第3話


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 駅の改札前で上着を脱ぐとまだ帰りたくない気持ちが強くなったが、これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。軽く形を整えると借りた上着を手渡す。

「今日は、お世話になりました」
「…おう」

 精一杯の礼をして改めてちゃんとお礼を言うと、浩二さんはきまり悪そうにそっぽを向いてしまった。

「少しはすっきりしたか?ま、その狭い視野を広げることだな。あとは、体は大事にしろよ」

 すっと人差し指を俺の胸に突きつけてそう言った。発作で体の調子を壊す俺を知ってか知らずかは分からないが。

「本当に東京にくるのか?」

 何か心配するような目だった。聞かれてまずいことでもなんでもないのに、声を潜めて抑えるようにそう言う浩二さんに俺は笑った。正確には笑おうとした。

「終わりにしたいんだ」

 晴久との、ノンケへのこの恋心を。

 かっこつけて爽やかに笑おうにも、どうしてもヘラっとした情けない笑いになってしまう。それでもやっと引っ込んだ涙がまた出てきそうになったから精一杯に笑う。

「…俺にはなんとも言えないし、なんの力にもなれないけど」

 どうにか収める方法はないのかよ、と小さく浩二さんが呟いた。そんな方法があるなら俺も知りたい。

「なんか危なっかしいというか…お前ふわふわしすぎて何考えてんのか、ちゃんと考えてるのか分からなくて怖いんだけど」
「考えてるよ。すくなくとも進学先は自分で決めたし」

 そう言うとはあっと溜息をついて浩二さんは頭を抱えた。

 いいんだ。俺はいくらか吹っ切れた。いくらか決心がついた。抱えることは辛い、それでも俺は引きずろうと思う。忘れられないことを引きずって、東京に行く。忘れたいと思うまで、忘れられるときまで、思う存分引きずって自分を苦しめるさ。

 泣きたくなるほど苦しいのは、手を伸ばせば心も体も届く距離にいるからだ。それほどまでに晴久は俺に気を許していたし、俺も晴久に心を許していた。

 終わりにしたい。しなければいけない。ハルは俺以外の男と、男を性的に見ない奴と対等な友達になるべきなんだ。

 じっと俺の目を見つめる浩二さんとまっすぐに目を合わせた。何か言いたそうだったが、諦めたようにフッと息を吐くとペンを取り出してメモ帳に何かを走り書きするとその紙を押し付けてきた。

「帰ったら電話でもメールでもいいから、一言入れろよ。何かあったら悪者にされんのは俺だからな」

 それが本音なのか建前なのかどうか俺は判断できなかったが、この人が俺のことを心から心配してくれていることは伝わってきている。フンと鼻を鳴らす彼に俺はニヤッと笑って返した。

「別に心配しなくても俺はどこぞのリーマンひっかけるほどチャレンジャーじゃないから」
「お前なあ…俺みたいにはなるなよ」

 体は大事にな、と言った浩二さんの言葉が蘇る。あれはこっちの意味だったのか。俺は自棄になって体を売るほど潔い男じゃない。うだうだ悩んで泣いて暴れて手のつけようのないおこちゃまだ。

 浩二さんに手を振り、まぶしい改札を通る。田舎の無人駅とはえらい違いだ。振り返ると浩二さんはまだそこにいて、目が合うと肩をすくめた。

 東京に行こう。今の俺の頭にはそれがすべての解決策かのように、頭から離れない。やっと見えた道に満足して浮かれていたと言ってもいい。


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