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「唐之杜、少し頼まれて欲しいんだが」

「名前ちゃんの事なら大歓迎よ」


この2週間
刑事課では面白い展開が起きてる

猫ちゃんが居なくなって落ち込む名前ちゃん
そんな妻に一層なりふり構わず甘ったるさを漏らしている宜野座君
そしてどう考えても、それを見て嫉妬しちゃってる美佳ちゃん
喜劇でもやってるのかと思ったわ

まぁ、美佳ちゃんはそんな事認めそうにもないけど、乙女心なんて女同士では騙せない物
可愛いじゃないと笑いつつも、なんて相手を選んだのよと呆れるのも事実

本当に"選べたら"苦労しないんでしょうけど


「例の家族がSNSにあの猫の写真でも投稿していないか探して欲しい」

「ロックされたプライベートアカウントだったら犯罪になりかねないのよ?」

「お前なら何とか出来るだろ、頼む」

「何とかってね....名前ちゃん大好きなのはいいけど、その分人使い荒いのはそれこそ何とかしてちょうだい」


美佳ちゃんがよく懐いてる弥生は、宜野座君に恋愛感情を抱いているというよりはただただ気に食わないんじゃないかって
それは正解だと思うわ

王陵璃華子の事件ですれ違っていたかもしれないのを除いて、二人が本格的に出会ったのは何もかもが変わってしまった後
宜野座君は雰囲気が柔らかくなったと同時に、行方不明となった妻をずっと探し続けていた
その何とも苦しそうな愛の現実は誰もが見て取れていたし、1年半越しに見つかった後はまた夫婦に戻った

私達にとっては、彼が名前ちゃんにだけ格別に甘いのは周知の事実
だけど美佳ちゃんはまだ、ただの事実として処理出来てない
そして誰がそんな愛を嫌うと言うの?
よっぽどの精神的異常をきたした人間じゃない限り、そうやって自分を特別に見てくれる愛情は好まないはずがない

恋愛映画も同じよ
女子高生が"キュンキュンする"と言って人気を博すのは、その中のセリフや行動
ヒロインだけに向けられた物は更にそれらを格上げする
俳優の顔はその次に来る要素
でもイケメンなら尚更にね

美佳ちゃんが目の当たりにしてるのはノンフィクションの現実
出来過ぎたファンタジーじゃなければ、毛嫌いする潜在犯でもある
美佳ちゃんだって例外無く欲しいと思うその温もりを受け渡ししているのが潜在犯同士だなんて、気に食わなくもなるわ


「頼んだぞ」

「ちょっと、ご褒美も無いの?」


慎也君と並んで罪な男ね
でも宜野座君が出来る事は何も無い
美佳ちゃんが他で幸せを見つけて来るまで待つしかないけど、そもそもこの男は気にしてもなさそうね


「激しい夜を一緒に

「食堂で何でも奢る、それで充分だろ」

「はぁ....冗談が通じない男は嫌いよ」































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「名前、何かゲームでもするか?」

「うん....どっちでもいいよ」


全く....どうしたものか
唐之杜に"1日だけちょうだい"と言われ帰って来た宿舎

自分で淹れたのか、テレビを見つめながらスプーンを延々とココアの中で回していた


「....名前、」


小さく息を吐きながら隣に腰を沈め、手に持たれているだけのマグカップを引き抜く
それにも何も言わず、ただ少し下げられた目線


「お前はどうしたい?」

「....分かんない」


こんな事ならやはり最初から何としてでも買う事をやめさせるべきだったか、とは思いつつも4人で過ごした日々には他では得られない物もあった
デジタルフォトフレームに飾られた、最後の日に撮った写真
悲しむくらいなら片付けろと言ったが、案の定嫌だと言われそのままだ


「なんか....お嫁に行ったんだって言ってたけどさ、本当に自分の子供がお嫁に行っちゃったみたい。相手の家族とは上手くやれてるのかな、とか。伸兄は思わないの?」

「引き渡し前に適性検査はあっただろ。それに俺はお前がこんな状態じゃ、猫の事など考えていられない」

「....ごめん」


ゆっくり両腕を脇の下に通して来た体を摩る
....この様子の方がよっぽど子供のようだな


「ほら、ダイムも心配してるぞ。最近遊んでやってないだろ」

「だって....」

「俺もダイムも、お前の目の前にいる家族だ。離れたりなどしない。だからこそ俺達の願いも聞いてくれないか?」




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