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「今日やけに挙動不審じゃね?」
「え、そう?」

 授業終わりに隣で講義を受けていた友人にそう言われた。図星だったからピクリと肩が跳ね、つい癖で前髪を指でいじってしまった。今日も少し湿度が高い。伸びてきた前髪もそろそろどうしようもなくなってきたから、切ったほうがいいかもしれない。
 メタルフレームの眼鏡をかけた友人は、服の袖でレンズを拭きながら興味なさそうに言った。

「天気悪いし、今日は斎間来ないのかと思ったわ」
「そんな天気で動いてるわけじゃあるまいし」
「いや、お前けっこう雨の日休んでるぞ。一昨日の倫理もばっちし休んでたけどレポート大丈夫なん?」
「あ〜あれ……」

 衣笠の家に行った日だ。あの後ふて寝をかまして、なんなら次の日は大雨だったので自主休校した。衣笠とちょっと長い時間一緒にいたせいで、ちょっと至近距離にいすぎたせいで、嫌な思い出が芋づる式に出てくる出てくる。最悪だ。

「まあ、あれよ。古傷が疼いて」
「中二病ヤメロ」
「はは……は」

 講義室に入ってきた人影に自然と目が行き、即座にそらした。なぜか何年経っても、俺の目は自然と衣笠を見つけてしまう仕様になっているらしい。こんな特殊能力絶対いらない。

 無意識に鞄の中に入っている衣笠の服を手で探り当てていた。いや、返すなら今じゃない。もっと人目につかないところじゃないと。

 一度同じ空間に衣笠がいることを意識すると、すぐに俺はあちこちが気になり始めた。髪の毛は? 肌は? メイクは不自然に崩れてないか? 肌の赤味は隠せているか? 眉はちゃんと整えていたっけ?

 なにより醜態を見られたくない相手だった。手鏡を出そうとして、こんなところでそんなもの出しているのを誰かに見られれば引かれる、と思い出す。慌ててスマホをポケットから出し、ほとんど病的な速さで画面を覗き込んだ。

「おはよ、斎間くん」

 揶揄うような軽い声が降ってきたのはその時だ。妙な汗が肌に浮く。やめろ、化粧が剥がれる。

「…………はよ」

 中途半端に顔を上げ、笑ってるのかよくわからない顔で衣笠に返した。オーバーサイズのトレーナーから指先だけが見えている。はぁ? 萌え袖? クソうぜぇな。

「あ、あ〜の……あとで、ちょっと」
「うん、わかった。じゃあね!」

 俺が言うより前に察したらしい衣笠が元気よく返事をすると、後方の空いてる席へと去って行く。肺の底から出てきた重すぎる溜息に、友人がびっくりしていた。不審げな目で窺ってくる。

「……衣笠?」
「……んあ」
「斎間たまにあの人と話してるよな。仲いいの?」
「……別に、同じ高校だっただけ。おい、教室移動。間に合わないぞ」

 次は人文の授業があるらしい。赤青黄色と派手な髪色の男たちが次々と講義室に入ってくる。なぜか人文には派手な奴らが多い。きっと俺らの存在なんて目にもはいってないんだろう。後ろで衣笠と話している声が聞こえてくる。

 逃げるようにそそくさと講義室を後にしたが、後から思った。よく考えたら俺は衣笠と連絡を取る手段を持っていない。別に欲しいとは思わないけど。

 衣笠を見つけることなら簡単だ。あいつは目立つし、いれば俺は気づいてしまう。だけど人前で衣笠に借りた服を返すのはどうにも嫌だった。衣笠は誰彼構わず話しかけるから、別に俺と話していたくらいで特に問題はない。ただ衣笠にものを渡している状況はあまり見られたくなかった。もちろん俺が衣笠並みの人望、もしくは顔面だったら何も問題はない。ただ俺じゃあ、「は? 誰あのイキリ陰キャ」と思われるに決まってる。

 衣笠と懇意になろうとしてるイキリだと思われることだけはなんとしても避けたかった。俺のクソほど下らないプライドだ。


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