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🦕
「斎間が飲みメインの企画に来るのも珍しいな」
「うーんまあ、新歓くらいは顔出したほうがいいかなって……思ってたんだけど……」
そもそも場を盛り上げるような目立つ人物もいない地味なサークルだ。飲み会といってもそう派手なものではない。
だというのに、今日はなぜだかやたらと人が多かった。俺のように普段は飲み会には参加しない人間もこぞって来ているうえに、入会希望の新入生が異常に多い。なんでだ? ここウォーキングサークルだぞ? なんだよウォーキングサークルって。
きょろきょろと周りを見回していれば、賑やかな人の輪の中に見間違うほずがない顔を見つけて、俺は脊髄反射並みのスピードで背の高い友人の影に隠れた。心臓がドッと音を立てている。目が合わなくてよかった。
あいつやっぱりストーカーなんじゃないかな。なんかやたら俺の予定とか把握してるし。もう帰っちゃおうかな、と思うが勝手に帰って幹事を困らせるわけにもいかない。
「……あのさ、上野……今日、俺のこと送っていってくれない?」
「は? 別にいいけど。潰れるほど飲むの? 斎間が?」
「……いや、そんなことないと思うけど……」
ひょこひょこと視界の隅に映り込むのは、一度も染めたことがない真っ黒な髪。ゲラゲラと笑う鬱陶しい声が耳に入った。衣笠が中心にいる人だかりにはもう目を向けなかった。目を合わせたら終わりな気がする。
「つか、あれ衣笠……? だよな。なんでいんの?」
「知らねえよ、なんでいんの?」
俺が聞きたい。どうしよう。アレルギー性の蕁麻疹が出そう。
「いや、知らねえよ。斎間、仲良くなかったっけ?」
「話したこともねえよ」
「それは嘘」
スマホを取りだしソシャゲを始めた上野は他人事のようにケラケラと笑っていた。クソ、このソシャゲ厨め。他に親しい友人がいない俺には上野くらいしか話せる相手がいないというのに。
一人であたふたとしていたら、輪の中に入りたそうに窺っていた新入生らしい男と目が合った。グレーがかった髪色はもうすでにずいぶんと垢抜けていて、大学デビューだなんだと馬鹿にはされないタイプの子だった。銀色のアクセサリーを指や腕にいろいろつけている。
いいなぁ、それ。自然にそうやって馴染むが羨ましいよ。俺の苦手なタイプだ。根暗の気持ちなんざわかりもしないんだろうな。と思ったけど、目が合えば俺に助けを求めるような視線を向けてくる。うわ、なんだよ……無視できないじゃんかよ……
「あー……えっと、うちのサークルの新歓? 参加する子?」
「っはい!」
「あー、あの、そこの茶髪の青いスカートの人に名前を伝えて……」
「あ、りょーかいです!」
にぱっと笑うとタタタと駆けて行く。ほら見ろ。きっかけを窺ってただけであれは人懐っこい奴だ。去り際にピアスが揺れるのが目に入る。うわ、陽だ。陽の人間だ。
「なんかうちのサークル、人のタイプ変わってない? 派手な子多くない? どうしよう俺怖い」
「衣笠が入ったからだろ」
「え」
スマホの画面から目を離さない上野を思わず見上げる。相変わらず表情も変えずに画面を叩きながら上野が言った。
「今年から入ったんだってよ、衣笠。さっき会長が喜んでんの聞こえたわ」
「嘘じゃん」
「よかったね」
「何が?」
ひと段落ついたのか、画面から顔を上げた上野が眼鏡を上げながら俺のことをちらりと見た。
「お前ら仲いいじゃん」
どこが??
無言で上野に向けてアッパーを放ったら、謎のポーズと意味不明な言葉で受け止められた。そんなんやられても元ネタわかんねえから返せねえよ。俺も上野のやってるゲーム、インストールしたほうがいいかな。
運動神経が大してよくもない陰キャ同士のぎこちないプロレスごっこをしていれば、人数を確認し終えたらしい幹事が声を上げた。俺は何事もなかったかのように直立した上野の斜め後ろに身を隠して、衣笠がいるほうを盗み見た。相変わらず人に囲まれてる。友達がいない状況でも、すぐにああやってあいつは自然と中心になる。今だって、きっと今日初めて顔を合わせたであろう人間と耳打ちしては笑いあってる。いったい何をどうしたらそんなことができるのか。羨ましいよ、その才能。
きっと他人に向けられる視線に悩んだこともないんだろう。人に舐められた目で見られたこともないんだろう。クラスの隅からあいつらを見返してやりたい、なんて思ったこともないんだろう。人には人の悩みがあるって? わかってるよ、そんなこと。わかってるけど経験しないほうがいい苦しさを知らないでいられるなんて羨ましくなるじゃんか。だって、俺はしんどい。
幹事はどうやら座席の説明をしているらしかった。上級生、新入生が満遍なくばらけるようにと言っているが、きっと皆心の中では衣笠のテーブルにつきたいんだろう。皆がそわそわと衣笠を窺っている。なんか腹立つな。
「うわあ、椅子取りゲームになりそ。俺すみっこでいいや。酒飲めりゃいいし」
「え、じゃあ俺もそこ行く」
「……斎間が来たら衣笠も来そうだな」
「はぁ? ねえよ」
「いや、めっちゃお前のこと見てるよ」
「うっそまじ?」
「あ、目合った。うわ、笑いかけられた! 手振っておいたほうがいい?」
「実況すんのやめてくんない?」
そんな事細かに言われても俺はますます顔を上げられなくなるだけだ。
結局、酒が入り始めればみんな好き勝手に席を移っていくから、と最初は好きなように座ることになった。衣笠は早くも上級生とも新入生とも仲良くなっているようで、派手な男たちに囲まれて一つのテーブルについている。衣笠の周りが男で埋まってしまったことで女子たちは開始早々席替えしないー? なんて言ってる。いや、お通しくらい食えよ。
俺は光の速さで一番隅の席についた上野を追って無難なテーブルに落ち着いた。ふぅ、よかった。ちらりと目に入った衣笠のいるテーブルでは、さっき俺が声をかけたグレー髪の1年生もさりげなく紛れていた。要領いいじゃん。縦社会ではそういう人間が勝ち残っていくんだよな。感心しながらそう遠くから見ていたら、ぱちりと目が合った。慌てて逸らそうとしたが、にこりと笑って会釈をされる。
俺にはとても真似できない100点満点の新入生ムーブだ。ひきつった笑みを返したが、ちゃんと笑えた自信はない。
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