▼ 03

「何?そんな重大な話?」


うっ....
ダメだ...
唐之杜さんはタバコの匂いが強い
この間は分析室に入った瞬間から倒れそうだった


「すまないな。わざわざ来させて」

「名前ちゃん、今ラボは入室禁止なんでしょ?」


そう
あそこは喫煙室と実質変わらなくて、私が匂いに耐えられない以前に母体に悪いからと伸兄が話をつけてくれた

仕事をしたいわけじゃない
でも仕事を疎かにはしたくない
わざわざ私の為に気を遣わないで欲しい

子供を理由に皆から"優しく"されるのは何か違う気がして....


「それで?話って何なんですか」


霜月さんのこの日頃から少しムスッとした態度もかなり慣れて来た
むしろかわいいなと思えたり


「どうする、自分で言うか?」

「....いい」


恥ずかしいような
気まずいような

一係の皆から注がれる視線にどうしたらいいか分からない
唐之杜さんにはいろいろ聞かれそうだな...
"どうだった?"とか

その広い背中の後ろから右手を取って、私よりも長い指を弄んでみる


「あまり深くは捉えないで欲しいんだが、」


....唐之杜さんの事を考えていたせいか


「実はこの度妻が、....なんだ?どうした?」

「な、なんでもない....」


この指が、って変な事考えそうになりながら熱っぽい情景を思い出して
慌てて離した

































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「は!?」

「本当ですか!おめでとうございます!」

「何よ!翔君大正解じゃない!」

「ぐ、偶然...です」

「もしかして、それでコーヒーをお辞めに?」


嘘でしょ
今になって?
二人して親を失ってるから子を持ちたくないんじゃなかったの?


「あぁ、どうやらコーヒーとタバコの匂いが苦手なようでな」

「そうだったんですね、安心しました」

「これから禁煙しなきゃね?朱ちゃん」

「唐之杜さんもですよ」


先輩達がお祝いムードの中、どうも腑に落ちない
と言うより想像出来ない

気持ち悪い程に一途とは言え、ただ仕事に忠実で真面目なあの男が


「名前ちゃんはこの私がちゃんと面倒見てあげ

「あまり近付くな、タバコの匂いが苦手だと言ったばかりだろ」

「私そんなに匂う?」

「す、すみません....」


そう申し訳なさそうに会釈した名前さんには、まだ見た目上の変化は無い

これからどうするつもりなのよ
潜在犯二人に子供なんか育てられるわけないでしょ


「名前は?決めたの?」

「まだ性別も分からない」

「候補とか考えてないんですか?」

「私達で考えちゃう?」

「やめてくれ、その時が来たら名前と二人で決める」


それこそ本当に感染症みたいに、一定の距離を保ちながら繰り広げられる質疑応答


「もしかしてこの間のお墓参りはその報告に?」

「遅くはなったが親父は孫を欲しがっていたからな」

「きっと大喜びしてるわね」

「ご出産の予定日は?」

「来年の7月だ」


その中でもまずは身重の妻を座らせれるのは相変わらず

結婚
妊娠
出産

こんなに近くで起きているのに、まだ二十歳の私には遠く感じる
学園時代の友達でも結婚したという人はまだ少ない
そもそも恋自体まともにした事が無い私にとっては、あんなにも飽きもせずに一緒に居られるのが理解出来ない

友達から彼氏の愚痴や浮気、親同士の喧嘩とか何度も話を聞いて来た
シビュラに示されたパートナーとでもそんな事が日常的なのに


「え、大丈夫だって」

「何かあってからじゃ遅い」


握った指先が冷たかったのか
すぐにスーツのジャケットを脱いで渡す宜野座さん

いいな....
私もあんな風に尽くされてみたい

わがまま何でも聞いてくれて
自分の事だけを見てくれて
顔も体も文句無しで、背まで高くて財力もある所謂ハイスペック
どうしたらそんな男見つかるのよ

それに、妻のどこがそんなに魅力的なの?
確かに綺麗な人かもしれないけど、そんな人なら他にも数え切れない程いるのに

....って私何考えてるんだろ


「楽しみだわ、あなた達の子なら可愛いのは確定ね」

「お二人とも美人さんですからね!」

「....俺もその括りに入ってるのか?」

「もちろんですよ!ポニーテールが似合ってるのがその証拠です」

「そ、そうなのか....?」

「今度マタニティやベビー用品を買いに外出しましょう!」

「それ私も行こうかしら?」

「いや、

「一緒にお祝い品買いますか?」

「待て

「女の子でも男の子でもいいようにどっちも

「本人達は行きたくないんじゃないですか?外出」

「え?」


見てられない


「名前さんのように匂いが気になる症状なら人混みは避けた方がいいって事ですよ、先輩」

「あ....そ、そうですね、すみません....」

「名前さん、」

「....はい」

「もうあなただけの身体じゃないんですから、下らない意地は張らないで下さい」

「えっと....」

「私達は責任取れませんから」
































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「あいつにしては珍しいな」

「美佳ちゃんってツンデレさんよね」

「....今のどういう意味?」

「無理しないで休みなさいって事よ」





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