第8話


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「ねぇ、なんで俺の前から勝手に消えたの?」
「…」
「俺は怒ってたんだよ、ずっと」
「…」
「もうさっきので分かったろ?俺が許すっつってんだよ」

 俺がいままで神田に思っていた感情の大部分がおそらく独占欲だ。そして神田は俺と違い、もっと純粋な恋愛感情を持っていたはずだ。それをゆがめてしまったのも、神田が逃げだしたのも、待てをしすぎた俺のせい。

「許すって、何を」

カッスカスの声でそんなことを聞かれる。

「いくらでもキスでもなんでもすればいい」
「…知らねえぞ、お前がどうなっても」

 頭の固い神田は気づいてないんだろうな。俺が離したくないってことに。

「許すっつってんだろ」

 語尾が荒くなったが、強くつかまれていた手首を勢いよく引っ張られそんなこともすぐにどうでもよくなる。思わずバランスを崩し、神田の鎖骨に激突した。とんでもなく痛い。

「バカ、何すんだよ」

 顔を上げてそう言おうとしたのに、痛いくらいに抱きしめられて頭が動かせなかった。それにしてもひどい。パソコンを挟んでいるから、俺は尻を突き出したような不格好だ。耳元では神田の荒い息遣いが聞こえている。

 しかし、そう。昔から神田は野蛮な一匹狼だったのに、なぜか俺の言うことだけは聞いたのだ。俺が待てと言えばいやいやながらに引き下がる。俺がGOだと言えば相手が誰だろうとぶちのめす。

「な?な?神田、一回落ち着こうぜ。だから一回離して」
「岬」
「ああもう、んだよ。何?」

 腕が緩んだのを見計らって顔を上げると唇に熱い息とともに貪るようなキスが降ってきた。息も出来ない。口を開けばぬめりとした舌が入り込んでくる。歯列をなぞられ、たっぷりと神田の唾液が送られた。もちろん俺は残さず飲み込んだ。俺の喉が上下に動いたことを確認した神田が目もとを緩め、さらに咥内へと侵入してくる。

 鼻にかかる声が漏れた。唇の端から伝ったどちらとも知れない唾液が糸を引いてパソコンに落ちていく。必死に酸素を求めれば、神田の吐き出した息を与えられる。くらくらする。目の前がチカチカしてきた。

 許すって言ったのは俺だけど、さすがの性欲おばけはこのままではセックスにでも持っていきかねない。

「はっ…入れたい」
「え、え、ちょ、いきなりそれは普通に無理」
「嘘だ、いいって言った」
「た、確かに言ったけども」

 さっきまでの泣きはらしたような顔はどこへやら、上気した顔を恍惚とさせる神田は多分頭のねじが二つや三つどこかへ飛んでいる。

「お、俺が神田に入れられるの?」
「え、岬が俺に入れてくれるのか?」
「へ」
「最高、喰うよ」

 見たこともない顔でうっとりとおぼれたように笑う神田は控えめに言って狂っている。でもこの顔を今まで抱いてきた女に見せていたというのなら。

ぐつぐつと湧いてきたのは怒りだ。

 噛みつくようにキスをするとふっと笑われた。そんな余裕なんてないだろうが。第一ずっと神田を縛ってきたのはこの俺だ。

「悪いな。俺が、責任、取るから」
「っは、低能が良く言う」

 お互いが一度も言うことのない好きを声にだして言えるのはいつになるだろう。今はただ、求め合えれば、確かな存在を確認できればそれでよかった。
 



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