第5話


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 午前の公演を終えた後、次の出番までは三時間以上間が空いた。ライトの不具合などがないか確認し、やっと解放された時控室にはもうほとんどのクラスメイトが残っていなかった。みんな思い思いに行きたい場所へ行ったようだった。

 机や椅子は今日は全て教室から持ち出されているので、教室はやけに広く感じる。その中で外の喧騒とは切り離されたように、ハルは窓からグラウンドを見下ろしていた。俺が来たことに気が付くと顔を上げふにゃりと笑う。

「おつかれ」
「ん」

 ハルに小さくうなずき、荷物を軽く整理しているうちに教室には二人きりになってた。にぎやかな声が外から聞こえてくる。ハルは一言もしゃべらない。居心地のいい沈黙であったはずのそれは、今では怖くて仕方がない。ハルはというと、なんでもない顔でグラウンドをまだ眺めていた。

「どっか行きたいとことか見たいとこ、あんのか?」
「ん?俺はとくに。テキトーに昼食べられたらいいよ」
「そうだな」

 そう言えば、ハルは昔から人混みが嫌いだった。疲れる、といつも言っていたがそれはきっとハルが周りに意識を配るのが癖になっているからなんだろう。こいつはクラスの中ではムードメーカーのように見られているが、本当はずっと静かだった。

「そういえば今日、屋上開けられてるらしいぜ」

 実行委員の笹山から仕入れた情報をなんとなく言ってみる。屋上を指定の場所に収めきれなかった机や椅子の置き場にしているらしい。

「へえ、行ってみたいけどそもそも屋上までたどり着けるかな?」

 屋上への階段のフロアは邪魔になる教室の備品が積み上げられバリケードのようになっているはずだ。

「まあ、大丈夫じゃない?」

 肩をすくめて言うと、ハルは俺が準備できたのを見て伸びをした。静かな教室を出ると、ざわついた廊下は人で溢れている。他校の生徒は少ないが、地元の中学生らしい少し幼さの残る顔が多かった。ハルに集まる視線にはもう慣れている。

「目立つな」
「…俺か」
「お前だよバカ。ちょっと晴久離れて歩けよ。俺ただでさえ顔薄いのに、ハルに並んでたら顔のパーツ消え失せそう」

 面白がってそう言うと、ハルは逆に俺にすり寄ってくる。首筋から漂ってくる清潔な石鹸の匂いが鼻をかすめた。

「せっちゃん…あ、これならどうだ?離れてかつリア充の気分さえも味わえるぞ!」

 唐突に何を言ったかと思うと、今度は手首を握られぎょっとする。俺の手首を握ったまま、ハルは俺の一メートルほど前を歩き始めた。まあ確かに少女漫画なんかでありがちなポーズではある。じんわりと浮いてくる手汗に、今すぐ手のひらを拭きたくなった。もうだいぶ涼しい季節になってきたというのに額に汗が流れるのは人混みの熱気だと思いたい。

 緩く握られていた手首からするっとハルの手が離されたと思った時、一瞬寂しいなんて思いがよぎる。それもつかの間、手首を離すのではなくその手は俺の手を包み込むような形でおさまった。びっくりして思わず立ち止まりそうになった。


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