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「うぅっ....はぁ....」


繰り返される吐き気で実際に吐けたり吐けなかったり
背中を摩ってくれている手が温かい


「もういいだろ、常守達に言おう」

「ダメだよ、子供を理由に仕事は疎かにしないって決めたじゃん」

「仕事よりお前の身体の方が大事だ。これ以上は負担がかかり過ぎる」





事の始まりは半年近く前
交通課との共同事案で、幼稚園児に向けた交通安全教室が開かれた
その時に小さな子供達と触れ合って、"やっぱり子供は可愛い"って

これまで唐之杜さんとかには"子供を持つ気はない"って言ってきたけど、別に伸兄と話し合って決めた意思じゃない
ただなんと無くお互い子供を持つことに対しての恐怖心が共通していて、わざわざ話に持ち出すことも無かった

30代に突入した今
もう早くはない時期
でもこんな事をわざわざ話すのもどこか恥ずかしくて
"愛し方"を変えて欲しいなんて....2日間くらい考えても言い出せなかった
遠回しに
『子供可愛かったね』とか
『どんな名前付けたいって考えた事ある?』
って言ってるだけだったけど、便利な事に私達の約25年来の関係には充分だった

初めて触れた"直"の感触には驚きながらも、冷たい義手と熱い体温に包まりしばらく経ったある日
どうもだるくてなかなか起き上がれなかった朝に、その瞬間はやって来た


『見て!』


出勤直前のスーツを掴んで引き留め見せ付けた検査結果

遅刻すると分かっていながらも一緒にその小さな命に喜び感謝して、これからどうするべきなのかをインターネットで調べた

伸兄は、もう何回か検査を試してそれでも結果が変わらなかったら、一係の皆には正式に報告しようと言った
でも余計な心配や迷惑は掛けたくないし、何より仕事に影響させたくなくて、どうしても厳しくなるまでは黙っていたい





そうして今に至ってるわけだけど....


「つわりが終われば楽になるから」


オフィスにて常守さんが持ち込んだコーヒーの匂い
前はなんとも思って無かったのに、途端に吐きそうになる程嫌に感じるようになった
それからタバコ
これはそもそも良くない物だから避けて当然だけど、ものすごく敏感に感じ取ってしまい分析室はもちろんのこと、まるでタバコの煙を香水のように纏っている常守さんにも近付けない


「いつ終わるか分からないんだぞ。平均しても4、5ヶ月続く事が多いとお前も見ただろ」

「でも....これから半年以上も仕事休むの?」

「せめて刑事課の人間には事情を話し協力してもらうべきだ。あいつらは仕事仲間のめでたい話を迷惑と感じるような奴らじゃない。お前がどうしても嫌なら俺が言う」

「.....」


今は自分たちの宿舎が最も心地良い場所
自然の草花の香りや、寄り添ってくれるダイム
伸兄も私より張り切って、母体に良いとされる食事を調べて用意してくれたり
オートサーバーに無いメニューは、まずは似た物を作ってから追加で材料を加えているらしい

この間雑炊に入ってたネギがすごく大きかったりしたけど....
一から作ってる訳じゃない分、普通に食べれる物にはなってる

そして苦手となったコーヒーやタバコの匂いに代わって、家族の匂いが大好きになった
ダイムのふさふさした毛並みに顔を埋めたり、隙さえあれば伸兄に抱きついてみたり
ポニーテールを下せば肩までつくようになった髪を弄ってみたり
穏やかで安心させてくれる優しい匂い
それが仕事場との格差を更に明確にさせてるわけだけど....


「いいな?」

「....でも

「"でも"じゃない。お前や子供に何かあったらタダじゃ済まないぞ」
































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『それは無いわね。あの二人子供は要らないって言ってたじゃない』

「だとしたらやっぱり他に原因が....」


雛河君の発言には皆一瞬考え込んだけど、あり得ないと一蹴された
物理的に不可能な話ではないけど、今までそんな様子も話も何も無かったから


「だから胃腸炎ですよ!さっさと出勤停止にして下さい!」

『もう本人達にストレートに聞いちゃったら?それでもあの宜野座君が隠すなら大した事じゃないって意味よ』

「常守監視官が聞きづらいなら私が代わりに聞きますよ」

「六合塚さん....」


どうしよう
話してくれない事を聞いてしまってもいいのか
困らせたくはないし....


「....あ」


そんな一声で自分のデスクに戻って行った霜月さんに顔を上げると


『噂をすればお戻りね』


いくらか顔色が良くなった名前さんを背中に隠しながらオフィスの扉を開いた尊敬する元先輩監視官

そう言えば名前さんとの事も最初は話してくれなかったっけ
そう考えると宜野座さんが言ってくれないからって重要な事じゃないとは限らない


「....どうした?何かあったか?」

「い、いえ。それより名前さんは大丈夫ですか?」


何か気まずいのか、宜野座さんの背中に隠れて目を合わせてくれない
私本当に避けられてる...?


「...あぁ、その事なんだが少し話がある。唐之杜も呼んでくれるか?」

『あら、私?』





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