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「どうしたの?」

「....分からない」


歓迎会から戻って来てから、少しお酒の匂いをさせた伸兄がやけに甘えて来る
特に何をする訳でも無く、シャワーを浴びに行こうとした私を"明日の朝にすればいい"ってソファの上で抱き締め込んで動かなくなってしまった


「何かあった...?」

「....何も無い」


とりあえずその肩に互いの頭が交差するように頬を乗せて背中をさすってみる
こうやって立場が逆転する事は滅多に無い
お母さんが伸兄は強がりだって言ってたけど、結局どうなんだろう


「大きい子供みたい」

「....お前に言われたくはない」

「愛してるって意味」

「....」


返事の代わりに腕の力を強めた伸兄に愛しさが湧く
それ程寂しかったのかな....


「あの人、東金さん...だっけ?仲良いの?」

「いや、ただの同僚だ」



部屋に入ってすぐ見た姿に私は驚いた
あの時施設で見たのと同じ人がいたから
でも一応初対面の人にいきなりそんな事を聞けないと戸惑っていると、

『一係執行官の東金です』

と手を差し出され、ゆっくり自らの手を重ねた

『素敵なご主人だ』

『....ありがとうございます』

『是非今度はあなたとも話をしてみたい』

『そ、そうですね。いつか時間が合えば....』

とだけ短い会話をした
やっぱりあれは捜査だったのかな



「あったかい....どれくらい飲んだの?」

「....覚えていない」

「....酔ってる?」

「....かもしれない」


後頭部から紡がれる声はちょっと弱くて、眠たそうにも受け取れる
明日も仕事だと忠告して来たのは伸兄なのに
一方で私は全く飲まなかった


「先に寝る準備しよう?この1年半の事色々聞きたい」


そう聞くと従順に体を離してくれて、ようやく顔が見えた
少し赤いかな...?

言われた通りシャワーは明日の朝にするとして、一緒に洗面所へ向かう
さすがに買い替えたのか、昔家で使ってたのとは違う歯ブラシ
二人並んで鏡の前で歯を磨くのが、"家族"という平和な感じがして本当は潜在犯だとか忘れてしまいそう


それからパジャマに着替えて、いつでも寝れるように明かりを消した寝室で布団に潜り込んだ

私達と違って窓から漏れるまだ眠らない街に照らされた表情
一昨日まではガラス張りだったそれに触れられる
....良かった


「年越しの花火、見たんだって?」

「あぁ、....綺麗だった」

「常守さんが、伸兄泣いてたって言ってたけど本当?」

「....お前も泣いている気がした」

「....もう...」


どうしてそこまで分かってくれるのか
だからこそ全てを疑いもせずに安心して預けられるけど、それが"当たり前"ではない事も知ってる
普通は、"何で分かってくれないの"とかで喧嘩するんだと思う
全く同一の人間じゃないんだから、理解出来ない事があるのは当然の事
私達も人並み以上には喧嘩したけど、思い返せば殆どがくだらないものばかり
唯一私が話も聞かずに家を飛び出した喧嘩が最も真面目だったかもしれない
でもそれも、"分かってくれてなかったから"じゃなくて"分かってるから"故の事だった
....結局は全部私のせいだったとは思うけど


「ありがとう....探してくれて」

「....もう離れないでくれ」

「なら離さないで」


義手の硬さが繊細に体を包む
そこには温かみも無いはずなのに、ちゃんと伸兄だって感じる
相変わらず痛くないのかなとか思っちゃうけど、左腕は怪我を心配しなくていいんだと考えるようにした


「そう言えばさ、去年の誕生日は常守さんとかに祝ってもらったの?」

「いや、ダイムと二人で過ごした」

「あ、そうなの....?」

「仕事で忙しかったらしい。監視官だ、お前も分かるだろ」

「まぁ...そうだけど....じゃあ」


一年近く遅れたけど
そんな思いを乗せて唇を引き合わせる
今出来る精一杯のお祝い....と言いながら自分が欲しいだけなのかも


「誕生日おめでとう」


優しく撫でるように頬を包まれると、私をまっすぐ見つめる視線に鼓動が速くなる


「....俺も同じだ。誕生日おめでとう」


これ以上無い程丁寧なキスに私まで酔ってしまいそう

もうすぐ今年の伸兄の誕生日が来る
どうするか考えないと
去年祝えなかったのを取り戻せるくらい喜んでもらえるように


「....名前」

「何?」

「.....」

「....伸兄?」


深くなった呼吸音と閉じた目蓋
....やっぱり眠かったんだ
私も明日は朝早いしそろそろ寝た方がいいかな


「....おやすみ」


それなりに大きいベッドの上で、最小限のスペースを使って眠る
その方が暖かいし、私は好き

パジャマ越しに心臓の音が聞こえる

良い夢見てるかな





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