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「常守さん....狡噛さんのタバコ、吸ってるんですか...?」

「まさか朱ちゃん....」

「...い、いえ...吸ってるわけじゃないんですけど...」


そう目線を下ろした常守さんは、もしかして狡噛さんを....
何だか変な気分
別に嫌なわけじゃないけど、....何だろう
もう戻らない人に囚われてるのが可哀想なのか、私にもいくらか似た思いがあるからなのか

狡噛さんは....常守さんをどう思ってたんだろう
少なくとも私よりは頼りにしていた
それに本音をかなり打ち明けていたみたいだし、二人の間に"何か"あったりしたのかな....
....考えた事も無かったけど、確かにその可能性は充分にあり得る
一時は"常守さんの事が好きなんじゃないか"と思った事があったし、もしかしたら常守さんだって....


「ただ考えを纏めたい時に近くで煙を焚いてるだけですよ。名前さんよく分りましたね、狡噛さんと同じタバコだって」

「....何度も嗅ぎましたから....」

「朱ちゃん、やっぱり疲れてるんじゃない?あまり無理して倒れられたら私達どうするのよ」

「唐之杜さんまで....私は大丈夫ですよ、今もちゃんと色相はクリアカラーですから。それより、今は名前さんの歓迎会ですよ!急遽だったので大したものは用意できなかったんですが、ケーキを買って来ました。まずは名前さんが選んで下さい」


目の前に開けられた箱の中には、宝石のように輝くケーキが4つ
....クリスマスを思い出す


「じゃあ私はモンブランいいですか?」

「もちろんです、どうぞ取って下さい」


崩れてしまわないように、他のケーキに触れないようにそっと箱から取り出して自分のお皿に乗せる
それから一人ひとつずつ選び、常守さんは最後に残ったチョコレートケーキを食べる事になった


「せっかく女の子だけなんだから、普段言えない事もぶっちゃけトークしちゃいましょうよ!」

「志恩はそういうの好きよね」

「当たり前じゃない!じゃあまずはやっぱり名前ちゃんの旦那様についてから!」

「え、の、伸兄ですか....?」

「もう大好きなのは分かってるけど、嫌いなところは無いの?」

「無くは無いですけど、そんな言う程の事じゃ....」

「いいから言ってみて!」

「....口煩いところとか、時々面倒だなって思ったり....でも私の為だって分かってるから嫌いってわけじゃなくて」

「....なんだか惚気に聞こえちゃうのは私だけかしら....」

「お二人はお互いの事を少なからず嬉しそうに話しますからね、私はそれが暖かくて好きですよ」

「そ、そうなんですか....?」


その言葉からすると伸兄も何か話したのかな
気にはなるけど、恥ずかしくて聞けない
もし小さい頃のあんな話やこんな話、変な事でも話されてたらまだ知らない方がマシなのかも


「でも本当彼、変わったわよね」

「さっぱりしたわよね?まぁ私は眼鏡の方がイケてたと思うけど?」

「そもそも伊達だった事に驚きましたよ」

「お父さんに似た目元が嫌いだって、最初から伊達でしたよ」

「今じゃどんどん征さんに似て来て....やっぱり親子なのね....体つきも逞ましくなっちゃってねぇ?奥様どうなの?」

「えっ」

「志恩は最初からそれが目的だったのね」

「だって気になるじゃない!前よりは緩くなったけど、さすがに慎也君みたいには脱がないし。どんな感じなの!?」


そう興奮気味に迫られてどう答えたらいいのかも分からない
....知られたくないような気もしてしまうのは私のいけない所かな


「ふ、普通ですよ...?」

































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「妻は昔から色相が濁りやすい体質でね、何度も規定値間近まで悪化した事がある」


何故東金と部屋で酒を飲みながらこんな事を話しているのか
名前はまだ帰って来ないのか
アルコールに潰れてしまってはいないか

思考が定まらない俺の方が実は酔っているのかもしれない


「その時はどのようにして改善を?」

「....俺が落ち着かせたとしか言えない」

「薬やカウンセラーでの治療はされなかったのですか?」

「以前はそうしていた。だがその必要が無いと分かってからは極力避けている」

「なるほど。確かに人によっては、合わない方法だと余計悪化する場合もある。元セラピストの観点からすると是非カウンセラーに相談に行かれて欲しい所ですけどね」


グラスに注がれた水面を見つめる
東金をこの部屋に招き入れた時、ダイムがやけに吠えて言う事を聞かなかった為仕方なく寝室に閉じ込めた

....いつ帰って来るんだ
決して東金を追い出したい訳でもないが、ただ早く


「....会いたい」


どうしてか女々しい程に寂しさを感じる
まだあいつが戻って来て2日目だからか?


「あなたはお酒が入ると随分素直になるようだ」

「....声に出ていたか...?すまない....」

「気にしてませんよ」


"日付が変わる前には"という約束だがまだ11時だ
あと1時間の余裕はある
そう考えるとわざわざ連絡を入れるのもどうかと思い踏み止まる


「ではそろそろ俺も失礼しよう。ペットの犬も部屋に閉じ込められて可哀想だ」

「普段は俺の言う事をよく聞くんだがな....」

「また機会があったら会わせて下さい」

「....そうだな。廊下まで送ろう」


そう言ってグラスをテーブルに置き立ち上がった瞬間に響いたのは玄関の扉が開いた音


「ただ...いま....」


やはり送るのは無しだ





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