第3話
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家に帰ればまだ父さんたちは帰っていないらしかった。
電気をつけると懐かしい間取りが広がる。リビングテーブルもソファもクローゼットや本棚も、布をかけられてはいるが、それらは東京から出て行った当時となんら変わらなかった。へこんだ壁に穴の開いた和室の障子も。
苦い記憶を思い出し、その跡を撫でてみる。当時の俺の叫びが聞こえてくるようで自分のことながら痛々しかった。あの頃と俺はさして変わりはしないが、きっとあの頃と違って人のことを本気で好きになる苦しさを知ったはずだ。思えば俺は馬鹿ながらにがむしゃらに頑張ってるんじゃないか?
浩二さんたちに会ったせいで、一人で悶々と悩んでいた毎日とのギャップに笑えてくる。
ふと思い出し、浩二さんから渡されたメモをポケットから探りだす。特徴のある流れるような整った字体のメモを見ながら、ややこしいアドレスを打ち込むのが面倒で電話をつなぐと、ワンコールでつながった。
「あ、俺。今帰った」
『詐欺かよ、先に名乗れや。あ、そ。よかった』
「うん。…暇んなったらまた電話してもいい?」
『あ?俺は暇じゃねぇけどな』
「わかった毎朝五時にモーニングコールする」
『あ、ちょ』
言うだけ言ってにんまりと笑って電話を切った。浩二さんにはいつかちゃんとお礼がしたい。なんだか気の置けない友人ができたみたいで嬉しかった。
「…終わりにしたい」
駅の改札の前で口にした言葉をぼそりと呟いてみる。まさか自分からそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。いままでそれを考えて、嫌でたまらなくて逃げていたのに。
覚悟が決まったとでも言えばいいのか。でもこれはきっと一時の感情なのだ。その場の空気に流されて思い込んでしまっただけの。
きっと時間が経てば経つほど、俺はもとのようにハルからは離れられず忘れることもできず、という生活に戻ってしまう。
「忘れるな…忘れるな…」
今のこの気持ちを忘れるな。浮かれた気持ちのままでいい。いつもの卑屈な自分に戻るんじゃない。少なくとも今年が終わるまでは。蹴りをつけなくては。
ぴしゃりと頬を叩いたことろで玄関が開く音が聞こえた。俺は顔を上げると、父さんと栄さんを迎えに玄関へ小走りしていった。
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