T


← 6/43 →

 幼い頃、家出をしたことがある。

 家出っていっても、3日家に帰らず2日は野宿した。小学校低学年の男児が一日でも家に帰らなければ騒然とする。普段は子どもをほっぽっているばあちゃんも、子ども一人いなくなったとなれば流石に事が違う。血相を変えて警察に捜索願いを出したらしい。

 別に心配してほしかったわけではなかった。だから、そこまで必死になってくれていたことを知った時には、申し訳なさや安堵よりも疑問が大きかった。

 その頃から寂しがりやだった俺は、いかに自分が寂しがりやでいかに自分の周りに人がいないかを、わざわざこの身を犠牲にして知ろうとしていたのだ。事実、家出して夜を越しているとき、寂しい、一人は嫌だ、なんて思いは痛いくらいに実感していた。今思えばドМの卵かって思うが、当時の俺は自分がそう感じることを感じたかったのだ。ああ、寂しい淋しい。と胸をきりきり痛めて、そして安心する。よかった、俺は寂しいって感じてる。

 とんだメンヘラじゃねぇか。

 俺は寂しがりやであることを一つのアイデンティティにでも思っていたのだろうか。

 しかしそれも一理あるのだろう。昔から友達のいなかった俺にとって、自分の存在が何かの言葉で分類できることは、それすなわち自分が存在すると言えること、と思っていたのかもしれない。

 結局、そんなこんなで夜を二回越えた俺を見つけ出したのは、ばあちゃんでも警察でもなく、汐だった。

 なんでもないようにふらりとやってきて、元から俺がそこにいるのを知っていたかのようにまっすぐに歩いてくる。当時のまだ中性的で天使のような容貌だった汐が、大きな琥珀色の瞳で俺をまっすぐに見つめて近づいてくる。
河原にぽつんと膝を抱えて座り込む俺のよこに、同じように汐は座り込んだ。短いズボンから覗く膝には、何日か前にクラスメイトに足を引っかけられて転んだ時の傷が残っていて、大きな絆創膏が貼られていた。

 腕に少し触れる汐の体が温かくて、柔らかくて、いい匂いがした。

 汐は不安そうな顔だとか、焦ったような顔だとか、泣きそうな顔だとか、おおよそ想像できたそんな反応の全てを覆して、いつものようにほにゃりとした笑顔を浮かべている。

 心配した、とか、どうしたの? とかそんな言葉は皆無だ。もっとも俺もそんな言葉を望んでいたとは言えない。汐はただおっとりと今日の朝ごはんは一人で食べただとか、ここに来る途中見たこともない虫を見つけただとか、そんなことを話していた。なんでもない話をして汐が笑う。

「寒くなってきちゃったね」

 夕暮れの最後の光。眩しい夕日が目に刺さる。後ろには紺色の空が迫っていた。

「帰ろっか」

 立ち上がった汐が座り込んだ俺に手を伸ばす。差し出された手を無言で握った。

 少しひんやりとした手は柔らかくとても気持ちがよかった。その手を離すことなく、俺と汐は並んで帰った。


← 6/43 →

目次
Top