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 はあ、と息を吐きだす。途端に静かになった部屋の中では、外の大雨と、エアコンが俺のTシャツを揺らす風音しか聞こえない。そういえばずっとうるさかった給湯器も、今は仕事をしてないみたいだ。

 イった余韻も薄れ、途端気だるさと虚無感が襲ってくる。考えたくないことが次から次へと蘇った。

 俺、何してんだろ、とか、なんで衣笠と抜き合いしてんだろとか、いやいや今の何? とか。衣笠のちんこでっかかったな、とか。なんか衣笠が盛り上がってたな、とか。

 頭のねじ外れるくらい興奮してたんだな。そうじゃないと好きとかかわいいとか、そんな言葉出てこないでしょ。なんだよ、好きって。俺、お前のストーカーみたいなことしてたのに。

 だいたい、なんで全部バレてたんだろう。俺が衣笠を見てたこととか、俺がメイクしてることとか。こいつ全部知ってたじゃん。

「…………あ、」

 冷静になったことで俺は一番思い出したくないことを思い出していた。サっと顔が青くなる。俺が起き上がろうとしたのと、衣笠がベッドの下へ手を伸ばしたのが同時だった。

「ちょっ、ちょ、ちょちょ、バカッ」

 俺の体に乗り上げて衣笠が手を伸ばす。ぽた、と雫が垂れてきた。ハァと荒い息を吐きだす衣笠の涎だった。

「ハァ……斎間くんの……」

 や、やばい。ヤバイヤバイヤバイ。

 衣笠に押しつぶされながら、俺はぎりぎりのところで衣笠の手首を掴んだ。ピクッ、と衣笠が震えて、一瞬体が固まったのがわかった。

「……え……なに?」
「いや、なにじゃねえだろ」

 俺を見下ろした衣笠の顔は、俺に手を掴まれたことに対して少し困惑しているようであった。俺がドン引きした顔で衣笠を見ていれば、衣笠はすぐに火照った顔をフローリングに向ける。見たくもなかった。だって視線の先は俺の……ゲロ。

 衣笠はただ物欲しそうな恍惚とした顔を向けていた。俺じゃなくて、その、床のものに。
 頭上の衣笠の喉がごきゅ、と音を立てる。ぽたぽたと涎が降ってくる。
 俺の手を振り切って、衣笠はのそりと腕を伸ばした。

 ヤバい。キモイ。とんでもなくヤバイ奴がいる。

「おい、待て待て待て待て! それはさすがにキモイ。キショい。気色悪い! 流石の俺もそれは引く!」

 慌てて衣笠の手首に力を込めてベッドの方に押し返そうとした。もう十分俺は衣笠の体に押しつぶされていたけど。

 思いのほか素直にベッドに戻ってくれた衣笠は、代わりに全体重を俺にかけてきた。重いし、痛いし、苦しい。つぶれる。

「う、く、くるし……いがさ、いがさ、つぶれる」
「…………」

 ほんのちょっとだけ、体を離してくれた衣笠は鼻先が触れそうなほど近くから俺の顔を覗き込んだ。眉を寄せて、口をへの字に曲げて。駄々っ子みたいにむっすりとしていてかわいい。というのは嘘で、かわいくない。

「なんで? いらないんでしょ、斎間くん。じゃあちょうだいよ」
「なにを!? キモいよ!? やめて、人間やめないで!?」

 反射的に嫌悪を示せば、ますます衣笠は眉をぎゅっと寄せた。相変わらず口をへの字に曲げたまま、頬がぷくりと膨らみ始める。かわいい……というのは嘘で、かわいくない。

「俺は斎間くんに精液あげたのに。斎間くんは俺に何もくれないんだ」
「せっ……あ、あげるあげる! わかった、あげるよ!? あげるからそれはやめろ!」

 じ、と衣笠は俺を見つめていた。俺の目の形だったり鼻の低さだったり、崩れた化粧だったり、そんな表面的なものを見てたんじゃない。いや、見てはいるんだろうけど、衣笠にとってきっとそれは重要な要素ではないのかもしれない。だって、こいつは人の容姿にびっくりするほど無頓着だから。

 俺のこの自分が大嫌いで、大嫌いな自分から自分を守ってないと生きていけないクソみたいなメンタルを覗き込んでるわけでも、たぶん、ない。いや、きっとそんな雑魚メンタルであることはとっくに知ってるんだろうけど。

 目と目が合う。じっと見つめ合って、どのくらい経ったんだろう。

 ふいに衣笠が俺の首に噛みついてきた。思い切り歯まで立てられて、かなり痛い。

「っい……ったい」

 衣笠は皮膚をちぎらんばかりにがじがじと噛んでくる。

「くれるの? 本当に? なかったことにしたら怒るから」
「お、怒るの……何なの、お前……えぇ……こわ、キショ……」
「好きだから」
「はい? あーはいはい」
「大好き」

 とっくに酔いなんて覚めていた。衣笠が俺のスマホのアルバムを見せてきた時から、一瞬で覚めていた。でも衣笠はいまだに酔ってるみたいだった。酔っぱらいの戯言なんて本気にしちゃいけない。今日のことだって、酔っぱらいが犯した過ちってだけだ。俺たちは相手を理解しようとするそのやり方を間違えただけ。

 って、そう思うことにしたというのに。

 相変わらず大型犬みたいに俺に抱きついて首筋を噛んでくる衣笠から視線を外せば、机の上のチューハイと缶ビールが目に入る。

 俺が飲んでた3%のチューハイ。衣笠が飲んでた缶ビールのアルコール度数は0.00%。ノンアルコールだった。

 思わず弾かれたように起き上がり衣笠をひっぺ替えす。肩を掴んでその顔を覗き込んだ。

 上気した頬、潤んだ瞳。弛緩しきった顔。

「お前…………正気、なの?」
「んふ♡」

 いや、酔ってる。絶対酔ってる。衣笠は八重歯をのぞかせてにこりと笑うと、萎えていた俺のちんこをぎゅ、と握った。

「ヒッ」
「はい、じゃ、出して」

 白状する。俺は衣笠を3年近く盗撮してた。
 でも、衣笠はそんな俺を遥かに超える変態だった。
 そしてこの変態は、俺のことを好きだと言う。精子飲ませろと脅迫する。


 ………………え?



🐥🐥🐥



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