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◇
「もしこの瞬間に俺が死んだとしたらさ、そこに意味はあるのかな」
「ねぇよ」
「例えば俺が将来大量殺人犯になるとして、その時死んでなかったらたくさんの人が死ぬことになってたとか」
「B級すぎ」
自分が特別な存在とでも思っているのだろうか。とんだ自意識過剰な思い込みだ。
「俺が死んだら雪巳は生きていけないね」
ほがらかな声で笑いを含んで汐が言う。我慢できずに汐のいる辺りに足を放れば、小さく呻く声が聞こえた。ちらりと見れば、どうやら汐のあざだらけの腹にヒットしたみたいだ。
昼休みの屋上庭園は、今の時期芝生も青くてぽかぽかとと心地よい。俺は友達もいないから教室にいるより一人になれるところにいるほうが気が楽だった。それを思えば、同じく友達がいないのに毎日追い回されてリンチされてる汐はえらい人気者じゃないか。俺なんて一日でも学校に行かなかったら存在さえも忘れられてしまいそうな人間なのに。
「俺が死んでも意味なんてないよな」
もし未来の連続殺人犯だったとして? ポジティブにもほどがある。日常で起こるものごと全てに意味があるとは思えない。大半のものは無意味なはずだ。全ての事象が回りまわって因縁になったとしても、人間そのものに意味がなかったら因縁を繋ぐものが存在しないじゃないか。ましてや俺のような誰からもろくに認識されていないような男など…
「おばあちゃんが悲しむよ」
「ふーん」
いつか死ぬなら死んでみてもいいかもしれない。俺が周囲に与える影響なんて限りなく無に等しいんだろうから。もし死んで認識されるとするなら、そんなのまっぴらごめんだ。それなら生きてる間に俺の心を埋めてくれよって話。
俺が死んだことを知ったらどこかで母親は悲しむのかな。それとも俺が死んだら母親に会えるのかな。
もともと母子家庭だった俺に母親の記憶はほぼない。まだ小学校にも上がる前、ある日突然失踪したからだ。子どもを置いて、母はどこかへ消えてしまった。ひょっとしたら逃げたのかもしれない。死んだわけでもなさそうだし、きっと今もどこかで生きているのだろう。
もう顔すら思い出すことができない。かろうじて大きな手のひらの感触と、連れられて歩くときの歩幅の広さ、名前を呼ぶ声がうっすらと浮かぶくらいだ。
なんだか漠然と悲しくなってきた。
もっと愛されていたいのだ。それができないのなら、せめてもっとたくさんの人に囲まれていたい。そしたらこの寂しさだって埋められたんじゃないかと思う。
「汐は、悲しい?」
「そうだねぇ。俺の知らないところで死なれたら怒るかな」
嘘吐け。どうせへらへら笑うんだろ。
「でも俺の前で死ぬんだったらいいよ」
「キモ。じゃあ飛び降りてあげようか」
気持ちいい日向ぼっこから半身を起こす。部室棟の屋上は校舎に比べたらずいぶんと低い。ここから飛び降りても死ねないかもしれない。
ゆっくりと柵に向かえば、同じく体を起こした汐がにこにこと笑っていた。
「骨はもらうからね」
「お前に渡すか。全部ばあちゃんに拾ってもらうよ。お前に渡してもろくなことにならないだろ。どうするつもりだよ」
「うーんまずは砕いて粉にするかな。肉は腐るけど骨は残るから」
ほらみろ。
「そんで毎日ちょっとずつ食べるんだ。そしたら雪は一人じゃないよ」
俺のなかで生き続けるのです、なんて言うのか? カルトくせぇな、気持ち悪い。
汐に喰われた俺の骨が汐の体になっていく。確かに骨ってカルシウム摂取できそうだしな。
汐は本当に死んでからも俺のことをそんなにも思ってくれるのだろうか。かつて俺だった有機物がすべてなくなったとしても。
「人肉ってうまいと思う?」
「雪ちゃんスプラッタ苦手じゃん。急にどうしたの?」
「別に」
骨を喰うことが汐にとって俺への弔えなのか。後には何も残らないで、俺の存在した事実は記憶だけにとどまる。
「望みであれば、食べるけど」
「好きにすれば」
これが愛だと言う人はどれだけいるだろう。好きで人を喰う奴がいるか。喰うほうも喰われて満足するほうも、どうかしてる。俺と汐の関係は歪というか奇抜だな、と思う。
柵から身を乗り出せば校舎裏、体育館裏、渡り廊下、旧校舎の昇降口が見渡せた。汐が呼び出されて告白されたりフルボッコにされてる場所がよく見える。
そういやこないだ後輩に告白されてたな。そんで抱きしめてた。俺のことは一人にしておいて。ふざけんなよ。寂しい。
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