◯◯さんについて

「これがポケモン図鑑の新機能、生息地リストよ!とっても役に立つでしょ?それもこれも全部…レイコさんがデータを集めてくれたおかげなのよね」

レイコさんって、誰だろう。

旅に出て以来、何度もその名前を耳にした。初めに聞いたのは、冒頭のアララギ博士の言葉である。図鑑をもらった時にそう言われ、ポケモン図鑑を完成させたすごい人なのだと知り、それ以外の伝説も後に聞かされた。

度々耳にする謎のトレーナー、レイコさん…一体どんな人なんだろう。旅をしてたら嫌でも耳に入るというか、イッシュを回っているとレイコさんの軌跡を追っている気分になったりもする。何となくすごい人だとはわかるのだが、誰に聞いてもいまいち実体が見えてこないし、結局わかっているのは三つくらいだった。

一つ、二年前にイッシュを救った、カントー出身の英雄であること。
二つ、ポケモン図鑑を完成させた優れた冒険家であること。
三つ、チャンピオンにも打ち勝った凄腕のトレーナーであること。

その凄まじい経歴に、いや盛り過ぎでしょ、とさすがの私も思った。

ハリーセン頭の幼なじみに触発され、ヒオウギシティから旅に出た私は、ちょっと前まで新米トレーナーだった。
初めての冒険に人並みに楽しみを覚え、ポケモンと触れ合っていろんな事を学び、酸いも甘いも経験した。そうやって各地を回ってきた私は、何度もとある名前を耳にしたものである。

そう、レイコさんだ。

必ずと言っていいほど、各地で名前を聞くその人は、いろいろな意味で人々の印象に残りやすい人物だったみたいだ。

ある町では、原付で颯爽と駆け抜ける姿を見たとか、またある町では、四六時中カメラを構えていて不審だったとか、さらにある町では、ゴミ箱を蹴飛ばして出てきたハイパーボールを拾っていたとか、そしてそれを換金していたとか、奇行の目撃証言が多すぎる事も、私の興味を引いてやまない。

もちろんいい噂もある。ポケモンを奪おうとしていたプラズマ団を一撃で沈めたり、ジムリーダーから一切攻撃を食らう事なく完封したりと、とにかく無敗神話がすごいのだ。レイコさんのカビゴンと戦った者は皆、その圧倒的な力を忘れられないのだという。トラウマとも言うけど。

これを聞いて胸が高鳴らないほど、私はトレーナーとして枯れてはいなかった。ていうかなったばっかりだしね。
とはいえジムバッジも何個か集まったし、腕にも結構自信がある。だから桁違いに強いトレーナーの話を聞いたら、興味をそそられて仕方がないわけだ。

次第に噂だけでは飽き足らなくなった私は、関係者に話を聞きに行くほど、レイコさんにのめり込んでいった。
最初はネットで情報収集してたんだけど、いまいち信憑性がないんだよね。実家でニートやってるとか有り得ない噂も立ってるし、やっぱ直接交流があった人を訪ねるに限る。

まずはアデクさんのところに行ってみた。元チャンピオンなら、レイコさんと戦った事があるはずだからだ。
記者にでもなった気分ではしゃいでたんだけど、アデクさんは何だか微妙な反応で、レイコかぁ…と唸っていた。生意気で調子が良くて怖いもの知らずで…としばらく愚痴ばかり喋っていたものの、最後には、でも強いトレーナーだったよ、と微笑んだ。その表情から、信頼みたいな何かを感じ、私の好奇心はどんどん加速していく。

本当に何者なんだろう、レイコさん。元チャンピオンに強い人だと言わせるなんて。会って確かめたくなっちゃうよ。
住所聞いちゃおうかな?とまで考えた時、最後にアデクさんは有力な情報を残してくれた。それは、「レイコの事ならチェレンに聞いてみるといい」という意味深な一言であった。

チェレンさんは、私の住む街に最近赴任してきたジムリーダーである。
スクールの先生もやってるし、頭も良くてポケモン勝負もとっても強い。きっと本気で戦ったら歯が立たないだろう。それだけの実力を持った人が、初めてのジム戦の相手で、私は誇らしかった。何かと目をかけてくれてるし、そういえば二年前の騒動の時も、渦中にいたと聞いた。その時にレイコさんと出会ったのだろうか。

何にせよアデクさんが太鼓判を押すくらいだ、チェレンさんに聞けばレイコさんへの理解がより深められるに違いない。
早速ライブキャスターで連絡すると、ライモンシティにいるとの事だったので、私は慌てて飛んでいった。観覧車の前で待ち合わせをし、走って現場に駆け付けたんだけど、そこにいたチェレンさんは何だか…声をかけづらい雰囲気で佇んでいたため、私は思わず足を止める。

ライモンの観覧車は、すごくボロい。取り壊されるって聞いた気もする。それを意味深に見上げていたチェレンさんは、なんとも哀愁漂う姿で、もしかして山男と相乗りした事あるのかな…なんて物騒な事を考えたりしてしまった。イッシュ七不思議の一つ、秋の観覧車は、アッー!な恐怖スポットとしても有名である。二年前までは夏だったらしいけど。もう取り壊していいんじゃない?

まぁ私は結構好きなんだけどね。知らない人とも一緒に乗り、様々な話を聞いた。この観覧車には、人の本音を引き出す力があるのかもしれない。
意を決してチェレンさんに声を掛ければ、彼は特に驚いた様子もなく、いつものクールさを醸し出して、私の世間話に付き合ってくれた。そして不意に会話が途切れた時、思わず言ったのだ。
よかったら、一緒に乗りませんかと。

チェレンさんは珍しく戸惑ったような顔で笑ったあと、私の誘いに小さく頷いて、いいよ、と承諾の言葉を告げた。よくなかったやつかも…とちょっと思ってしまう声だった。

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