第6話 ナイフを握って抱きしめて


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 ちょっと見ない間にずいぶんと未読の連絡がたまっている。普段鳴るほうがおかしいスマートフォンが振動する回数も増えた。

 宛先がアホな大男の場合は、ほっと肩をなで下ろすと同時にそれを開く手が震えた。宛先が正体不明の美形からだった場合は、体に殺される直前のような緊張が走った。

『享幸くん、何かありましたか?』

 数件溜まったメールの一番新しいものを開く。どう返したものか、と頭を抱えた。
 黒木に心配されている。クリスマスに来た連絡を未読で蹴って無視して以降、黒木からは一方的に毎日連絡が入っていた。つくづく俺と黒木の関係の謎は、こういう時に浮彫になる。いったい黒木は俺を自分の何だと考えているのだろう。

 一方、人見からの連絡はたいていどうでもいい話だったり、飲みに行かないかという誘いだった。忘年会も被り、毎日浴びるように酒を飲んでいる。気分じゃない、と送れば、「じゃあ映画に付き合って」とくる。これもこれで俺はお前の何なんだと叫びたくなった。

 今日は12月29日。さすがにもう明日からは休校で学校にも入れない。仕事の言い訳も聞かず、逃げ場はなくなるのだ。何をしようがなるようにはなる。でも、そこに必ずしも望む結果があるわけではない。

 何もしなければ殺される。そうしてまた繰り返すのか?10歳に戻って途方のない人生を永遠に。人見のいない人生をもう一度たどって。

 そんなことなら終わらせてほしい。そしてなぜだか黒木にはその力があるように感じることも確かだった。

 もう二度と見ることが出来ないと思っていた男の顔が脳裏に浮かぶ。人見のことを考えると、自分がひどく欲深い人間になったようだった。人見の未来を、人見のいる未来を見たい。俺もそこにいたい。そう強く思う。

 戻りたくないし繰り返したくない。でもそのために何をすればいいのか分からない。
 黒木は俺を殺す。その先にあるものは何だ?本当の地獄か?それとも終わらない人生か?

 ――たいして変わらねぇな。

 どっちにしろただの地獄じゃないか。

 溜息をつくとパソコンを閉じた。なんだか来年の仕事を前倒しでやっているのも馬鹿馬鹿しい。学校に来る口実や、黒木や人見への言い訳に仕事を無駄にこなしているが、こんなことに意味はあるのだろうか。今日片付けた仕事が実際に活きるとき、俺はそこにいるのだろうか。

 どこまでも気持ちがネガティブになっていくが、無理もない。頭を抱えて突っ伏した。
焦りなのか、いいようのない切迫感が身を燃やす。発狂でもしそうだった。どうして普通に生きることが出来ないんだ。一度も死ぬことのない人生を送っていたら、俺なんてもうとっくに死んでるだろうに。なんでまだ25歳なんだ。

 ぎしぎしと体が痛む。ストレスが溜まっている証拠だ。歯ぎしりがひどい音を立てていた。

 暗くなり始めた窓の外を見てみれば、ガラスにひどい顔をした自分が映っている。触れたら爆発でもしそうなくらい、張り詰めた感情が抑えられていない。ふいに窓に映った自分が泣き出しそうに顔を歪めた。見ていられなくなってさっと立ち上がる。

 落ち着こう。まだ、まだだ。まだ2日あるのだから。
 荒々しく荷物を掴むと、学校から飛び出した。最初は普通に歩いていたのに、どんどんその速度が上がっていく。追い立てられるように早足になって、そのうち駆け足になる。
暴走したように止まらない足を止めたのは、引き留めるような声だった。


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