▼ 輝き

もうあと数ヶ月で学生生活も終わりだ
二人とも監視官になって、この校舎にまだ通い続けるのは私だけ


「ねぇせっかくもう帰れるんだからさ、カラオケでも行こうよ!」

「いいね!私今日親が夜まで帰って来ないし。名前は?」


今日は午前中のみ授業があって午後は放課の日
まぁ伸兄も仕事だし....


「うん、行く」


太陽がまだ全てを明るく照らすこの時間、友人二人と下駄箱で靴を履き替えて校門へ向かう


「どこのカラオケにする?」

「渋谷に新しいのできたらしいよ!」

「うそ!?じゃあそこ行く?」


そんな会話の横で、真っ直ぐ前を見つめると校門付近に人だかりが

....芸能人でも来たのかな....?


「綺麗だし部屋も大きくて、何よりフリータイムがワンコインなんだって!」

「おぉ!いいねいいね!....ってあれ....?」

「っ...!」

「ちょっと!あれ狡噛先輩じゃない!?名前何か聞いてないの!?」

「し、知らないよ!事件じゃないかな....?」


徐々に見えて来た姿に心臓が煩い

スリーピースのかっちりとしたスーツがカッコ良さを引き立てている

....でも邪魔しない方がいいよね?とその横を通り抜けようとした時だった



「....名前!」



「ほーら、ご指名入ったよ?」

「ちゃ、茶化さないでよ!」


さすがに名前を呼ばれて無視するのは出来なくて、体を向けると、群衆をかき分けて近づいて来る狡噛さん


「名前、今から帰りか?」

「は、はい....伸兄なら仕事中じゃないですか?」

「いや、お前に用があるんだが、この後暇か?」

「あ、この後は....」


どうしよう
狡噛さんを断りたくない

でも先に友達と約束をしてしまった
それをキャンセルするなんて


「全然!名前は予定なんてありませんよ!狡噛先輩」

「え、ちょっと!」


そんな私に友達はそっと耳打ちをした

「狡噛先輩の頼みを私達が断れるわけないじゃん!楽しんできな!」

「もう、狡噛先輩と宜野座先輩、イケメン2人手玉に取っちゃってズルイんだから!」

「そんな!手玉に取るなんて!」

「あーもう、いいからいいから!」



「じゃ、名前また来週ねー!」

「今度どうなったか聞かせてね!」

「ちょ、ちょっと待って....よ」


そう言って2人は私を置いて行った
それでも内心嬉しい私は、その感情を精一杯押さえ込んで後ろを振り返った


「えぇっと...用って何ですか...?」

「まずは乗ってくれ、ギノには話してある」











狡噛さんの車で、隣には運転する姿

それだけでどうにかなってしまいそうで、私は意識して窓の外を眺めるようにした


「....仕事上がりですか?」

「あぁ、ギノとはちょうど入れ替わりだ」


という事は夜勤


「帰って休まなくていいんですか?」

「3時間程仮眠はとった、心配してくれるのか?」

「あっ!い、いえ!その....疲れているんじゃないかなと....」

「お前は本当に律儀だな」

「っ....」


その言葉と共に頭の上に手が乗る
落ち着いて私....
このまま心臓が飛び出して来そうだ


「....どこに行くんですか?」

「少し買い物だ、終わったら家まで送る」

「買い物...ですか?」

「知り合いの女にプレゼントを贈ろうと思ってるんだが、俺には何を買えばいいのかさっぱり分からないからな。それをお前に選んで欲しい」

「.....」


頼ってくれたのは嬉しい
....でも好きな人が女性に贈るプレゼントを、私が選ぶなんて

正直すごく複雑な気持ちだ


「同僚の方とかには聞かなかったんですか....?」

「お前の意見が聞きたいんだ、名前」

「そ、そうですか....」


変なものを選んで狡噛さんに恥をかかせてはいけない
だからといって、私がいいなと思うものを別の女性に贈るんだと思うと苦しい

どうしたらいいんだろう

私はもうすぐで着なくなる制服の袖をギュッと掴んだ













車が止まり到着したのは都内でも最大級のデパート
上着を車内に置いて行った狡噛さんを追って私も建物に入って行った


「何のお店に行くんですか?」

「それもお前が決めてくれ」

「.....予算とかありますか?」

「特に決めていない、値段は気にせずに考えてくれていい」


全く範囲が狭まらない
洋服?カバン?靴?アクセサリー?
会ったこともないその人がどんな趣味をしているかも分からないし、私は頭を抱えた

でもとりあえず、とジュエリーのお店へ向かった





「いらっしゃいませ」

ガラスのショーケースに入った沢山の宝石が眩しい

指輪....はさすがに重たいだろうし、ピアスももし穴を開けていなかったら無駄になってしまう

店内を端から順に見て回る私を、狡噛さんはただ見守ってくれていた


「....やっぱりジュエリーは高いですか....?」

「気にするなと言っただろ?ただ名前が良いと思ったものを選んでくれ」


そう言われても....とは思う
女性側も、あまりに高価な物を贈られたら迷惑かもしれない

値段も気にしながらショーケースを眺めていると


「あ....かわいい....」


ふと一つのネックレスが目についた
ローズゴールドのハートに小さなダイヤモンドがついたものだった
3万円....社会人なら普通かな....


「こちらご試着されてみますか?」

「え、あ、いえ....」

「いいんじゃないか?気になるんだろ?」

「でもこれは....」


私の物にはならない
そう迷う私の横で、狡噛さんは店員さんに試着をお願いした


「では失礼しますね」


制服の襟元を少し広げ後ろ髪を持ち上げると、私の首を包むように伸びた店員さんの腕

鎖骨あたりにひんやりとした冷たさを一瞬感じた


「大変よくお似合いですよ」

「どうだ名前、気に入ったか?」


目の前に置かれた鏡に映る自分の首元に、余計欲が湧く

嫌だ、これを選ばせたくない
これを他の女性に送って欲しくない


「.....」


どうしよう


「お二人はご兄妹ですか?」


そう問いかけられた店員さんの質問にハッとする
スーツを着こなし社会人の狡噛さんと、未だ制服姿の学生の私

年は一つしか違わないのに、こうやって見知らぬ人に恋人とすら思われない
....そんな事を思うと少し悲しくなった


「いえ、友人の妹です。このネックレス頂けますか?」

「これは失礼しました!かしこまりました、すぐに

「ま、待って下さい!」

「....どうした?気に入らなかったか?」

「いや...あの....ダメです!お願いします!別のものにして下さい!」

「....名前....?」

「お願いします!これだけは....」


自分から"かわいい"と言っておいて、これじゃダメだと言い出す私に困惑する狡噛さん

でもこれだけは買って欲しくない


「....分かった。すみません」


そう店員さんに断りを入れた狡噛さんを、私は無理に店外へ連れ出した





「やっぱり化粧品にしましょう!値段もそんなに高くありませんし、女性には一番無難です!」

「....そうなのか?」

「はい!だからコスメ売り場に行きましょう!」


エスカレーターを降りて1Fに戻ると、各ブランド毎にエリアが分かれ、それぞれが色とりどりのメイク用品を並べている


「これです!このブランドが最近新しく出した口紅なんですけど、すごく話題になってるんですよ!」

「そ、そうか....俺にはよく分からないな」


私は5種類色がある中で、一番人気の色を適当に手に取り狡噛さんに渡した


「これで大丈夫です!きっと喜んでくれるはずです!」

「お前がそう言うなら....信じよう」


会計時、"ご自宅用ですか?"と聞いた店員さんは、きっと私が使うのだと思ったんだろう
それに対して狡噛さんは、きっぱり"プレゼントです"と答えて私はため息が漏れた

これでいい
これで良かったんだ




小さな手提げ袋を持った狡噛さんは、御手洗いに行って来るから待っててくれと言った

私は近くのベンチに座り、先程のネックレスをデバイスで調べた

....3万円か....
伸兄に頼もうかな....

最初は嫌がるだろうけど、結局は聞いてくれる
そう厳しくなりきれない伸兄に私も甘えている


あの口紅を貰う人はどんな女性なんだろう....
上司?部下?
....好きな人....?
どんな人なのかはプレゼントを選ぶ上で重要なのに、怖くて一度も聞けなかった

いまだ学生服を着る自分が嫌になった

もうすぐ高校も卒業する

監視官....なれるかな
伸兄のおかげで成績は良い方だけど、1位2位の二人とは比べ物にならないし、色相は濁りやすいし、体力に自信があるわけでもない

もうこれは叶わない想いなのかな....



「すまない、待たせた」

しばらくして息を切らした様子で戻って来た狡噛さん

「約束した通り家まで送る」

私達は駐車場に出て再び車に乗り込んだ




オレンジ色を帯びて来た太陽の光
街灯が灯り始めた街

気分はどこか憂鬱だった


「学校はどうだ?もうすぐ最終考査だろ」

「はい....頑張ってはいますけど....」

「ギノが手伝ってくれてるんだろ?あいつが忙しい時は俺にも聞いてくれていい」

「そんな、狡噛さんも仕事忙しいじゃないですか。....それに前一度聞いて、伸兄に怒られましたから....」


狡噛さんが試験前だったとは知らずに


「俺がいいと言ったんだ、あいつの事は気にする
な」
「....狡噛さんは優し過ぎます」



運転席と助手席の間に置かれた、口紅が入った紙袋
それを見てしまうたびに窓の外へ視線を移す

私はちゃんと狡噛さんの視界に入っているだろうか
それともただの知人なのだろうか

....やめやめ

そんな事考えても仕方ない
こうやって繋がりを持てるだけで十分だ
何かを期待するなんて傲慢過ぎる










しばらくして見慣れたマンション前で車が止まった


「送ってくれてありがとうございました、帰って早く休んでくださいね」

「名前、」


降りようとドアノブに掛けた手を、その声で制止された


「はい.....え?」

「誕生日おめでとう」


一生懸命目を逸らそうとしていた例の紙袋差し出され硬直する
.....状況が理解できない.....


「ど、どういう事ですか....?」

「ギノから聞いた、今日誕生日なんだろ?」


私は慌ててデバイスで日付を確認した
....本当だ
自分で忘れていた


「これはお前にだ」

「....そ、そんな.....騙したんですか....?」

「俺は"知り合いの女にプレゼントを贈りたい"と言っただけだ」


嘘....
それ私ずっと勘違いして、勝手に適当な口紅を選んで....

最悪だ
狡噛さんは最初から素直に私に選ばせてくれていた
あのネックレスだって購入しようとしていた

....素直に従えばよかった


「ありがとう....ございます....」


私は渋々その紙袋を受け取った


「....なんだ。自分で選んだものだろ、嬉しくないのか?」

「そ、そういうわけじゃ....ないんですけど....」


狡噛さんを責める事は出来ない
ただただ自分のせいだ


「それと...これはおまけだ。向こうを向いてくれるか?」

「...はい」


静かな空間の中、背後で何が行われているか分からない

おまけって何だろう


そのまま30秒程だろうか

じっとしていると




「....え?」




後ろから手が目の前に伸びて来たかと思うと、覚えのある冷たい感触

思わず首元を触った




「そ、そんな....あの時のネックレス....」

「どう見ても欲しそうな顔をしていたからな」



私は一気に両頬の熱さを感じた

恥ずかしい....
もしかして息を切らしてお手洗いから戻って来たのは、このネックレスを買いに行って車に置いて来たから?


「今度は喜んでくれるか?」

「はい....!本当に...ありがとうございます!」


夕日の光に反射したダイヤの輝きは、本当に綺麗だった



私は箱を受け取り、もう一度お礼をして走り去っていく車を見送った




家に帰ると、鏡を見るのがどうも恥ずかしくて

それに失くしたり壊したりしたら嫌だと、大事に大事に首元から外して箱に戻した

何か特別な時だけつけよう


狡噛さんにとっては何ともない贈り物だったかもしれない
でも私には一生消える事のない輝きだ





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