#5


🎉

「……食べないの、結局」

 衣笠は俺が買ったごく普通のチョコを壊れ物でも扱うように机に置いた。女の子からもらったチョコはあんなに雑に食べてたのに。やっぱり苦いのは好きじゃないのかな。
 俺が後ろから声をかければ衣笠はぎょっとしたように声を裏返らせた。

「食べる!? チョコを!?」
「お前チョコを何だと思ってんの? さっきもすげー食ってたじゃん」
「さ、斎間くんから、もらったチョコを!? 食べる!?」
「いや食えよ。年中売ってるただのチョコじゃん」

 俺は横から手を伸ばして、箱の中のチョコを一つ取った。ハッと衣笠が俺を見る。目の前で親でも殺されたかのような顔をするもんだから、口に放り込む途中で俺も固まった。
 そ、そんな顔する?
 ……いや、いいか。俺が買ったチョコだし。

 口の中でバリバリチョコをかみ砕く。流石にカカオ72%に甘味はなかった。コーヒーでも飲んで口の中で溶かしたい。

「なんか熱いもん飲みたい」
「……コーヒーあるけど、淹れる?」
「自分でやるからいい」

 家主を放って、勝手に台所まで行けば、台所には謎の黒い物体が散乱していた。なにこれ、炭? 衣笠は未だに俺の買ったチョコの箱をつついたり、角度を変えたり匂いを嗅いだり、気持ち悪い行動をしている。

「衣笠ー、なんか台所に炭があるんだけど」

 バーベキューでもするつもりだったのだろうか。こんな寒い中で、どこで何を焼くってんだ。流石はパリピ集団。
 しかしこの炭はよく見るとどれもけっこう綺麗な形をしている。バーベキューに使うにしてはただのカスに見えるが。そのうちの一個を手に取りまじまじと見ていれば、飛んで来た衣笠に手首を取り上げられた。

 星形に見えなくもないそれを、お、レアじゃんラッキー、なんて思いながら見ていたのに、衣笠はやけに怖い顔をしていて、その表情に俺の今日のプチラッキーは消し飛んだ。

 さっきまでの緩んだ顔と違い、衣笠はぐっと唇を引き結んで睨みつけるように目を細めている。そのただごとじゃない雰囲気に、身がすくんだ。俺はなんだか悪いことをしたような気分になった。

「……ご、ごめん。その、勝手に触って……」

 あれ? 俺なんで謝ってんだろ。
 衣笠は俺から目を逸らさない。その視線がますます険しくなるだけだ。もしかして本当になにか地雷でも踏んだのだろうか。チョコまで買ってやったのに? 怒られるようなことってなに? うわ、なんか悲しいな。人間って理不尽。

 怒りの表情なのか、見たことがないその怖い顔と無言の圧力に、つい手を握りしめてしまった。心臓がばくばくして、情けないことにちょっと泣きそうになった。
 パキン、と音を立てて、手の中で割れた炭がパラパラと落ちてくる。それに目をやり、俺はふ、と思い当たったのだった。

 そういえば毎年妹がこの時期に同じものを錬成していた。黒炭ではなく、

「…………クッキー?」

 衣笠はむん、と唇を引き結んだままわなわな震え、そのうちぽふんっと顔を赤くした。首筋までほのかに赤くなり、じんわりと額に浮いた汗が光っている。目元を赤く染めた衣笠は、何か言おうとはくはくと口を動かしていた。
 力の抜けた衣笠の手から手首を抜き、零れた破片に指を伸ばす。指先についた真っ黒のそれを舐めてみれば、もはやただの炭だった。

「……っふ、はは……っあはは!」
「…………」

 衣笠が目を見開いて俺を見てる。

「っく、ふふ、お前、料理できないんだ」
「い……べ、別に、たまには自炊しようと思っただけだから……」
「ふっは……っは、自炊……ふふっ、クッキー……これ、誰にあげんの? 自分で食べるの?」

 笑ってる顔なんてブサイクに決まってる。手で顔を覆って、笑っていれば、汗ばんで湿った手に手首を掴まれた。

「し、失敗したから……」

 薄目に衣笠を見れば、衣笠は眉を寄せ顔を逸らして情けない表情をしていた。なんか、いいな、その顔。

「斎間くん」
「……ん?」
「はい、アーン」
「んぅ」

 顔を覆っていた手を退けられ、衣笠に何かを口に突っ込まれた。甘い、チョコレートだ。スーパーなんかで安く買えるチョコじゃなくて、その味も香りも舌ざわりも、滅多に食べないものだった。

 口の中でチョコを転がしていれば、衣笠が両手で俺の顔を包み込み、そのままぱくり、と俺の唇を食んだ。舌が入ってきて唾液とチョコレートで口の中がどろどろだ。

 とろんとした目の衣笠と目が合う。すぐさま目を瞑って、頭から追い出した。舌を絡めて、落ちてくる唾液を飲み込んで、苦しくなって衣笠を剥がした。

「消し炭になっちゃったから、これ、あげるね」

 衣笠からまたチョコレートが押し込まれる。どこのチョコだろう。すごくうまい。
 だけど、そのチョコを在り処を見て、俺は思わずツッコんだ。

「俺が買ったチョコじゃねーか!」

 ああ、なんて悲しいバレンタイン。
 衣笠はきゃっきゃと笑っていた。ばちん、とウインクまでお見舞いしてくる。俺の前でハートがぴょんと飛んでくるのが目に見えた。

「ハッピーバレンタイン!」
 誰か、チョコください。


🍫❤🍫❤2022.02.14





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