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「いい子だ、藍」
ちらりと銀色の針が光を反射した。片腕をきつく捕まれ感覚はない。父の大きな体に抱え込まれれば、暴れても逃げることなんてできなかった。何度されても慣れないし、藍はどうしても尖った針の先端が皮膚に刺さるのが怖かった。
「い、いやだ、お父さん……それ、やだ。痛い……痛いよ、怖いよ」
腕と足を振り回して、怯えた目で父を見上げても返ってくるのは上機嫌の笑みだ。そうだ。これをされる時はいつだって父は機嫌がいい。だから本気で嫌がっていても満足な抵抗なんてできなかった。嫌われるようなことをしたくない。落胆する顔を見たくない。冷たい目で見られるよりも、こんなふうに笑っているところを見て安心していたいから。
「大丈夫、痛くない」
後ろから藍を抱えた父の頬が首筋に当たり、色香を含んだ吐息がかかった。荒く興奮した息は熱く、藍の首を微かに湿らせる。頭をもたげた父の性器がちょうど藍の尻の位置にあてこすられていた。その事実に気づいた藍は、ぴたりと静止した。
——求められている。父が自分を求めている
こくりと唾を飲み込み、藍は応えるように掴まれていない方の手で父の服を握りしめた。その手は震えていたが、もう暴れることはなかった。
「そう、いい子だ」
いつにも増して穏やかな口調は、昔の父を思い出させる。まだ藍が定期的に会いに来る実の父を遠縁の叔父だと思っていた頃の話だ。その声音に安心して、弛緩した体が父に背中を預ける。
力が緩めばすかさず、父の大きな骨ばった手が藍の服の中へ忍び込んだ。かさついてひんやりとした手が肌を沿う感覚に、触れられたところから鳥肌が立っていく。
「なぁ? 好きだろ、お前。あの全身に鳥肌が立つような感覚」
「……っ」
耳元で吐息混じりの低い声にゆったりと囁かれ、藍はぎゅっと目を瞑った。
「身体中の感覚が過敏になって、触れられるだけでイってたよな」
藍の身体に刻み込まれた感覚が飢えを持って、鮮明に思い出されていく。父の手が静かに藍の下腹部を撫でた。局部にも触れないささやかな刺激にも、気づかぬうちに藍の息は上がっていた。
それは興奮というよりも、渇きに近い。唇が冷えていき、ついにねだるような声が我慢できずに口から出ていく。
「っ、お父さん!」
「……欲しいか? 藍」
「うん、うん」
軽く耳たぶを引っ張られる。それだけで耳元から首筋にかけてさぁっと電流が走ったような感覚があった。
でも、藍は知っていた。
コレを受け入れれば今の刺激と比じゃない感覚を味わえるのだ。
「藍」
父の謳うような機嫌のいい声は、それでいて有無を言わせない圧がある。まどろみの中に混じる強要を感じ取って、緊張からなのかなんなのか動悸がした。
「腕を」
出すも何も、さっきから片腕は父に掴まれている。そのうえで、藍は自分の意思で腕を小さく上げた。父が楽しそうに笑ったのが背中越しに伝わる。
「いい子だ」
冷たい注射針が膝の上に乗せられた腕の皮膚にそっと当てられた。思わず息を飲む。身体が緊張で強張り、父のシャツを掴む手には力がこもった。背後で父が含み笑いをする。
つぷり、と皮膚の中に飲みこまれていく注射針を、藍は気絶しそうになりながら眺めていた。はくはくと酸素を求めて息を吸う。血管に刺さった注射針は一度中身を吸い上げ、透き通った赤い血が目に入った。それを確認した父がくすりと笑って、今度はシリンジの中身を藍の腕へと注射した。
全身の毛が逆立つ。目の前がぱっと明るくなった。
°˖✧˖°✧˖°
若干かさついた父の唇が藍の唇と重なり、熱い舌が咥内に入りこんでくる。煙草の苦い匂いが口の中に広がった。角度を変えては深くなるキスは、ただ快楽を求めて咥内を貪る。息をつく暇もなく絡み合う舌のせいで、唾液が溢れて口の端から垂れていった。
「ん……ふ、」
白い煙がたゆたうのが見える。不思議な匂いがした。舌と舌が絡み合う微かな水音と、小さく呻く男の声。痺れるような快感を伴って、全てが鮮明に目に映る。いつの間にか天井はダンスホールのようにきらめきを帯びていた。部屋全体がきらきらと光って見える。その光景と、与えられる刺激に藍は枯れた声でただ笑った。
もう何度絶頂を迎えたか知れない身体は、それでもまだまだ快楽を求めているらしい。離れていった父の唇を名残惜しく思っていたら、思い切り頬をはたかれる。
「っい……! あっはは」
じんじんとした痛みすらも、それは快楽へと変換されていく。気づけば身体中に似たようなあざや腫れがたくさんできていたけれど、見上げた父が笑っていたので痛いとか叫びながら声を上げて笑った。
覆いかぶさる身体はひどく熱い。その熱い手が藍の細い太ももを掴み、ぐっと広げさせる。片足は父の肩の上に乗せられた。尻は浮いた状態でかなりきつい体勢ではあったけれど、同時に届かなかった最奥へと父のものが穿たれ背中が反り返った。
「っあ、」
それだけで、藍の腹にはたらり勢いなく白濁が垂れた。もうすでに藍の腹には薄まった白濁が水たまりのようにたまっている。これだけ藍が絶頂を迎えていても父の性器はそそり立ったままだ。
もはや透明になりつつある液体を垂れ流す藍の未熟な性器を、父が声を上げて笑いながら手で包み込みゆるゆると扱いた。
「っく……は、すげえな、ははっ、かわいいね、藍」
「あ、あっ……は、ぅ」
肌と肌がぶつかる乾いた音が激しさを増し、暴力的といえるほどの抽挿に脳が痺れる。快楽のままに口から出ていく嬌声にさらに興奮を煽られ、ただもっと、もっと、と父にねだった。
全身の感度は果てがなく昂り、髪の毛にさわりと触れられるだけで身体はびくりと飛び跳ねる。色も音も、温度も感覚も、踊るような粒子が飛び回っているのが五感で感じられた。享受できる快楽に許容量はなく、きっとそれは父も同じだった。
「っそろそろ、イきそ」
「あっ、あ、はぁ、ん……お、とうさん!」
抉るような律動に壊れたように喘ぐ。父の指が腰に食い込み、自分の快楽しか考えていないその乱暴さに興奮した。もううつろな目には、ただ世界の頂点にでも立っているかのような高揚感ときらきら光る天井しか映らない。
「っ! あ、あぁ、ひ、あッ……!」
「っ……!」
一層、奥に叩きつけられる。ばちん、となにかが弾けた。どくどくと熱い精液が中に流し込まれるのを感じる。なかなか止まらないその熱に、脱力感と満たされるような多幸感が押し寄せた。
「はっ、はっ、はあっ、んん」
「……っ、は」
うっとりと肩で息をしていれば、力の抜けた重い身体が覆いかぶさってきた。耳元で吐き出される荒い呼吸と汗の匂いに、中に入ったままのそれを無意識に締め付けてしまう。父の身体はその刺激に反応するようにときおりぶるりと震えた。
「は、」
こんなにも情熱的に自分を掻き抱く男の熱の余韻に、藍は酔ったようにへらりと笑った。
「お父さん……ぁっ」
名前を呼べば、ずるりと中に入れられたものが引き抜かれた。
「ああ?」
大きくて太くて、筋肉がしっかりついた腕が動き、骨ばった手で藍の頭を掴むように撫でまわす。痛かった。
「あて、いたた、あはっあははっ」
父はだるそうに起き上がるとベッドに端に腰掛け、煙草の箱を取り出した。横目で藍を見てくる。ライターだ。
煙草をくわえた父に、枕元にあったライターを持っていく。ん、と口を突き出した父にカチリとライターの火をつけて煙草に近づけた。伏し目で煙草をくわえて息を吸う姿がとても様になっている。ぼぉっと見惚れていれば、睨まれた。
「……掃除でもしてこい」
「あ、うん」
ぐしゃり、と乱暴な手つきで頭をかき回された。撫でられたみたいで、思わず父の手に頭を押し付けるが、その手は一瞬で離れてしまった。
本当はまだこのまどろみに浸っていたかったけど、父は自分の部屋に人をいれることを好まない。動く度に響く快楽の余韻に膝を震わせながら、藍は覚束ない足取りで父の部屋を後にした。
リビングまで行けば、電気をつけていない部屋でデジタル時計の光が浮き上がっているのが見える。もう真夜中の12時だ。
どこからともなく、ボーンと12時を知らせる鐘の音が響き渡った。
「……あれ?」
おかしいな。うちの時計にこんな音がするものはなかったはずだけど。
ぐるりとリビングを見渡してみる。いつもと変わらない。鐘の音がどこから聞こえているのかは分からなかった。
明かりをつけていないリビングは、真夜中の青さに沈みきっている。僅かな月明かりが差し込んで、部屋全体が青白く照らされた。神秘的に浮き上がった部屋の中、散乱したビールの空き缶と灰皿の上の山のような煙草の吸殻が目に映る。
ちらちらと、白い布がはためいていた。窓が開け放たれている。裸の体には少し冷たい。
藍はぼぉっとリビングの風景を鳥肌を立てて眺めていた。
綺麗だと思った。
青い部屋、光る空き缶、ベランダを埋める白いゴミ袋。ふわふわの夏の雲が千切れて飛んで来たみたいだった。
真夜中の鐘がなる。
煌めく世界に足を踏み出すように、藍は一歩、踏み出した。
その時、どろりと太ももを何かが伝う感覚がした。その刺激にびくりと肩が跳ねる。慌ててティッシュで押さえれば、今さっき中に出された精液だった。薄暗い部屋では白いティッシュに同化しているが、光が反射してきらりと光る。
しばらく藍はそのティッシュを眺めていたが、おもむろに口元へ持っていった。父の匂いがする。さんざん浴びてきた父の匂いだ。ぺろりと舐めてみると、なんだかいけないことをしているみたいで笑いが漏れた。
「ふふふ、ははっ」
楽しくなってくる。光に寄せられる蛾のごとく、藍は月明かりの差し込むベランダへゆらりとおびき寄せられていった。せっかくなら夜の星を見ながら雲に溺れよう。
真夜中の鐘が一際大きく音を響かせる。
白いカーテンが風でたなびき微かな音を立てた。めくれ上がったカーテンの隙間からベランダのゴミ袋と、月明かりで白んだ夜の空が見える。
それは突然現れた。
満月の青白い光が作り出した幻影にしてはやけにくっきりと質量を感じた。
「こんばんは」
誰?
窓際に男が立っている。ひどく美しい顔をした男が緩やかな笑みを浮かべて、月明かりの下透けてしまいそうな透明感で、当たり前だとでもいうように立っていた。
「元気?」
誰?
声も出なかった。ぽかんと男を見上げる。穏やかな笑みがとても中性的で、よく見ていたら女なのか男なのか分からなくなった。黒いはずの髪は月光に反射して銀色に輝いている。青白い肌はあまり健康そうには見えなかったけど、代わりに男を神聖な雰囲気に仕立て上げていた。細められた綺麗な二重瞼の目が優しい色で藍を見つめる。細い首がこくんと傾いた。
「ありゃ、あんまり元気じゃない?」
「お、俺? 元気だよ」
「そうかな」
突然の来訪者にびっくりして掠れた声でどうにか答えれば、男は楽しそうに笑った。なんだかつられて笑ってしまうような、鈴が鳴るような魅力的な笑い声だった。
「ねえ、僕もうちょっと中に入りたいんだけど、ここのゴミどけてくれない?」
「あ、ごめん」
男の笑い声につられて頬が持ち上がったとき、まるで舞台で役者が役を演じているときのように男が足元のゴミを大袈裟な仕草で示した。とてもキザなのに様になっている。つい返事をしてしまったけど、よく考えれば見知らぬ人を家に上げていいのだろうか。
「あれ、だいじょうぶ? ひょっとして動けない? どこか悪いの?」
動かない藍の顔色を男が心配そうに窺った。若干かすれ気味の高くとも低くとも思える不思議な声音はやっぱり中性的で、そのことが余計に藍の頭を混乱させた。じっと男を見つめ返せば、ベランダから男が浮いているように見える。どうなっているんだろう。
「お兄さん、誰?」
ほんの少しの戸惑いは、男から感じるどこか懐かしい匂いで中和された。異常にふわふわとした夢見心地の多幸感もそのことを後押ししたのかもしれない。
男は肩を震わせて淑やかに笑うと、明らかにベランダから浮いて藍に顔を近づけた。いい匂いがする。藍を安心させる匂いだ。
「なんだ、分かってるじゃないか。そうだよ、僕はお兄さん」
囁くような声にどきりとした。ふわりと笑えば、目尻のほくろが二重瞼の中に飲み込まれていくのが見えた。
「魔法使いのお兄さんだよ」
その美しい笑顔につられて、藍は何がおかしいのかくすくす笑う。楽しそうに笑う藍を見て満足気にほほ笑んだ男は、ふいにどこからか出してきた杖を藍の目の前で軽く振った。杖の先から七色に光る光の粒子が藍の顔の周りを舞う。
「それじゃあ、藍。僕と楽しい話をしよう。さあ、お部屋に入れて? 君に触れさせて」
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