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「はぁ〜い、こんばんは。ちょっとライター貸してくんね?」
「……またお前か」

 日課である夜の散歩で人に出くわしたことは今までほとんどなかった。自転車でどこかからの帰り道の中学生や高校生にすれ違うくらいで、あとは車が少し。寮から一番近いコンビニまで片道20分。1時間以上かけて外出する。あまりの街灯の少なさに、すれ違う人の顔すら見えない。そもそも人なんて通らない。
 たどり着いたコンビニに店員は店長一人。駐車場にだってろくに車は止まらない。
 そんな一人になれる時間と環境が、どうしても必要だった。

「ライター買いに来たわけじゃねぇのかよ」

 呆れながらこの間と同じライターを渡せば、同じように男は隣に腰掛けた。またこの距離感だ。心の中で溜息をつく。
 
「いやいや、家にはいっぱいあるのよ? まぁ全部寿命の近い奴なんだけど。これ以上ゴミが増えんのもなぁ」
「一括で処分しろや」
「ほぇ君はもしや頭がいいか悪いかのどっちかだな」
「だいたいの人間がそうだろ。俺はどちらかといえばいいほうだ」
「奇遇だね、俺も」

 ほんのりと甘い煙が漂ってくる。慣れない煙を吸い込んで、むせそうになったのをなんとか誤魔化す。チャラそうな見た目のわりには上品で大人っぽい匂いで、横目に見ながら以外だな、なんて思った。
 
「……見た目と銘柄がかみ合わない」
「よく言われるんだな、これが」

 珍しく乗用車が駐車場に止まった。慌てて出てきたサラリーマンが走って店内のトイレに向かっていく。入店ベルの無機質な音と、店長の気だるげな挨拶が聞こえた。
 店内はクーラーで寒すぎるくらい冷えている。湿度の高い外は今日もじめじめと蒸し暑い。
 
「最近どうよ、アメリカンスピリットくんは」

 隣に座った男がふいに口を開いた。人を銘柄で呼ぶんじゃない。

「どうもこうもねぇな」
「今日も疲れてんのな」

 へらへらと笑った男に、口の端だけで笑って返す。相変わらず何を考えてるのかわからない、不思議な空気を持っていた。ただの他人と思えばいくらか気が楽になる。相手がいかにも馬鹿そうだからかもしれないが。
 
「俺、コミュ障なんだよね」

 灰を落としながら唐突に男が言った。

「嘘吐け」
「まじまじ」

 コミュ障が赤の他人にライターをねだるか? 話しかけるくらいだったら新品買いにいくだろ。警戒心もなく、自然に他人のテリトリーに入り込んでくる奴をコミュ障なんて言ってたまるか。こちとらコミュ障拗らせて毎日疲弊してんだ。
 
「コミュ障でも、人と話したくなるときあんじゃん?」
「わかる」
「そこはわかんのかよ」
「俺もコミュ障だから」

 疲れるけど、嫌なわけじゃないのだ。苦手だけど、求めてしまう。けれど深追いしすぎて逃げたくなる。なかなか足並みをそろえられない。周りにはどんどん置いて行かれる。
 自分が楽になるために一線を引けば、結局縮まらないうちに離れていってしまう。一歩の幅が違いすぎるのだ。相手はあまり待ってはくれない。友達ならまだいいが、彼女なんて一瞬でオサラバ。寂しくないと言ったら嘘になる。

「同じペースで仲良くなれるのが一番いいよな。俺なんて周りの人間ほぼパリピだからさぁ、もう初対面でうぇーいって感じなの」

 そりゃそんな派手な見た目をしてれば、絡まれるだろうし同族だと思われるだろう。
 さっき店内に駆け込んだサラリーマンが灰皿の近くまできて、煙草に火をつけずに車へ戻っていった。夜中にコンビニの前で煙草吸ってたむろしてるヤンキー被れがいたら、そりゃ気まずいはずだ。
 スパスパ煙を吐き出す男は、そんな他人のことなど見てもいない。

「楽しいっちゃ楽しいんだよね」
「別に人が嫌いなわけではないしな」
「そうそう。本当は今日も宅飲みしてるっぽいけど、俺はテキトーに断っちゃった」
「まぁ疲れるし、四六時中一緒にいるのは普通にしんどいわ」

 そういえば、と思い出す。昨日飲みに誘われたのをテキトーな理由をつけて断っていた。案外このヤンキーは似たような価値観を持っているらしい。
 
「……彼女ともさ、」
「え、なに、なんて?」
「え? だから彼女が」
「お、お前彼女おったんか……どんな? かわいい? 写真は? 見せて見せて」
「は、やだよ」

 急に顔をパッと向けてきた男が身を乗り出した。夏の夜にこうも近づかれると鬱陶しい。思わず顔に煙を吹きかけた。
 目の前の煙をパタパタと手で仰ぎながら、見えた男の顔は楽しそうにニヤついている。つくづくこれがコミュ障とか思えない。うっすらと感じていた妙な親近感にぼんやりと靄がかかる。
 
「で、なんだよ。彼女がどうしたって?」
「いや……面倒に思うこととかさ、あるから……申し訳ないなって」
「ふはっまぁしょうがないっしょ。好きでも合わない子はいるし? 連絡取り合うのとかけっこう苦痛だって、わかってもらえたら一番楽なんだけど。こっちだって足並み合わせようと頑張ってんのに」
「それなんだよ。申し訳ないとは思っても、普通にしんどいんだよね。距離詰められすぎんのも、ビビるし疲れる。嫌いなわけじゃないんだけど」
「ペースが違うんだもん。いきなり同じくらいの情の重さ求められても応えらんねぇし」

 お互い話したいことだけを喋るもんだから、話がかみ合ってるとも思えない。なのになぜか胸がすっきりするのを感じた。言いたいことを言ったところで、それを否定されるわけでもない。肯定されてるわけでもないけれど、共感はされてるのだと思う。
 自分で自分を最低だと思う時がよくあった。冷めてる人間だとか、薄情だとか、人を大切に思ってないとか。
 そんなことはない。こんな人間もいるってことだ。
 
「はぁ……」
「あー……」

 気を使う必要がなくなるくらい長い付き合いをすれば、きっとそれなりに楽になれるのだろう。価値観の違いだって、きっとお互い受け入れられるようになるんだろう。そこへ行きつくまでに愛想をつかされることが多かっただけで。
 
「彼女ねぇ……リア充のくせに充実してない顔してやんの」
「虚しくなったから酒でも飲もうかな」
「お、いいね。俺のも頼むよオニイサン」
「さりげなくたかんな」
「いいじゃん、乾杯しようぜ心の友よ」
 


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