1/5 →
 恋人じゃなくていい。
 友達じゃなくていい。
 寄り添うわけでもなければ、励ますわけでもない。ただ静かに佇み世界を共有してくれる、そんな誰かがきっとほしかった。


「こんばんわぁ。ちょいとライター貸してくんね?」

 不意に頭上から降ってきた軽い声に顔を上げた。にっこりと、愛嬌たっぷりの笑顔で見知らぬ男が煙草の箱を胸元で振っている。
 
「はぁ、いいっスけど」
「悪ぃね」

 コンビニの目前なのだから買ってくればいいものを。そう思いつつも、同い年くらいの男へちゃちい100円ライターを手渡す。男から顔を背けて煙を吐き出していれば、横からカチリとライターの音が聞こえた。
 わざわざ隣に座らなくてもいいだろうに。なぜあろうことか横に来る。コンビニの脇の石畳に腰を下ろして煙草を吸う、なんて行儀のいい真似じゃない。
 
「ん。あんがとね」
「あぁ、はい」

 煙草をくわえたまま返されたライターをポケットへしまっていれば、ちりちりと燃えて白くなった灰がアスファルトへ落ちていった。通りをトラックが轟音で走り抜ける。田舎の夜だからってスピード出しすぎなんじゃないだろうか。都会育ちの人間にはひやひやする。
 
「にしても暑いねぇ」

 慣れない匂いの煙が鼻孔をくすぐった。隣に腰を下ろした男が気の抜ける声でぼんやりと言う。答える気にもならなかった。暑くてダルかったとか、人と話す気分じゃなかったとか、世間話が苦手だからとか、上げれば理由は山のように出てくる。
 田舎の人間はくだらない噂話とどうでもいい世間話をしていないと死んでしまうのだろうか。こちとらへらへら笑う体力なんざ昼間に使いきってんだ。
 
「なになに、どったの? すっごい溜息」

 能天気な声がケケケと笑う。見た感じは同い年くらいの学生に見えるのに、いやに人懐っこい。脱色した髪に、耳のピアス量といい、とても話しかけやすい見た目には見えないのに。
 
「なんかコツとかあるんスかね。こういう世間話の仕方とか」
「ははっそんな嫌味言うなよ。ごめんごめん」

 頭上の明かりに群がった虫がコンビニのガラスの当たる鈍い音が聞こえた。沈黙が気まずいくらい近くに座らなくてよかったのに。どうしてこうも逃げも隠れもできない距離を選ぶのだ。
溜息をともに煙を吐き出して、ぼーっと目の前の暗闇を眺めた。夏の虫の声があちこちから聞こえてくる。フェンスを越えた先にある田んぼは真っ暗でなにも見えなかった。

「田舎ってちょっとは気が楽になるかなとかさ、思ったんだよね」
「のんびりしてていいよね〜」
「でもそんな変わらなかったわ」
「あらら、そう?」
「疲れる」
「はは、だいぶお疲れだな。さっきから表情筋1ミリも動いてねぇし」

 本当はもっと愛想笑いだって、世間話だって、ちゃんとできる。暑いですね、なんて言葉のキャッチボール、初歩中の初歩だ。面倒くさいのを隠しもしなかったのは、きっと誰でもない相手だったからだろう。気を悪くしないぶん、器の大きい相手だったらしい。
 
「都会ってどんなところ?」
「さぁ、狭い?」
「なんだよ、こちとら多少の夢は持ってんだよ。もうちょいロマンのある回答で頼みますよ」
「知らね……まぁでもいいかもな。あんまり他人に興味持ってねぇ奴ばっかだし」
「ふぅん。それが楽なんだ。都会っ子ですねぇ」

 きっと気にする余裕もないのだ。あんなに狭い土地にすし詰め状態で人が住んでいれば、近所づきあいだなんだ一線引かれるものなのだろう。
 それが楽か、と言われれば、そうとも言えるし、それが辛いとも言えるかもしれない。田舎に対する憧れのような羨ましさだって持っていた。
 頭の弱そうなバカ学生の典型みたいな身なりをしておいて、隣で煙草の煙を吐き出す男はどうにもつかめない。
 
「都会っ子ねぇ」
「俺はシティボーイに憧れる身だからな。電車乗ってる東京の女子高生とか、生で見てぇ」
「変態くさ。そういうのはちょっとヤバめのおっさんのセリフじゃね?」
「いやね、ここらじゃブレザーの制服ってのをまったく見んのよ」
「まぁ……確かに」

 思いのほか丁寧な仕草で灰を落とすと、男はちょっと興奮気味に顔を向けた。キラキラした無邪気な目と手元の煙草が似合わない。直視してみれば童顔気味の男は同い年というよりも、高校生といったほうがよさそうだった。

「なぁ、お前の高校は? 制服ブレザーだった?」
「あー、うん。中学も高校もブレザーだった」
「まっじかぁー俺、ネクタイも結べないのに」

 見ず知らずの男といったい何の話をしてるんだろう。人と話すのは疲れる。誰にも会わなくて気が楽だから夜の散歩に出ているのに。人畜無害のしょぼいエセヤンキーみたいな奴と遭遇したうえ、ダル絡みまでされて。帰りてぇ。

「あーあれはどうなん? クラスに童貞卒業してる奴どんくらいいた?」
「さぁ。知らね。そういうのは田舎のほうが早そうじゃね」
「修羅場の多さはやっぱり田舎のほうが勝ってそうよなぁ」
「経験則?」
「まぁね」

 へらりと笑って、お互い煙を吐き出した。短くなった煙草を地面に押し付け、備え付けの灰皿にねじ込む。奇妙な会話は変に相手を気を遣うこともなく、大学にいる時よりも気が楽だった。とはいえ人と話すのも、人と会うのも疲れるものは疲れる。
 例えば友達付き合いとか、恋人付き合いとか。
 
「結局人付き合いはどこにいようが面倒だってことだな」

 立ち上がって、首に浮いた汗を拭う。横目で男を見下ろせば、乾いた笑い声を上げていた。
 
「他人が一番。触らぬ仏に祟りなし?」
「残念、正解は仏じゃなくて神でした」

 そもそもその使い方で正しいのかもわからない。人付き合いは苦手だけど、嫌いではない。面倒だなんだと感じることはわかりきっているのに、べたべたと触りまくっている。祟りでもなんでもなくて、触りすぎて手が疲れたとか言ってるだけの自業自得の勝手な話だ。
 
「ありゃりゃ間違えた。帰んの?」
「おぅ」
「じゃ、またね」

 また、なんてことはあるのだろうか。
 口に煙草をくわえて座り込んだ男は、人懐っこい笑顔を浮かべてひらひらと手を振った。蒸し暑い夏の夜に白い煙がたゆたう。真っ暗な夜道には涼やかな虫の声が響いていた。
 なんてことない他人との出会いは、いつまで経っても他人であって、その名前を知ることもなければ人生に関わることもない。
あと腐れのない関係はもしかしたら理想なのかもしれなのかもしれなかった。


 1/5 →

目次
Top