審判の時は近付いていた。協調性のないポケモン勝負の行方より、この先に待ち受ける重苦しい告白の勝敗の方が、私には重要だったりする。

ワタルをぶちのめしたいというツンデレの意思を尊重し、私はイブキをリンチ、違った、イブキの相手を務め、ツンデレの元に破壊光線が飛んでこようものなら、カビゴンを派遣して守ってやったりと、協調性がないわりに気の利いた勝負ができたのではないかと自画自賛した。孤高のトレーナーである私は、パートナーに気を配りながら、カメラを回し、尚且つカビゴンとカイリューを交代させ、破壊光線を受け止めてやる忙しさに、一般トレーナーの苦労をこれでもかというほど思い知る事となる。みんなよくこんな事やってられるな、普通に一人が楽だわ。むしろ一人の方が強いと思うけどそれは気付かなかった事にしてやる。
一般トレーナーはカメラなど回さない事はさておいて、カイリュー同士の破壊光線対決を制した私は、敗北したというのに清々しく微笑む二人のドラゴン使いを見て、勝っても特に晴れやかな気分にはなれない自分を情けなく思う。だってこのあとツンデレに大事な話がをしなきゃいけないからな。鬱。
自分で話すと決めた事は棚に上げ、気落ちしている私に、ワタルは爽やかに語りかけた。

「思った通りだ。君達のコンビネーション、見事だったよ」

しかし率直に褒められると、上手く立ち回った身としてはまんざらでもない気分になってくる。
まぁね?私の献身的なサポートのおかげっつーか?カビゴンの厚い脂肪あってこその破壊光線に耐えうる盾みたいな?今まで攻撃タイプだった菊丸英二がサポートに徹するような働きぶりだったと自負してるよ。ツンデレも邪魔はせず、滞りなくマント二人を叩きのめせたから、まぁその言葉は素直に受け取らせてもらおうじゃないか。何様なの?

調子のいい私は照れ笑いを浮かべて、実際初めてのタッグにしてはなかなかいい感じだったよとツンデレの健闘を称えた。なんかこう…とにかくワタルをぶっ倒したいという我々の気持ちが一つになったというか…ラスト破壊光線で心がシンクロしたというかね。62秒でケリをつけた時のシンジとアスカの如く、私達は一体化した、そう思うよ。ワタルが涼しい顔をしている事は残念でならないけど。
もっとこの世の終わりみたいな顔で敗北を嘆いてほしい…とクールマントを恨めしげに見つめたら、そんな私の愚かさを際立たせるよう、人格的な発言がワタルから飛んできたため、秒で反省するはめになった。

「一人で強さを追い求めて、果てしなく上を目指すのもいいだろう…でもポケモンで戦う面白さっていうのは、そればかりじゃないんだよ」

ぐうの音も出ない。ポケモントレーナーとしての大正解を見せつけられ、私の心は瀕死である。

はい、もう…仰る通りです…。私もそれをわかり始めていたはずなのに、敗北に泣きわめくがいいなどと生意気な事を思ってしまい申し訳ございませんでした。反省します。
思えば私もツンデレも、共に一人で戦ってきた者同士…片や強さを求め、片や夢を追い、孤独と隣り合わせで生きてきた。ニートの旅は道連れ厳禁だからな、誰も私の無職街道に付き合わせるわけにはいかないし。
そんな私でも、旅先で出会った人々と勝負を重ねて、ただ勝てればいいとか、記録できればいいとか、そういう風に思うばかりではなかった気がする。
特にこのツンデレ。彼が徐々に変わっていくのを見てると、ポケモン勝負って意味のあるものなんだな…って心から思えたよ。それが誰かの人生を変えてしまうものだとしても、いや人生を変えるほどの事だからこそ、トレーナーは一戦一戦に全力を込める。だから私も本気で戦ったし、その結果カイリューの破壊光線が、龍の穴の湖を真っ二つにしても、それは仕方がない事だと思うんだな。許してくれ。わざとじゃないんだ。

「まぁこんな事わざわざ言葉にしなくても、君達はもう気付いてると思うけどね」

ワタルの言葉を聞き、思わずツンデレと視線を合わせた。秒でそらされてしまったが、ツンデレも同じ気持ちだったらいいな…と老婆心を全開にし、私はゆっくりと頷く。
何だかんだでワタルも私達の成長を気にかけてくれてるんだな…そう思うとチョウジのアジトに巻き込んだ事も許せるような気がしてくるよ。いや許せねぇな。犯罪組織に少年少女を巻き込むな。次は児童相談所が黙ってないと思えよ。
いい感じの雰囲気に騙されるところだった…と震える私へ、ワタルは最後に優しい言葉をかける。

「強くなったね、カイリュー」
「あ、はい…ありがとうございます…おかげさまで…」

内心でボロクソ言っている事がバレないよう、私は愛想よく返した。苦労して育てたポケモンを褒められると、やっぱり嬉しいと感じるものである。

「次は俺と組んでくれよ」

それには頷けない。時と場合によるから。
曖昧に笑うと、それでワタルは満足したのか、マントを翻して退却準備を始めた。意外にもツンデレはおとなしいままで、勝利をドヤる事もなく佇んでいる。あんまりあっさり勝ったもんだから、まだ実感がないのかもしれない。ごめんね強くて。勝負の佳境でタイプワイルドが流れる間もないくらい瞬殺。刹那を生きてるのよ。

締めの挨拶に入ったワタルを見据え、ポケモン勝負という前座を挟んだ事で多少落ち着けた私は、このタイミングで来てくれた二人に、何だかんだと感謝の念を抱いた。最初なんてスゲー緊張してたからな…ごきげんようっつって…。肩の力が抜けただけでもよかったよ。
それにツンデレの隣で戦ってみて、やっぱ言うべきだなってのを再確認したし。覚悟持ってトレーナーやってんの、なんかわかるもんな。なかなかにハードな生い立ちだと思うけど、研究所で盗んだ一匹のポケモンからお前の全ては始まったわけだ。
ポケモンって、人生を変えてくれるんだ。

「じゃあレイコちゃん!そのうちまた会おうな!」
「はい…できれば平和なところで…」

全力の皮肉を込めたが、ワタルは終始涼しい顔を保ったまま、私達の前から立ち去った。たなびくマントを冷ややかに見送り、絶対リーグとフスベには近寄らないようにしよう…と固く誓う。ろくな事にならない。金輪際ドラゴン使いとは関わりたくないわ。ファッションセンスも合わないし。
そこまで考えたところで、ハッとした。ファッションという単語で大変な事を思い出してしまった私は、震えながら視線を横に向ける。ワタルと共に去るかと思われたイブキが残留している事に、何か意図を感じてならなかった。

やべぇ。そういえばツンデレの奴、イブキさんの衣装ディスをかましたんだった。ラッパーでもないのに。
私は怯えた。ワタルが抑止力となっているうちは彼女もおとなしかったが、一人になった今、お得意の癇癪が始まってもおかしくはない。ジム戦後のトラウマが脳裏によぎり、早く謝れよ!とツンデレに謝罪を促そうとする。
しかし、こちらからアクションを起こす前に、イブキが動き出した。私とツンデレの前に立ったかと思うと、尊大な眼差しで見下ろしてくる。絶対怒ってる!と身構えたが、短気な私と違い、イブキは腐ってもジムリーダー…すぐに微笑みを浮かべると、実に大人な態度でマントを翻すのだった。

「じゃあ私も行くわ。レイコ、楽しかったよ」
「え、あ、ああ…ど、どうも…光栄です」

いきなりのデレに童貞のように動揺する私は、次の彼女の言葉で、思わず素敵なボディスーツに、見惚れてしまうのだった。

「それに、生意気なあんたもね」

ツンデレに爽やかな捨て台詞を投げ、おかしな格好の奴は去った。あまりに大人な対応に痺れ、開いた口が塞がらない。これがあのイブキなのかと、私に負けて無茶振りを強いてきた女と同一人物なのかと、にわかには信じられず硬直する。

マジかよイブキさん。服をディスられてもあの余裕の態度、めちゃくちゃ大人じゃねーか、感動したわ。ジム戦の時もそういう感じでいてほしかったけど、まぁこの場でトラブルに発展せずに済んだし、龍の穴の件は私も許そう、あなたのように寛大な態度でね。
何だかみんなそれぞれ変化していくんだなぁ…としみじみ思い、一番変化のあった人物の横で、私も同じくらい変わった事を噛みしめるのだった。

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