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十数分ほどの短い散歩は案外良いものだった。帰って明るい電灯の下で見た誠司くんの顔色はさっきよりもずっとよくなっている。そのことに安心して、めんどくさがる誠司くんを無理矢理風呂に押し込み、俺は部屋の掃除をすることにした。
普段はご飯を作るときにしか立ち入らないキッチンや、まるで足を運ばないリビング。普段使われることのないその部屋は誠司くんの自室に比べて全く散らかっている跡はなかったが、ただ使われないことで埃がたまっていた。棚の上や机の上、目につく場所を乾いた雑巾でふき取っていく。
ダイニングルームのこまごまとした棚の整理を始めた時、ふと何かが目についた。必要最低限のものしかない誠司くんの家で、それはある意味異様なものだったから目についたのかもしれない。
漢方薬や風邪薬など、無造作に置かれた薬だなの裏側に見えた処方箋。わざわざ隠す意図があってそこに置かれているに違いなかった。たまたま何かの拍子に見える位置にずれてしまったのか、気になった俺はそっとその処方箋を抜き取っていた。折りたたまれた処方箋に隠すように包まれているのは透明な袋に入った錠剤だった。
「……く、すり…?」
処方箋には俺には理解できない成分の羅列が何行にもわたって書かれている。そのほかの注意事項なども書いてあるが、どうにも文字の小ささと分量の多さに読む気にはならなかった。
白い錠剤をまじまじと見つめる。何の変哲もない、ただの薬、に見えたはずだった。ただ一つパッと目に入ったのは、処方箋の花井誠司の名前の横に書かれた記号。それをみた瞬間、俺の頭の中では全てが大きな衝撃とともに音をたてて繋がっていった。
定期的に来るのを拒む誠司、そのときの様子はどうだった?なぜ誠司ほどの頭を持った男が働きもせず家から出るのを拒んでいる?なぜその理由を彼は言わない?外に出る時、必ず首元を隠す理由は?
ざわざわと興奮が駆け抜ける。上がる心拍数に息が荒くなった。額を汗が伝う。たどり着いた結論を頭が理解したとき、震える口角は確かに上がった。
「は…はは、」
紛れもない。
花井誠司はオメガだ。
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