▼ 愛しき思ひ出

「いらっしゃま...あ、宜野座さん!」


俺は仕事帰りに、今では珍しい本物の植物を扱う店に来ていた
観葉植物を購入する際によく来ている場所だ


「本日ちょうど新しいアレカヤシを入荷したところなんですが、ご覧になられますか?」

「いえ、今日は花束を見に来ました」

「おや、もしかして妹さんにですか?」

「....お察しがいいですね」

「宜野座さんは、妹さんの事になるとすごく優しそうに笑いますからね」



こうして近親でもない人には"妹"と話しているが、実際確かに今日は名前への花を買いに来た








一昨日、帰宅中の車内にて、名前は俺に一枚の資料を見せた


『ねぇ!見て!』


俺は仕方なくオートドライブに変更し、その資料に目を通した


『勤務評価A+もらったの!だからほら、ボーナスも!』


名前は以前から学校のテスト等を、嬉しそうに俺に見せて来た
家に帰り、俺の名を呼びながら廊下を駆けて来る足音を聞くと、必ずと言って良い程その手には成績があった

いかにも、"すごいでしょ、褒めて!"と言うように

実際名前がいい成績を持って帰って来るのは、当然と言えば当然だった
同じ学校に通い、一学年上である俺が勉強を見てやっていたのだから

それでもその度に俺は、満足気な名前の表情に言い表せない価値を見出していた


『...良くやった』




そして何かしら祝って欲しいと言う名前に、承諾した俺は今贔屓にしている植物店に来ている


「どういった物がよろしいでしょうか?」

「何か一種類の花を10本ほど束ねた様な簡素な物を考えています」

「そうですね....メジャーな選択で言えば薔薇でしょうか」

「いえ、妹に薔薇は似合いません。白い花が良いかと思っているのですが」

「でしたらチューリップ、百合、鈴蘭、マーガレットなど....」



色とりどりの花に埋め尽くされた店内を見て回るが、なかなか決めることが出来ない

どれも悪くはないが、決め手には欠ける




丁度2周目に踏み出そうとした時、ふと遠い昔の情景を思い出した





「すみません.....シロツメクサはありますか?」

「シロツメクサ....ですか?僕の趣味の内で、ある事にはありますが売り物にはしていなくて....」

「そうですか....」

「いいですよ、どれくらい御所望ですか?」















「懐かしいですね....僕も昔は作りました」

「まだ作り方を覚えているものですね」



店主が奥から持って来てくれた段ボールの中には大量のシロツメクサ
そこから一本ずつ取り出して繋げていく


「妹さんにお作りしていたんですか?」

「はい、当時家の近くにあった公園に生えていたんです。妹には何度も作り方を教えたのですが、どうしても上手くいきませんでした」

「それは可愛いらしいエピソードですね」







初めて名前に、シロツメクサの花冠を被せた時の事を良く覚えている

俺がまだ"征陸"だった頃の話だ

公園で見つけたその白い草花を、名前は"かわいい"と言って、一つ摘み取り俺の耳に添えた

そんな名前の横で俺は、一つ一つシロツメクサを編み込んでいった

名前は俺の手元を少し眺めて、手伝おうと思ったのか、少し離れたところでシロツメクサを摘み出した

持ちきれなくなるまで摘み、俺に渡しに来る
そしてまた戻り花を摘みに行く


それを繰り返している内に俺の手には、綺麗な円を描いた冠が出来ていた

俺は、地面にしゃがみ込み夢中になって花を摘んでいる背にゆっくり近付き、その頭に花の輪をそっと乗せた

『わっ!』

驚いた名前は、反射的に両手を頭に添えようと腕を上げ、俺に振り返った


その時ほど世界が鮮やかに見えた事は無い

黒く柔らかい髪に
白い肌
白いワンピース
白い花冠

たったそれだけの色の景色に、俺はこれ以上無い華やかさを感じていた


『あ、お母さーん!伸兄が作ってくれたの!かわいいでしょ!』


そう自慢するように走って行った先の母さんは、俺にも"おいで"と手招きをした








「ふふっ」

「....な、なんですか...?」

「いえ、とっても幸せそうだなと思いまして。いくらでもご自由にお使いください。お金も頂きませんから」

「ありがとうございます。ではお礼と言ってはなんですが、一つブーケをお願いしてもいいですか?」

「もちろんですよ、何に致しましょう」

「鈴蘭とチューリップでお願いします」

「かしこまりました」






















俺は右手に小さなブーケ、左手に花冠の入った紙袋を持ち自宅の呼び鈴を鳴らした
....まるでプロポーズでもするかの様だ


『あれ?自分で開けないの?』

「手が塞がっている」


数秒後に"遅かったね"と玄関の扉を開けた名前は、今日は休日だった


「わっ、花束?」

「祝って欲しいと言っていただろ」


"そうだった"と気付いた様子に、忘れていたのかと少し呆れる


「ありがとう!やっぱり伸兄はセンスが良いね、これで薔薇とかだったらちょっと引いたかも。花瓶どこに、....え?」



頭の上に何かを乗せられ、玄関横の鏡を見ようとした名前

地面に落ちた紙袋の音

上を向かされた頭に、慌てて乗せられた"何か"を抑えた手を俺は自らの手で重ねた




「.....チョコレートでも食べたのか」

「.....うん、ケーキだけどまだあるよ、食べる?」





名前は頭に花冠を乗せたまま、俺が取り出した花瓶にチューリップと鈴蘭を挿し、それをテレビ横に飾った

その姿は20年前と全く変わっていない

変わらずに華麗で、繊細な彩りを放つ

色褪せる事のない鮮やかさを、俺は大切に抱き締めた




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