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「名前」


市民からの通報でやって来たショッピングセンター
"不審物があるから確認して欲しい"


「....おい」


当直として今ここにいるのは、俺達と須郷、そして霜月

真っ先に確認した不審物は、中に衣類が入っていただけのただの落とし物だった
大きな黒い鞄だった為に恐らく怪しく見えたのだろう


「....やはりまだ気にしていらっしゃるようですね」

「あぁ、もう2週間経つんだがな....」


ショーウィンドウをじっと見つめ、俺達の声も耳に入らずに溜息を吐いている背中
本人は"悲しいわけじゃない"と言った


「何してるんですか!」


そうこうしていると霜月が声を荒げだすのはもういつもの事だ
常守はその度に"まぁ落ち着いて"と割って入ってくれるが、俺自身どうでも良いと思っている為にもはや常守に迷惑をかけてしまっている気がする


「ほら、行くぞ」

「え、あ、ごめん....」


軽く腕を引いて立ち去らせたペットショップ前
総務課に引き渡した時こそ平気そうだったが、数日内にダイムが元通りになっていく側で名前は徐々に暗くなった
話を聞くとただ心配らしい
結果として半年程飼った猫
突然他の家族と過ごすことになって混乱していないか、自分達を探しているんじゃないかと


「霜月、せっかくだ。何か食べて行かないか?」

「は!?そんな時間あるわけ

「お前も最近は忙しくしていただろ、気休めは必要だ。俺が奢る」


もはや誰への気遣いかも分からない提案に、表情を少し強張らせる監視官

実際のところ、霜月はよくやっていると思う
学生の頃に友人の死も経験し、若年にして監視官という責任の重い仕事を成し遂げている
潜在犯に対して思う事も酷く共感はする
その道を辿って来た人間として知識や経験は授けているつもりなんだが、どうにもそれらも気に入らないらしい

あんなに気に留めていた名前ですら、"好きなんじゃない?"と茶化しているくらいだ


「....1時間以内に局に戻りますよ」




























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「ビーフシチューを二つ」

「自分はカレーライスで」

「かしこまりました。お客様はいかがなさいますか?」


なんで私が執行官達と食事なんか....


「....シーザーサラダを一つ」


向かいの席では、脱いだ上着やらウエットティッシュやらを手渡したり受け取ったりしてる潜在犯夫婦

....イライラする

公私混同しないとか言っておいて、いつも妻の事ばかり贔屓にする
休憩に出れば妻にだけ飲み物を買って来て、
空気が冷たい日なら"寒いか?"と妻だけに聞いて、
大きな事件があれば妻を現場から外すよう先輩にお願いしているのも私は知ってる

さっきだって、何を食べたいか真っ先に聞いたのは名前さんだった

全部勤務中なんだから、どうせなら全員に同じように気遣いなさいよ
そう思う私が嫌な女だと考えるならそれでもいい

だって私はイライラしてる
相手は社会的に排除されるべき潜在犯
元監視官だろうが関係無い
自分の色相を管理出来ずに道を踏み外した自業自得で同情の余地なんて無い


「今日はどうする?何が見たい?」

「....なんでもいいよ、たまには伸兄が選んでよ」


宜野座さんの、まるで小さな子供でもあやしているような柔らかさ
妻にしか見せない温度

....なにそれ
聞いてないフリして
イライラする

名前さんも、あの時あんなに"継続しては飼えない"って忠告して了承してたのに
今になって別れが悲しいとか


「この間公開された刑事物の映画があっただろ、見てみるか?」

「あぁ、あの若手俳優が主演の?いいよ」


それに同情しようとする人達も意味が分からない
潜在犯から善良な市民に渡ったのよ
むしろ喜ぶべき事でしょ
同じ潜在犯の執行官達ならともかく、先輩まで"私的な理由で引き取り手に連絡を入れることは出来ない"と申し訳なさそうに謝っている


「自分は飲み物を取って来ます。何がいいですか?」


隣で椅子から立ち上がった須郷執行官
質問の対象人物を挙げていなくても明確に分かるのは私にはまだ向けられていないという事


「リンゴジュースがあったらそれがいいです」

「俺は水でいい、悪いな」


同じ色に輝く二つの指輪を空っぽの頭で見つめる


「監視官はどうしますか」


イライラするのよ


「....自分で取りに行くから気にしないで」





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