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「お会計920円になります」
「これでお願いします! ねえ、このあと飲み行かない?」
「こちら来月から利用できるクーポンです。どうぞご利用」
「飲みは〜?」
「……当店は店内のご利用のみとなっており」
「もう上がりでしょ? いいじゃんテイクアウトさせてよ」
「何をだよ」

 よくこんなキモイことさらっと言えるな。この顔だから許されるのか? そうなのか? クッソ。毎回毎回〆作業ぎりぎりまでいやがって。つーか、こいつ俺が飲めないことくらい知ってんだろ。どうしてこう、群れてはうぇいうぇいやってる連中は年中飲みたがってるんだよ。しかも衣笠はまだ成人してないはずだ。だって、確か誕生日が10月の……

「斎間くんこないだ誕生日だったじゃん〜! 俺まだ斎間くんに成人祝いしてないんだけど」

 だからなんで知ってんだよ。

 天を仰いだ俺の視界にちらりと桜の花弁が舞うのが見えた。駐車場近くに植えられた桜は見頃を過ぎ大分散り始めている。看板の照明に照らされて、ひらひらと花びらが落ちていく。

 目の前には顔面が嫌と言うほどに整った男。真っ黒な髪が肌の白さを強調し、猫目の大きな瞳がにやにやと笑いながら瞬いた。何かを期待するようなその目から、俺は視線を逸らした。

「いや、間に合ってるんで」
「えぇ〜」

 衣笠と妙な関係になってから、半年以上が経つ。進級した俺たちは特に何を為すこともなくだらだらとモラトリアムに時間を浪費した。その間こいつに構われては、俺のちんけな自尊心はばらばらにされ歪に作り替えられていく。

 斎間くんかわいい、斎間くん好き。
 そんなアホみたいなことを言われるたびに、俺は見たくもなければ知りたくもない、衣笠の化けの皮の下を見せつけられた。もはや露出狂である。しかも本当に下半身まで露出する。ガチの露出狂じゃん。変態じゃん。クソほど変態じゃん。なんなの? こいつ。

 差し出したクーポン券を衣笠はいつまで経っても受け取らなかった。じわりも浮いた手汗のせいで、ペラペラのただの紙はもう波打ってしまっている。顔を上げずとも、衣笠が俺を見ているのがわかる。徐々に上がっていく心拍数にパニックになる前に、俺は衣笠に割引券を押し付けた。

 指の先が衣笠の手に触れ、頭上で衣笠がふっと笑うのが聞こえる。思わず平手打ちでもしたくなったのを堪えて、裏に戻ろうと勢いよく振り返るとパートのおばさんが俺のことを凝視していた。パッと笑うと明らかに衣笠を意識したいつもよりワントーン高い声を上げる。

「斎間くーん、もう上がっていいわよ〜」
「えっ本当ですか! わーい! ありがとうございます〜!」

 なぜか後ろの衣笠が答えていた。





「っ……ん、ぁっ」
「ん、ちょっと勃ってきた」
「お、まえ……やめ、」

 体をなぞられる変な感覚にじっとしていられない。ぴちゃぴちゃ、と微かな水音が聞こえてくる。くすぐったさに体を捻れば、衣笠は俺の胸から顔を上げ眉をひそめた。

 なんで衣笠が嫌そうな顔するんだよ。そんな顔したいのは俺のほうだよ。
 こんな男に乳首をいじられながら衣笠の匂いが染みついたベッドに寝かされてる状況のほうが100倍おかしいんだって。おまけに大男が被さっているせいで身動きなんてろくにできない。抵抗したいのに、全身は鉛のように重たかった。見下ろした自分の身体がやけに赤くて、また流された、と自己嫌悪に陥る。

 そうだ、また飲まされたんだ。一体俺は何回同じ手にひっかかれば学ぶんだ。

 バイト後の俺を拉致っていった衣笠は、成人祝いと言いながら俺には気後れするようなおしゃれなバーに連れて行った。てっきり居酒屋に連れていかれるのだとばかり思っていたからぎょっとした。なにより衣笠がごく自然にそんな店に入っていったことに驚いて、また自分が惨めに思えてしまった。俺なんて、そんな店入れねえし。

 それでも酒はサークルの飲み会なんかで行く居酒屋とは比べ物にならないくらい美味しかった。見たことのない酒やカクテルがいっぱいあって、悩めば衣笠が片っ端から注文してた。そのせいか、店をどうやって出たのか記憶は曖昧だった。

「ひっ……ん、」

 ぽーっとしていれば、熱くぬるりとした舌が俺の乳首を転がすようにして舐めていった。普段感じないような刺激がびりっと広がる。くすぐったいだけじゃないこの感覚に、冷や汗が浮いた。これは少しまずい。

 反射的に身体をねじって力の入らない腕で衣笠の頭を押しのける。さらりとした髪を掴めば、衣笠は俺の手を取り指先をがじ、と軽く噛んだ。熱く、柔らかい舌が指先に触って下腹部がじん、と熱くなるのを感じる。

「斎間くん、危ないって。じっとして」
「や、お前が……っ」

 衣笠の唾液で濡れた俺の胸を、長い指がつーっとたどっていく。そのもどかしい感覚だけでひくりと震え、俺の口からは変な吐息が漏れていた。弄ぶように衣笠が俺の乳首をくるくるなぞる。

「ふ、ぅっ……ぁ」
「動くと噛みそうになる」

 衣笠は熱っぽく目元を赤く染めながら、俺の胸をじっと見つめていた。つ、と動いた指がピンと乳首を弾く。

「ぅあっ、はぁ……っ」
「俺は噛みたいけどー……」
「い、痛いだろ!?」
「痛いんじゃない? でも斎間くん、さっきから腰揺れてる。痛いの、きもちい?」
「…………揺れてないし」
「揺れてるよ」
「揺れてねえよ、どけ! もう帰る!」

 こうやって、またいいようにされるのはごめんだ。
 衣笠を押しのけてベッドから降りようとしたけど、やっぱり頭はクラクラする。俺は逃げる間もなく衣笠にぎゅ、と後ろから抱きつかれた。正直ふらつく体にはその支えが心地いい。耳元で衣笠が吐息混じりに囁く。

「駄目だよ。今日まだ一回もイってない」
「…………」

 あぁ……そうだ…

 諦めたように脱力した俺を抱きしめたまま、衣笠がベッドに倒れ込んだ。まるで犬のように俺の首や頬に軽いキスを落としてくる。

「っん…」

 衣笠は定期的に俺をこうやって強制的に家に連れてきては、俺がイくまで帰さない。いや、正確には、俺の精液を飲むまで帰さない。

 正直めちゃくちゃキモイと思う。こいつはひょっとしてサキュバスなのか? ん? インキュバスなのか?
 どっちがどっちだかわからんが、俺は知ってる。深夜アニメで見た。上野がハマってるアニメだ。そういうインキュバスは……ん? サキュバスなのか? とにかく衣笠みたいに美形で、その顔面の良さで人間に迫ってえっちなことをしてるんだ。都合がよすぎんだろ。俺みたいな童貞に謝れ。しかもそういうことをしていないと、奴ら死んでしまうらしい。

「……!」

 つまり衣笠じゃん!

 衣笠の顔を窺うと、なんだか本当に死ぬんじゃないかなってくらい悲しそうな顔をして俺を見ていた。

「……い、一回だけだよ……?」
「くっ……かわ……!」

 のぼせたように頭は熱いし、動悸はするし、落ち着かないし、酒を飲むといつもこうだ。もしこれが酔ってるってことなら、衣笠なんてどうでもいいから早く酒が抜けてほしい。

 重い体には正直ベッドの柔らかさが気持ちよくて、もう起き上がれないような気がした。

「ぁ、っ……」

 ぴり、と小さな刺激にまた動きそうになった身体が今度は衣笠に抑えられる。反射的に目をつむってしまったが、薄く開いてみれば衣笠が怪しく楽しそうに笑っているのが目に入った。

 うわ、と思う。こんな顔を直視してしまう度に、俺の知らない衣笠がまだまだいっぱいいるんだって思い知らされる。俺が目を逸らすことを許さないというような熱の籠った視線に唇を噛んだ。見てんじゃねーよ。

 息を上がらせ頬を染めた衣笠の目の下でぷっくりと涙袋が浮き上がる。この堪らないというような笑顔は、きっと俺以外には見せたこともないんだと思う。

「っ! ぁ……んっ」

 ぴん、と乳首を弾かれ今度は腰が浮いた。目に入った自分の胸は男の胸なのか疑うほどにぷっくりと赤く腫れ、乳首は存在を主張するようにたっている。恥ずかしさに枕で顔を隠そうとしたら、今度は冷たい何かがちんこに当たってびっくりして思わず息を飲んだ。

「ひっ、え……な、」
「あっごめん! 俺、指冷たかった?」

 衣笠の長い指先に透明な先走りが糸を引いている。いつの間にかずらされていたパンツは、はっきりと先走りで色が変わっていた。恥ずかしくてたまらない。衣笠のことを変態だ変態だと言う俺も、大概おかしいんじゃないかと最近思う。

「っふ……っ」

 だって、そうじゃないとこんなことしてない。こんな俺はおかしい。枕を抱えた俺は衣笠を睨みつけながら自身を衣笠の手に押し付けるように腰を動かしていた。

 だけど衣笠はすでに糸を引くほどに濡れていた俺のちんこの先端を指でなでたり叩いたり、なかなか扱いてくれない。

「んっ……ふ、ぅ」
「わ、はは……はぁ〜……斎間くんかわいい。もうすっごいぬるぬる」
「……あっ、は、んぁ、お前……」

 長い骨ばった指は俺のものをゆるく握りこみ弄ぶだけだった。こんな奴退けてしまえばいいものを、俺の身体は律儀に与えられる快感を待っている。

「んぅ……っ」
「んっふふ♡ さいまくん?」
「……っは、ぁ……っいがさ!」

 早く動かしてよ。

 そんなこと言えるわけがないから、俺はただ唇を噛んで衣笠を精一杯睨みつけるだけだった。

 そんな俺を見て衣笠は頬を染めて笑うと容赦なく俺のちんこを扱きはじめた。節くれだった指に握られるのが気持ちよくて、びくびく震えた足が無意識に衣笠の腰を締め付ける。枕で顔を隠していたら、額のあたりで衣笠が小さな音を立ててキスをしてきた。

「っ、ぁ、ん、あぁ…」

 衣笠の髪がさらりと当たるのがわかる。衣笠の熱と、濃い汗の匂いを感じた。

「んっ、んぅ」
「斎間くん、出していいよ」

 耳元で、熱い吐息とともにそう囁かれた。抗うことなんてできそうにない。許可など必要ないのに、衣笠にそう言われて俺の身体はその言葉を待っていたかのように昇り詰めていた。

「っ……!」

 本能的に衣笠の手の中に腰を突き付けるようにしていた。熱いものが尿道を通って吐き出される快感に頭がちかちかする。

「は、は……ぁ」

 力の抜けた体がベッドに沈み込む。吐き出される息の熱さに枕から顔を上げれば、衣笠はうっとりとした顔で俺の精液がべったりとついた手を舐め取っていた。濡れた唇の端から赤い舌がちらりと覗く。

 蛍光灯の明るさに目を回しながら、焦点の定まらない目でその様子を眺めていれば、目が合ったらしい衣笠がんふ、と笑った。

「はぁ……はー……」

 自分の胸が大きく上下しているのが見える。ブーン、と室外機の音が耳に入った。

 ふいに覆いかぶさってきた衣笠が大きく深呼吸を繰り返していた俺の口に舌を突っ込んでくる。しょうがなく、それに応えるように俺は衣笠の舌に唾液を絡ませた。精液の混じった苦い唾液が落ちてくる。何度も角度を変えて、その度深さが増すようなキスに俺はだんだん視界がちかちかとしていくのを感じた。


 どう考えても、俺はこの状況はおかしいと思う。


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