計につらくなるからァ!

私は無、私は無、と言い聞かせながら落ち着きを取り戻し、真っ直ぐツンデレを見下ろした。
いろいろ迷ったけど…どうしても伝えたい。償いたいとか感謝されたいとかじゃなく、ただただ伝えたいのだ。ここまで共に歩んで来た者として、私とお前が何気に無関係ではなかったこと、その結果生まれた絆…いや腐れ縁…的なものがあったことを、お前にも知ってほしい。そのおかげで私も多少まともなトレーナーに近付いた事だって。

「三年前…」

そのフレーズだけで、ツンデレは少し身構えた。

「ロケット団を壊滅させたのは…私なんだ」

落ち着いた声で、しかし必ず届くように、私はツンデレへ伝えた。彼はあまり表情を変えなかったが、何かに思いを馳せるみたいに私を見つめていたので、こんな突拍子もない事を言われる心当たりはあるのだろう。やっぱりセレビィが見せた光景は夢でも幻でもなかったと知り、思わず俯いた。

い…言ってしまった…言っちまったぞ…。
無反応なツンデレに居たたまれず、絶望的な気持ちで目を閉じた。
大丈夫だろうか、やけに静かだけど…。目を開けた瞬間、親父の仇!とか言って刺されたりしてな。笑えねぇよ。
不吉な冗談がマジにならない事を祈り、判決を待っていれば、ついにその時はやってきた。確かに前方から溜息が聞こえ、私は大袈裟なくらい肩を揺らす。
え?ていうかなんで溜息?と疑問を抱いた瞬間、答えは出た。

「…そんな気はしてた」
「えっ!」

思いがけない返しに、私はさらにテンパる事となった。きっと今ならSSRが出る!と思ってガチャ引いたら見事にドブった時くらいのトーンで、そんな気はしてた…なんて言われたら、ドブ女的には複雑な気持ちになる他ない。

なに、マジで?察してたの?いつから?ていうかこのガキが察してたのに途中まで私に気付かなかったロケット団員たちはマジで何なんだよ。全員怪電波で脳やられてんじゃねーのか。
団員の知能はさておき、こんなに悩んだってのにあっさり気付いてた事を暴露され、私は何だか拍子抜けだ。苦悩の日々が無意味に終わり、せめてもう少しリアクションくれよと我儘なニートは思う。

「ラジオ塔の事件解決したのだってお前だろ」
「あ、うん」
「お前ほど強ければ…納得だな。別に驚くほどの事じゃねぇよ」

ツンデレ氏〜!デレすぎでござるよ〜!
イブキのデレが感染したのか、彼の言葉からは優しさが感じられ、私は感涙しかけた。私の実力を買ってくれていること、そしてロケット団を解散に追い込んだのが誰であろうと俺は俺の道を行くぜという姿勢、全てに感動した。私は思わず口元を掌で覆い、瞬間、荒んだ己の魂が浄化されたような気がした。

許してくれるんだなツンデレ…いやまぁ許すも何もないと思うが、一人のトレーナーとして私と向き合ってくれるという事か…。着々と大人になっていく少年に感動する傍ら、まるで成長していない自分を嘆き、いろんな意味で涙が出そうになる。つらい。進歩がなくて。
気を揉んだわりにツンデレの反応は清々しかったため、私は安心感からつい笑みを浮かべてしまう。全て終わった…みたいな雰囲気に一人でなっていると、ツンデレからは至極真っ当な指摘が飛んで、かつてないほど言葉を詰まらせるのだった。

「…なんでわざわざ俺にそんなこと言うんだ」
「あっ、え!?いや…その…」

咄嗟のことに、私は慌てた。正直に話すか隠すかも決められず、おろおろしている間に時ばかりが過ぎていく。

まぁ…気になるよな普通。ツンデレがサカキの息子だってこと、私がなんで知ってんのか…そりゃ誰だって不思議に思う事でしょう。
別にセレビィの件を言ってもいいけど…でも盗み聞きしてたのがバレるのは微妙なところだ。これ以上人間性を疑われたくないし…だけどそれはセレビィが無理やり盗聴を強いたと言えば許されるかもしれない。保身に走る私は悩みに悩み、あまりにも悩みすぎた結果、先に痺れを切らしたのはツンデレの方だった。いつもみたいに鼻を鳴らし、小生意気な態度で横を向く。

「…フン、何にしたって俺がお前を倒すことには変わりないさ」

なんか勝手に自己解決したぞ。よかった。
ホッとする私の前で、ツンデレはワタル相手に大健闘したポケモン達を見つめ始めた。ボールの中からトレーナーを見上げる小さな存在は、ツンデレに大きなものをもたらし、そしてポケモンもまたツンデレからたくさんのものをもらったに違いない。盗品のレッテルとかな。笑えねぇよ。

さっきは諦めてくれって言ったけども…でも本当に私を倒すつもりなら、それはそれで頑張ってほしいな…とも思った。絶対倒されてはやらないが、君達が培ってきたものを見てみたいって思うし。あの通信進化の衝撃は二度と御免だけどな。いまだにショックだもん。強くなった姿は見たいけどコミュ力上がった姿は見せるんじゃねーぞ。ぼっちニートはガラスのハートなんだからよ。

ツンデレの成長が嬉しいやら恨めしいやらで苦悩していれば、力強い目で見つめられ、私は思わず背筋を伸ばした。またド突いて帰る気か?お?と臨戦態勢を取ったけれど、彼は真っ当なトレーナーになりつつある人間である。もはや暴力に訴えるという手を取る事はなかった。若干の寂しさを覚えた自分には気付かない事にする。

「こいつらをもっと強くして、それから俺の…俺の心も強くして、またお前の前に立ち塞がってやる…」

決意めいた眼差しで宣言され、私の老婆心は限界を突破した。泣きそうになりながら何度も頷き、いろいろあったけどここまで来てよかったと心から思う。
ポケモンだけが強くても駄目だってこと、私も深く噛みしめた。このジョウトで、私自身が強くならなくちゃいけないって、何度も何度も思わされたよ。そもそもニートになるには心臓に毛を生やす事が求められる…社会を捨て、世間体を捨て、人に指を差されようとも己の意思を貫く、それが孤高の無職だからね。
そんでやっぱりトレーナーとしても、強くありたいって思うんだよな。大事なポケモンを守れるのって、トレーナーとしての自分だと思うしさ。

「…待ってるよ、ずっと」

できればアポ取ってくれよな…と捨て台詞を吐き、私は踵を返した。お前だって訪ねて行った時に私がジャージで寝てたら嫌だろ。ニートは人前に出れる姿になるまで時間がかかるんだ、その辺配慮していただきたいですね。
まぁそんな常識的な行動は期待してないけど、いつでも来てくれたまえ…なんて偉そうに思いながら、ツンデレに背を向け、龍の穴の出口に向かい歩き出す。

最後に会えてよかったよ。ここにはまた記録に来るから出くわすかもしれないが、三年前の件、ちゃんと伝えられてよかったな。ツンデレはサカキとは違うし、最初はいろいろ踏み外してたけど、これからもっといいトレーナーになる、そう思うよ。私より立派にはならないでくれ。泣くから。

グリーンの大出世がいまだに堪えている私は、気を取り直して頑張ろうと背筋を伸ばした。もうすぐニート、念願の無職!きっと幸せな日々が待っているはず!
いい感じにテンションを上げたところで、不意に後ろから、何かが迫る気配を感じた。ツンデレか?と確かめようとした時、背中に結構な衝撃が来て、私の神がかった運動神経がなければ、危うく地面に衝突するところだった。

何事!?と振り返ろうとしたけれど、強い力に阻まれて上手く体を動かせない。腰元を見ると、黒い布が絡みついていて、それがツンデレの腕と気付いた瞬間、私は硬直した。

「本当は…」

背中からツンデレの声がする。腰には巻き付いた腕。徐々に伝わる温もり…。これは…まさか…!

凄まじい…デレ!

「お前だったらいいのにって…思ってたんだ」

何が!?どれが!?

「三年前、親父を倒したのがお前だったら…」

それかー!解決!いや解決したけど解決してねぇ!
いきなり走ってきて何をするかと思えば心情を吐露され、私も感情が零れ出しそうだった。わざわざ伝えにきたツンデレの気持ちを考えると、普通に泣きそうで無理だった。無理です。だってそんな風に思ってもらえる人間じゃないんだから…と、無職、盗聴、勝手にツンデレ呼ばわりしている罪などを、こっちまで告白したくなってくる。

いろいろ軽率だったしとても反省したけど、でもツンデレがそう思ってくれるんだったら…ロケット団がさらなる悪事を重ねる前に、サカキを止められてよかったって思うよ。いま初めて本当に思った。なんか救われたわ…。お前も私のおかげで更生できたようなもんだろうが、私もお前のおかげで心が軽くなった。戦場ヶ原ひたぎの体重くらいね。

感極まって何も言えない私は、喋る代わりにガラの悪すぎるメシアの手を握った。まだまだ少年の手である。一人でここまで来るには、きっといろんな苦労があった事だろう。空を飛べない過酷さを思い知っている私は、思わず感情移入してしまいそうになったけど、でもこれからはポケモンが一緒なんだ。きっと何だってできるよ。私を倒す以外はな。くどい。

「俺が追ってるのは…今も昔もお前だけだ」

すごいな今日のデレは。私の寿命ここで尽きるんじゃないか?

そんな一生分のデレを消費しなくても…と怯えて震えていたら、ツンデレは素早く腕を離した。かける言葉が見つからないまま振り返ると、即座に両肩を押され、これから自分がどうなるか、私は一瞬で把握する。

しまった。完全に油断した。デレを囮に使うなんて。
かつてない力でド突かれた私は、見事に背中からすっ転び、冷たい地面に頭を打ち付ける。声すら出せない衝撃が後頭部に来て、たぶん照れ隠しだろうなと思いながらも、憤りを止める事はできない。レイコは短気なニートであった。

「ふざけんなよクソガキ!」

走り去るツンデレに向かって叫び、溜息をついたあと一人で笑った。毎回ド突かれる自分の滑稽さと、彼を微笑ましく思う心が混ざり、最終的にはまんざらでもない気持ちになって終結した。次は避けてみせる…とシャドボの構えを取り、そして笑っていられるのも今のうちだという事に、このときのレイコは気付かない。

至急ホウエンに飛んでほしいと父から直談判されるのは、それから数日後の事である。

to be continued……

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