今でも貴方は

---------

※クリア後のネタバレがあります。

---------



悪夢。
現在私が置かれている状況こそ悪夢みたいなもんだが、残念ながら覚める気配はないので、何もかも現実なんだろう。仕方なく全てを諦め、今日も元気に重労働に明け暮れていた。
今回の依頼は、悪夢に纏わるポケモンの調査である。

オッス!オラ、レイコ!ポケモンニートを目指してるんだ!
そう、ポケモンニートを目指しているだけだったんだ私は。いつものように万年床で眠りについた私は、アルセウスの人智を超えたパワーにより遥か昔のヒスイ地方とやらに飛ばされ、ギンガ団の調査隊員として命懸けの労働をさせられていた。本当に悪夢のようであった。文明も何もない世界で娯楽も得られず過ごすというのは、まさに生き地獄。カビゴンも共にタイムスリップしたからよかったものの、一人でこんなところに来ていたら確実に発狂していた事だろう。
何はともあれラベン博士にギンガ団に引き入れてもらい、世界を救ったり世界を救ったり世界を救ったりしているうちに、わりとこの環境に慣れつつある私は、どうにかポケモン図鑑を完成させてもう一度アルセウスに会い、現世に帰してもらう事を目標に今必死こいて調査隊の仕事をこなしていた。それ以外に夢も希望もなかった。

「悪夢を見せるというポケモンが天冠の山麓に現れるので調査をしてほしい…」

掲示板に貼られた依頼のメモを剥ぎ取りながら、なんか聞いた事のあるキーワードに首を傾げつつ、もはや無の境地でウォーグルに身を委ねて空を飛ぶ。天冠の山麓、つまりテンガン山だが、行きたくなさすぎて心は完全に死んでいた。

寒いんだよな…とにかく寒いし空気薄いし野生ポケモンは凶暴だし、あと遠い。全部嫌。現世のテンガン山すら行きたくないんだから、この時代の山なんてもっと行きたくないに決まってんだろ。マジで都会人を舐めるなよ。
文句を言っても調査依頼がなくなるわけではない。悪夢ポケモンの目撃情報を頼りにその辺を歩く私は、再び心を殺して周囲に気を配った。とにかく今は帰るために頑張るだけ、本当にそれだけだ。とてもつらい。

しかし悪夢を見せるポケモンか…なんか聞いたことあるけど何だっけな…なんとかVSなんとかVSなんとかみたいなタイトルに覚えがあるのに思い出せない…かつて図鑑にも登録した事があるはずなのに…。
ニートになること以外の興味を失っている私である。昔に完成させたポケモン図鑑のことなど覚えているはずもない。まだ151匹の時代に取り残されているのだ、ヒスイどころか令和にすら追いつけていなくても無理はなかった。

ていうかどこにいるんだ?その悪夢ポケモンとやらは。人どころかポケモン一匹いないぞ。
やけに静かな空間に立ち、日も暮れると辺りは完全な闇に包まれる。目撃者によるとこの辺で一度見かけたようだが、そもそもテンガン山にこんなところあったか?まずここはどこ?暗すぎて何も見えないんだが。

いや、いくら何でも暗すぎる。
さすがに遠くの明かりやポケモンの発する光くらい見えてもいいはずなのに、何もない。まさか敵のスタンド攻撃はすでに始まっているのではないか?そう気付くのに時間は掛からなかった。

「ハッ!?」

後ろに気配を感じた人のテンプレ声を発した私は、かすかに見えたマフラー状の何かを掴もうとして、空を切る。
今確かに何かが背後を横切った。ヒラヒラしたものが見えたんだ。絶対見た、絶対トトロいたもん!本当にトトロいたの!いたのに!振り返ると何もいない!

完全な闇に支配され、いつの間にか、私はどこに立っているのかもわからない。しくじった、と悟り、ひとまずボールを握りしめて歩き出す。

スタンド攻撃だ。何らかのポケモンの技を受けている気がするぞ。でなきゃこんなに真っ暗なはずない。
もしや悪夢ポケモンの仕業なんだろうか…とすでに術中に嵌っている可能性も考えつつ、山を歩いていたはずなのに平坦な地面が広がっている事から、疑惑は確信に変わっていく。

どうしよう。真っ暗な世界に閉じ込められた。これは詰みだわ、終わりだね。意外と冷静なのは、どうせここから出られてもインターネットは存在しないので、無事にコトブキムラに戻れたところで娯楽なしの生き地獄なのは変わらないからである。帰りてぇ。
とはいえ閉じ込められたまま死にたくはない。とりあえず歩くか…いざとなったらカビゴンのギガインパクトで全てを破壊してみてもいいしな…。ヒスイもシンオウも消滅するぞ。

ボールが持ち物の中にある事にホッとしつつ、ひたすら前に進んだ。障害物も何もない、左右も天地もわからない中をただ歩き、これは本当にやばいかもしれないと足を止める。
どうなってるんだ。これは悪夢なのか?いつの間にか攻撃を受け、悪夢を見せられているとしたら、そのまま勝手に覚めるって事なの?それともどうにかしないと永遠に眠ったまま?
もし夢の中にいるのだとしたら、確かにこれは完全なる悪夢だ。インターネットがないだけでも苦痛なのに、こんなに何もないとか苦行以外の何物でもねーよ。まぁ無賃金労働の夢でなかっただけマシなのかもしれないけど。

何の突破口もないなら360度ギガインパクトで全てを破壊するしかない…と最悪の対応を考えていると、突然事態が動き出した。暗闇の奥から、私を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。

「レイコさん!」

いきなり闇から話しかけられ、私は当然驚いた。こっちからは何も見えないが、確かに今誰かに呼ばれた。しかもなんか聞き覚えのある声だった気がする…むしろあまり聞きたくはない声というか…別人だったらいいというか…。
相手がどこにいるかわからなかったが、徐々に足音が近付いてくる。そして目の前で止まった時、急に彼は姿を現した。闇の中だというのにはっきりと、まるでそこだけレイヤーが表示されているかのように、何もない空間の中から出現したのだ。

「うわ…っ」

嫌そうな声を出した私を気にもしないマイペースなこの男は…。何故かシロナ似のとんでもねぇ野望を持ったこの激ヤバ男は…!とにかく全てがおかしいこのカオス人間は…!言い出したらキリがないくらい悪口のレパートリーが豊富になるこの男は!

「まさかこんなところでお会いするとは」
「ウ、ウォ…ロ…」

何故こんなところで出会うのがよりによってこいつなんだ。まだツバキとかの方がマシなんですけど。いやそうでもないか…この地の奴らは大体おかしいから…。
狂人地方を憂いている場合ではない。暗闇から怪しげにやってきたのは、胡散臭さがカンストしているイカレた商人、ウォロだった。その正体はアルセウスに執着する古代シンオウ人の末裔なのだが、全てが自称だから真偽はわからない。ただ一つわかっている事は、とにかくやばい奴って事だけだ。
そんなやばい奴とこんな場所で出会いたくない!

悪夢だ。現実だとしても悪夢だ。最後に会ったのはシンオウ神殿でのガチバトル以来だから、マジでどの面下げて声かけてきた?って感じである。
とりあえず逃げようかな?と考えている私をよそに、ウォロは普通に話しかけてきて、全ての状況に混乱を隠せなかった。

「何故こんなところに?そもそもここはどこなんでしょう」
「知らんがな…というか…」

というか、何?その何事もなかったかのような態度は。お前…シンオウ神殿で私がドン引きしながらも勝利をおさめた記憶飛んでんのか?マジでどんだけ面の皮厚いんだよ。そもそもお前のせいで私がこんなインターネット断ちの生活をさせられてる説まであるぞ。つまり怒り狂ってるってこと!気さくな商人気取りで話しかけてんじゃねーよ!お前の席ねぇから!

「よくもまぁ白々しく…」
「はい?」
「お前…自分が何したかわかってるよな?」

完全にキレている私は、この際全てをぶつけてギガインパクトを喰らわせようとボールを握りしめた。ここで出会ったという事は、つまりこいつを闇に葬っても構わないという事…そうだよな?わかった、必ずやその期待に応えよう。
死にさらせ!ともののけプレートで脳天をかち割ろうとしたのだが、どうにもウォロの様子がおかしい。いやいつもおかしいけど、心底困惑したような表情で首を傾げ、まるで私の方が異常だとでも言わんばかりに眉まで下げている。

「はぁ…ジブンには何の事だか…どうしたんです?」

どうしたもこうしたもねーよ!自分の胸に手を当てて考えてみろ!そのイチョウ商会の制服の下にはシンオウの衣を纏っているんだろ!?帽子の下はシンオウ結いだろ!?キテレツな身なりを見せてみろよ!もうわかってんだよお前の正体は!何なら発売前から怪しんでたわ!
マジで殴る!と拳を振り上げたものの、やはりいくら何でもシラを切りすぎではないか?と思い直し、そのままの姿勢で停止する。

いやさすがにおかしくないか?あんな事があってこんなに普通でいられるのかよ?もう会う事はないとか言っておいてうっかり出会っちゃったら、普通もっと違うリアクションになるんじゃないか?いくらウォロだとしてもよ。もはや私相手に取り繕う必要などないわけだし。
何かが変だ。これもスタンド攻撃のせいなんだろうか。そもそも現実?非現実?何もわからない。ウォロが来たせいでさらなる混乱を招いている気がする。本当に余計な事しかしねぇ…とうんざりしている私に、どこから目線で偉そうにウォロが指図するため、さらに怒りのボルテージが上がっていく。

「とにかく、今はここから出る事を考えましょう。レイコさんは何か心当たりがあるのでは?」

とにかく、じゃねぇよ。とにかくで置いとけねぇんだよお前の存在は。
…まぁいい、とりあえずウォロをやり過ごすためにもここから出る事が最優先なのは間違いないから、出会い頭に殴るのはやめておこう。帰り際にもののけプレートを食らわせてやればいいだけの話だしな。
仕方なしに協力姿勢を見せ、溜息をつきながら口を開く私は、心当たりしかない事をウォロに語る。

「…調査依頼だよ。悪夢を見せるポケモンを探しに来たんです」

依頼のメモを目の前で揺らしながら、もはや悪夢よりウォロを警戒する方に集中し、相手の出方を窺った。

「悪夢ですか…」

するとウォロは顎に手を当て、早々に何か思いついた様子を見せる。

「それならジブンにも心当たりがあります」

なんだと。相変わらず使える奴だな、ムカつくぜ。
好奇心の方向性は狂っているが博識な男である。この悪夢がポケモンの仕業ならば、ウォロが何か知っていても全然おかしくはなかった。アルセウスに会うためなら何でもするような人間だからな、こういう超常現象系はすでに調べているに違いない。
この状況で嘘をつくとも思えないため、おとなしくウォロの話を聞いてやる事にする。話が長すぎたらさすがに殴ってもいいよな?もはやただ殴りたいだけになっているレイコだった。

「とある集落の村人全員が、揃って悪夢を見るという不思議な体験をしたそうなのです」
「へー」
「全員の夢に恐ろしいポケモンが出てきたそうですよ。漆黒の体に白い頭髪…そして何とも不気味な青い瞳に見つめられ…」

やっぱ長い話になりそうだな…とうんざりし始めた私に、突如として閃きが走った。適当に相槌を打っていたが、黒い体に白い頭を思い浮かべた瞬間、喉につっかえていた小骨が完全に取れたのだ。

「あっ!」

思い出した。白い頭で黒い服、そしてさっき見たひらひらしたもの、青い瞳、悪夢、ここから導き出されるものは…!

ディアルガVS!パルキアVS!

「ダークライだ…!」
「さすがレイコさん!よくご存知ですね」

完全に思い出した。オラシオン聴いて泣いた事も思い出したわ。
かつてシンオウ地方の新月島とやらで遭遇した不気味なポケモン…最初やばいタイプの人間かと見間違えたそいつがダークライだった。
対決のオチによく使われることで有名なあのダークライ構文のポケモンか…。という事はまさか、私VSウォロVSダークライがすでに始まっている…?
始まってるか終わってるかはさておき、ダークライの仕業というなら突破口はある。というか己の運の良さを痛感せざるを得ない。つい先日あるものを手に入れた私は、それがまだ持ち物の中にある事を確認し、安堵の息をついた。

「…ウォロさん、これが本当にダークライの見せてる悪夢だっていうなら、何とかできる方法がありますよ」
「なんと!頼もしいです。その方法、ジブンにも聞かせてくださいな」

調子のいいウォロを置いて私だけ悪夢から覚めたいところではあったが、まぁコトブキムラを追放された時に拾ってもらった恩もあるし、捨て置くのは勘弁してやろう。てか追放されたのも元はと言えばこいつのせい、とにかく何もかも全てがまずこいつのせいって感じなんだけどな。やっぱ置いていこうかな?

そもそもウォロは現実世界から迷い込んできたのか、それとも私の見ている悪夢の一部なのか、その辺もよくわからない。お前の存在が悪夢だってダークライも言ってるんじゃないの?私もそう思う。

考えたところで仕方ない。私は乱雑に詰め込まれた荷物の中から輝くものを取り出し、それをウォロに見せた。

「これは…」

珍しいものをまじまじと見つめるウォロをよそに、私は先日の出来事を思い出していた。あれは迎月の戦場にクレセリアが現れた時の事だ。
居座っちゃって困ってるからなんとかしてほしいと言われて捕獲したのだが、その時にクレセリアが落としていったものが、このアイテムである。

「三日月の羽根ですね」

ウォロが正解の音を出したので頷き、私は羽根をじっと見つめた。
そう、三日月の羽根。ユウガオさんはこれを持っていると素晴らしい夢が見られると言っていた縁起のいいアイテムである。
…え?じゃあ今のこの状況は何なんだよ。嘘やんけ。まごう事なき悪夢だよこれは。本当に効果あるのかよ。
疑わしくなってきたが、我々の時代では確か悪夢を振り払う効果があると伝わっていたはずだ。つまり今が使いどきという事である。
早くこの悪夢のような日々が終わりますように…という願いを込めてお守りにしていたそれを握りしめていると、羽根から発した光が突然辺りを包み込み、一瞬景色の全てが眩しさで見えなくなった。いきなりの発光には目を閉じるしかなく、しばらくしてから瞳を開くと、ウォロの顔が目の前にあって思わず絶叫した。

「うわっ!」

イケメン!じゃなくて近っ!やめろ変質者!殴り飛ばすぞ!
勢いよく飛び退いた私は、一秒でもウォロから目を離してしまった己を恥じ、そして戒めとした。このヒスイでは一瞬の油断が命取りになるとわかっていたはずなのに…不覚だ…。もう二度としないと誓おう。それが調査隊員として生きていくために必要不可欠な事なのだから…。

…いや調査隊じゃなくてニートだよ。こんなところに永住する覚悟決めてたまるかっつーの!

「見てくださいレイコさん!」
「はぁ…?」

生き方を見誤るところだった私に、ウォロがそう言って指を差す。視線を向ければ、無限暗黒だった世界に、わずかに光が浮かんでいるではないか。
遥か遠くに見えるあれはまさか…出口?三日月の羽根パワー?

「行ってみましょうか」

言われるまでもないウォロの提案に頷いて、私達は歩き始めた。
やばい奴と二人きりなせいで、光が凄まじく遠く感じる。早歩きしてもさほど効果はなく、それでも近付いている事はわかるから、希望を持って歩き続けた。これで駄目だったら詰みだからな、信じる以外に道はねぇよ。

微妙な気まずさを感じている私だったが、余計な事を喋ると殴りそうなので、終始無言を貫いていたところ、ウォロの方が何かを思い出したように突然口を開いた。

「そういえば、ここに来た時も似たようなことがありました」
「え?」

また長い話が始まるか…と思いながらも、ウォロトークに有益な情報が多々あるのは事実なので、黙って耳を傾ける事とする。何か図鑑集めのヒントになる事も聞けるかもしれないし…と打算的な考えをチラつかせる私であったが、彼の話はそんな内容ではなく、世間話にしては少し重い報告だった。

「遠くに光が見えたので、そちらに向かって歩いて行ったら…レイコさん、あなたがいたのです」

なんだそれは。Lemonか。
いきなりそんな事を言われてもリアクションに困り、素っ気なく相槌を打つ他ない。
勝手に人を光源にすな。雨が降り止むまでは帰れないし悪夢を振り払うまで帰れないぞ。あのシンオウ神殿でのネタばらしが夢ならばどれほどよかったでしょうって思ってんのは私の方なんだよ。
ちなみに私は闇しか見えなかったので何の同調もできず、普通に無視を決め込んでいく。だからどうしたという顔をして歩き、しかしウォロも我が道を行く変質者である、マイペースに話を続け、光源への考察を怠らない。

「あれは三日月の羽根の光だったのでしょうか…」
「そうなんじゃないの…」
「ジブンは何となく違うような気もしていますがね」

だからなんだそれは。Lemonなのか?
意味深な笑みを浮かべるウォロを警戒している間に、光源が大きくなってきた。かなり近くまで来たらしい。次第に光が溢れてきて、真っ白で先の見えない空間を、少し不安に思う。

なんか…コトブキムラを追い出された時も同じような不安に襲われたな…これからどうなっちゃうんだろう的な…もうイモモチ食べられないのかな的な…わりと呑気じゃねぇかよ。
だからどれだけ胡散臭かろうともウォロについて来いと言ってもらえた時は、妙にホッとしたものである。一人じゃないってだけで気分が全然違うもんな。正直今もそうだし。ウォロの怪しさが強すぎるせいで暗闇への恐怖などが薄らいでいる。さすがとしか言いようがない。
こんな気の紛らわし方は嫌だ…と思いながら、現実のウォロはどこで何をしているのだろうと考える。きっとこれは悪夢だろうし、全部幻なんだ。私の中の消化し切れていない問題が、こういう形で出てきているに違いない。衝撃のあまり何も言えなかったあの別れは、しっかりと心残りになっている。

「…ウォロさん」

立ち止まっても、光の方からこちらに近付いてくる。このまま何もかも消える、と思ったら、つい口を開いていた。

「あの時…自分は一人だって言ってたけど…」

オタク特有の早口で喋り続けるウォロに口を挟めなかった私は、ようやく言ってやりたかった事を告げたのだった。

「…ウォロさんのポケモンは、きっとそう思ってはいないはずだよ」

一人だなんて言うなよ。別れ際にさよならなんて…悲しいこと言うなよ…。それは綾波。
突然脈絡のない事を言った私に、こんな時どんな顔したらいいかわからない的な表情をしたウォロは、しばらく黙って私を見つめていた。いつもの胡散臭い微笑みはなく、妙に真顔だったせいで、段々とこっちが焦っていく。笑えばいいと思うよ、と言い出しそうになったところで、相手は首を傾げながら苦笑を浮かべた。もういつもの怪しい商人の顔に戻っていた。

「あなたの言っていることはよくわかりませんが…覚えておきますよ」

うるせぇな。お前の方がわかんねーよ普通は。ヘアスタイルもファッションセンスも常人の理解を越えてんだよ。パリコレ先取りしてんじゃねーぞ。

真面目な話なんかするんじゃなかった…と後悔した時、突然光が強くなってきた。あまりの眩しさにウォロの手を掴み、離れないよう強く握る。
きっと夢だと思うけど、もしウォロもどさくさに紛れて悪夢に飲み込まれていたとしたら、置き去りにするのは忍びないと感じたのだ。私は羽根を持ってるからいいが、持ってないウォロは一緒に戻れないかもしれないので、咄嗟の良心で手を繋ぐ。離さなければ共に戻れるかもしれん。戻れなかったらまぁ…許せ。お前の日頃の行いが悪かったんだ。来世で悔い改めろよ。
わりと簡単に切り捨てている隙に、光に飲み込まれていく。

「レイコさん」

ウォロが何か言いかけたが、真っ白な光に包まれて何も聞こえない。目を開けてもいられなくなった。そのうち意識が遠のいていき、気が付いたら体が縮んで…いや、天冠の山麓で棒立ちしていた。

「…ん?」

両目を開いた私は、見慣れた景色の中で立ち尽くした。一体何をしていたんだっけ、と記憶を辿ろうとしたところで、黒いヒラヒラしたものが横切り、全てを思い出す。

そ、そうだ…悪夢ポケモンを探しに来たんだった。そしてその正体は…!
ディアルガVSパルキアVS…!

「ダークライ…!」

山寺宏一の真似をしながら呟き、ボールを投げてカビゴンを繰り出す。すると現れたダークライが攻撃を繰り出してきて、いつも通りのリアルファイトが始まった。

やはりダークライだったか…。という事はさっきのは全部夢…呼んでもないのに常に近くにいたウォロの姿もないようだし、みんな幻だったわけだ。それか奴だけ悪夢の中に閉じ込められたままか…。成仏しろよ。

カビゴンVSダークライを遠目に見守りながらボールを構え、捕獲の機会を窺った。ついでにウォロがいないかチラチラ周りを見たけれど、やはり人の気配はない。ここにいるのは私と危険なポケモンだけだね。帰りてぇ。

「やっぱ悪夢だったのか…」

呟きながら、カビゴンの攻撃が完全にダークライにキマったのを見て、慌ててボールを投げた。死んでないよな?これで図鑑登録できないとかになったらそれこそ悪夢なんですけど。
ドキドキしながら見守り、ボールから蒸気が出るのを確認して、ようやく全ての終わりを実感できた。よかった生きてた、死んでたらボールに入んないもんな。これで帰れる。帰ってイモモチ食って寝る!
濃い時間だった…と溜息をつき、ダークライの入ったボールを拾い上げて、よくも忌まわしい夢を見せてくれたなと小突いた。よりによってウォロが出てくるあたりが邪悪すぎる。まだツバキにやかましく振り回されてる方がマシだわ。いや…そうでもないか…もう何もかもが悪い夢だわ…この状況さえもね。

でも。

「でも…あんなの全然悪夢じゃないね」

ウォロの微笑みを思い出しながら鼻で笑い、お前は本当の悪夢をまだ知らない…とダークライにどこから目線で諭すのであった。

「無賃金労働以外は擦り傷だよ」


  / back / top