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へし切長谷部は、私が顕現した刀ではない。

私が審神者になる前から、すでに本丸にいた。いやいたというか、私が遡行軍に襲われているところに颯爽と駆けつけ、そのまま本丸に一緒に来たのだ。右も左もわからない私に全てを教えてくれて、なんでそんなに詳しいか聞いたところ、顕現されて随分経つという。

「長谷部を顕現した審神者って…どんな人だったの?」

初めの頃に、尋ねてみた事がある。聞いたあとで、デリケートな問題だったらどうしようと冷や汗を流し、そしてやっぱりその通りになったため、それ以来私は長谷部の前の主について聞くのをやめた。ただでさえこじらせてるっぽいからな、信長的な意味で。

「幼い子供でしたよ。年は貴方と同じです」

返事はそれだけだった。様々な状況証拠から、私は判断する。その審神者は、きっと亡くなってしまったのだと。生きていれば、私と同じ年だったんだと。

刀剣男士の顕現には、凄まじいエネルギーを使うらしい。鋼の錬金術師でも手足を持っていかれてたが、まぁこっちもそういう感じだ。最悪死に至るケースもあるみたいで、きっと長谷部の前の主も、そういう事情があるのだろうと想像した。まぁ私はスーパー優秀審神者だから五体満足の健康体だけどな。
その子の分まで長谷部を大事にしよう…と思い、私は真面目に審神者業に励んでいる。

そんなある日、久しぶりに大掃除をしていた私は、懐かしいものを見つけてはしゃいでいた。本丸に連れてこられた日に見た、私自身の資料である。
何せ突然審神者にさせられたからな。どういう事か説明していただきたいのは当然だろう。ここに来るまで私は平凡なJKだったし、大事なセンター試験をぶち壊された、つまり夢のキャンパスライフが砕け散ったのだ、それ相応の理由がなくては納得できない。
そこで持ち出されたのが、私の家系図と、監視記録である。

審神者ってのは突然変異もいるけど、基本的には血筋で決まる。私の父方は、めちゃ凄い審神者の家系だった。母方も、めちゃ凄い審神者の家系だった。といっても先祖がそうだっただけで、審神者なんて存在は知らなかったし、両親にも力はなかった。
ただめちゃ凄い審神者の血とめちゃ凄い審神者の血が混ざった事により、私は覚醒した。めちゃめちゃ凄い審神者として。

日本政府の教育プログラムに、審神者としての力を試す科目があるらしく、それによって適性が認められ、私は観察対象となった。知らず知らずのうちに幼少期からじろじろ見られていたというわけだ。
その時の説明に用いられたのが、長々と続く家系図と、行動記録などが書かれた資料である。シークレットな部分は隠してあるけど、能力があることが確認されたのは、小学一年生の時と書かれていた。当時は何も思わなかったが、ふと疑問を覚え、長谷部に尋ねる。

「私…小一の時に審神者適性ある事が判明してるっぽいんだけど…なんで高三まで放置されてたの?」

長谷部も長谷部で掃除をしていた。貴族の家にしかないような長いテーブルを拭きながら、あっさりと答えをくれる。

「数十年前は乳児の採用もありましたよ。ですが、上手くいかなかったようですね」

上手くいかなかったってなんだ。不穏な話か。くれぐれもやめてくれよ。

「情操教育の観点からも」
「情操教育の観点」
「十八歳以上が適しているという事で、そのように」
「なるほど。憎いな」

それならそうと言ってくれたら受験勉強とかしなくて済んだのに…と舌打ちし、いきなり本丸に拉致した日本政府を憎んだ。無駄に勉強した時間で、ゲレンデが溶けるほど恋もできたかもしれないってのにさぁ。ひどい話だよ、だって強制的だもん。
歴史が変わったら私の存在も消えるかもしれない、なんて脅されたら、審神者になるしかないだろう。断ってもたぶん遡行軍に狙われるので、結局道は一つしかなかった。それならいっそ情操教育を捨てて本丸で引き取った方がマシじゃねーか?と思うけど、全部今さらである。どうでもいいわ。何だかんだこの生活にも慣れたし。戦いが終わったら国を相手に告訴したい気持ちはあれど、まぁまぁ納得できたので、掃除を中断させたことを謝罪しつつ部屋へ戻ろうとした。
しかし、今日の私は冴えている。明らかな矛盾を発見して、もう一度長谷部の側に寄った。

「あれれー?おかしいぞ」

コナンぶりながら首を傾げ、問題点を指摘する。

「子供の採用は有り得ないって…じゃあ長谷部の顕現は何なの?子供だったんでしょ?」

近年は大人の審神者しかいないなら、何故に長谷部の前の主は子供だったのだろう。生きてれば私と同い年なんだろ?そう昔の話じゃない。純粋な疑問をぶつけ、直後に、しまったと口元を押さえた。
大変、長谷部に前の主の事を聞くのはやめようって誓ったんだった。デリケートな問題なんだから。何やってんだポンコツ。馬鹿。過去などどうでもいい、今のお前が全て、それがこの本丸のモットーだってのに。
長谷部は、信長の話はめちゃくちゃするけど、それ以外はあまり語らなかった。それこそ今の主が全て、ってやつなのかもしれないが、喋りたくないような悲しい事があるのなら、やっぱり詮索したくはないと思う。
まぁ何でもいいけどな、と雑な誤魔化し方をして去ろうとしたが、長谷部は特に言い淀む事なく答えてくれた。どちらかと言うと、説明がややこしい的な表情をして、眉を下げる。

「俺の場合は…事故みたいなものでしたからね」
「事故?」
「顕現される予定ではなかった…と言いますか」

謎かけみたいな言葉に、まぁ何でもいいけどな、と再び告げ、これ以上突っ込むのはやめた。やっぱデリケートな話かもしんないし。
審神者をやってると言っても、実際は知らない事の方が多かった。日本政府の管理下、という適当な状況のみ知らされ、直属の上司でさえ見た事がないっつーか、いるかもわからないから、いろいろ知りたいとは思うけど、でも長谷部を傷付けたくはない。
今度こそ立ち去る決意をしたが、またしても長谷部に遮られ、お前のためを思ってるんだが?と逆ギレしそうになる。

「主」

言いたくないことは言わなくていいよ、という感じだったけど、長谷部はただ優しげに微笑んでいた。

「俺の主は、貴方だけですから」

真っ直ぐ告げられ、普通に胸に来た。何というか感激だった。自分を顕現した子供は死に、私の本丸に来るまで誰にも仕える事なく孤独だった長谷部を思ったら、様々な感情が込み上げてくる。
立派な主かはわからないけど…でも私きっと、長谷部が仕える価値のある審神者になってみせるよ。ただのサラブレッドじゃないって事を示してやるからね。だからずっと見守っててくれ。
目頭を押さえながら私は頷き、感謝の意を込めて長谷部の頭を撫でた。脊髄で動いてしまったが、相手が固まったのを見て、ミスった事に気付く。

「あ…ありがたき幸せ」
「いや…ごめん…間違えた」

子供でもないのに何やってんだ…と反省し、互いに照れながら掃除に戻った。やっぱ前の主の話なんてろくな事にならねぇよ。

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「冷子ちゃん、今日行く博物館…都市伝説があるらしいよ」

その晩、私は夢を見た。小学一年の時の、社会科見学の光景だ。
隣に座る女子の名前は…何だったっけ、忘れちまって申し訳ないけど、彼女は親しげに話しかけてきて、バスから景色を眺めていた私は、ゆっくりと振り返る。

「都市伝説?」

うちの学校は、小一の時に必ず社会科見学で、博物館を見学に行かされる。展示品に全く興味がない私は、感想文を書くことへの憂鬱さで半分死んでたけど、都市伝説なんてドキドキワードを聞き、ちょっとだけテンションを上げた。

「うん。なんか刀を見た人は気絶するんだって」
「怖っ。アスベストとか出てんじゃないの」

想像したより簡潔的な伝説に、私は失笑した。いくら何でも雑すぎないか?もうちょっと何かあるだろ。
そんなホイホイ気絶してたらもっと大ニュースになるでしょ…と呆れ、しかし刀剣展示室に入れば、その異質な空気に圧倒される事となる。気絶はしなかったが、確かに妙な気配はした。警備員も多く、至る所から視線を感じ、引率の先生が騒ぐ男子を注意する声も、何だか遠くに感じる。

私は想像した。刀って事は、きっと人を斬ったりした事があるんだ。この不穏な空気は、霊的なものの仕業に違いないと。だから霊感の強い人は気絶するとかそういう感じだろ。とりあえずアスベストではない。この博物館は新しいから、有害物質は出ない。つまり霊以外考えられない。
信じてるわけじゃなかったが、気絶都市伝説の理由を考えたくなるくらいには、不思議な空間である。暗い室内で刀剣だけが不気味に光り、さっきバスで話しかけてきた子も、私の側で落ち着きがない様子を見せている。なんか怖いね、と言われ、アスベストよりはマシ、と返した時、目を引かれるワードがあった。

「見て、国宝だって」

私はガラスケースに近付き、指を差した。小一とはいえ、国宝の文字くらいは知っていた。国の宝と書いて国宝。つまりすごいんだと思う。

「国宝って何?」
「宝物って事でしょ」

頭脳明晰な私は同級生にそう答え、国宝である刀の名前を読もうとした。しかし、明晰とはいえ小一である。へし…以外の文字は読めず、へしで始まる言葉って何?と妙な名前に首を傾げた。
ていうか刀に名前あるんだな。エクスカリバーとかバスターソードとかそういうのは知ってるけど、日本の刀は誰が名前を付けてるんだろう。作った人かな。へし何とかなんてセンスがよくわからねぇし、もっとかっこいい名前でよかったんじゃないのか。
人の命名にケチをつけながら、銀に光る刀身をじろじろ見て、名前はあれだけど、実物は普通にきれいだと思った。さすが国宝。他の刀と何が違うかわかんないけど、でもきれい。宝にしたい気持ちわかるな。

見入っていた私は、さっきまで喋り通しだった同級生が、いつからか全く話しかけてこない事に気が付いた。まさか気絶?と思い顔を上げると、ガラスケースの向こうに人が立っているのが見えて、そっちに気を取られてしまう。

誰だ。知らない大人に見られている。
私は硬直した。さっきまで先生と同級生たちしかいなかったはずなのに、急に見知らぬ他人が現れたのだ。しかもなんか、服が変だ。私をじっと見下ろし、ロリコンかよ?と怯えたけど、でも優しそうな眼差しである。イケメンだ。ちょっと幸薄そう。

「…こんにちは」

不審者には元気に挨拶をするのが効果的、と聞いたので、私は博物館の迷惑にならない音量で声をかける。すると会釈が返ってきたから、もしかしたら博物館の人なのかもしれないと思った。子供が来てるから、コスプレで歓迎してくれてるんだ。仕事とはいえ大変だな。
などと考えていると、後ろから腕を引っ張られる。同級生女子だ。気絶したわけじゃなかったらしい。早く出ようよ、と言われ、私も同意だったので踵を返すと、幸薄系イケメンは、穏やかに、しかし強い思いを込めたような声で、私に言い放つ。

「またお会いできる日を、お待ちしています」

やっぱり博物館の人かも。またのご来館をお待ちされ、私も会釈をした。多分もう来ないけどな、と申し訳ない気持ちを抱いたところで、夢は終わった。目を開けた瞬間に記憶を失い、なんだか懐かしさを覚えながらも、理由は結局わからないのである。

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「アスベスト…」

私は朝のニュースを見ながら、テレビに映った地元にアンニュイな気分を抱かずにいられない。

「知っている場所ですか」

長谷部に問われ、私は頷いた。通った事のある道だった。
テレビをつけた途端、地元でアスベストが検出されたというニュースがやっていた。この2205年ではとんでもない出来事だ。もうそんな物を使った建造物は存在しないと思っていたのだが、なんと築二百年以上との事で、それなら有り得るかもと肩をすくめる。誰も住んではいなかったみたいだけど、健康被害が出て発覚したらしい。

「たまに通ってたよ、近くに博物館があってさ」

社会科見学で行ったなぁ、と思い出し、ふと何か大事なことを忘れている気がして、長谷部と視線を合わせる。
すると彼も、含みのある表情で私を見ていた。一瞬ビジョンが見えた気がしたが、昨日頭を撫でた事を気にしてるのかもしれない…と思い、すぐ目をそらす。
やっちまったよな…感極まってらしくない事をさ。わりとクールを気取っているので、普通に恥ずかしい。一刻も早く忘れていただきたい。
アスベストもこれ以上被害が出ませんように…と祈って、顔を洗いに行った。その後ろ姿を、長谷部がホッとしたような、そしてちょっとがっかりしたような顔で見つめていることを、私は知らない。

彼は自分を顕現した主の話をしない。正確にはずっとしているのだが、私はそれに気付かない。何故なら、事故みたいなものだったからだ。別に誰も死んじゃいないし、いつか思い出してほしいというささやかな刀剣の願いも、まだ叶いそうになかった。


へし切長谷部は、私が顕現した刀ではない。
と、思っている。

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