03 >> その色は綺麗で、 [5/6]
頂きますとは言った物の、私は握り飯に手をつける事が出来なかった。
素より人を信用しない性分に加え、自分の理解を超えた世界の中に居て呑気に飯なんぞ食える訳がない。
そんな事を知る由もない慶次はもぐもぐと幸せそうに握り飯を頬張っている。
余程好きなのだな、まつさんの料理が。
「如何した?食わねぇのかい?」
慶次は頻りに握り飯を勧めてくる。私は困惑した。
折角の親切を無碍にするのは気が引けるが、かと言って信用する気も起きない。何故相手は此方を信用出来るのだろう。
そうだ。私の推理が合っているのか確かめなければ。
「……ねぇ…名前…は…?」
名前を聞く事しか今の"予想"を"確信"に変える術はない。
「ん?あぁ、俺は前田慶次。コイツは夢吉だ」
キキーっと鳴く猿は、慶次の肩からひょこっと頭を覗かせた。
「夢吉…!」
その愛らしさに思わず破顔しそうになったが慌てて頬の筋肉を固めた。
嫌だ、人前で笑うなんて。慶次と名乗る男――いや、本物の前田慶次は私を不思議そうに眺めている。
「前田…慶次…」
「慶次って呼んでくれよな。何か堅苦しいの嫌だしさ」
「あぁ、うん」
私の推理は当たっていた、と考えるのか妥当だ。これ以上疑ったとしても目の前の現実が変わる事はないのだから。
此処は戦国の世。つまりいつ殺されるか分からない時代。
そんな時代の人が自分の存在を警戒しなかったのは、何か意味があるのだろうか。
それとも前田慶次だったから、だろうか。
何れにせよ、亜真も同じような状況に違いない。
そう思うと凄く心配になってきた。
亜真は何だかんだ言って危なっかしい面がある。
「無事だといいんだが…」
うっかり呟いてしまった私を、慶次は驚いた様に見つめた。
「…何でもない…」
私は慶次から目を逸らした。
「…名前、聞かせてくれるかい?」
それもそうだと思い、答えようと顔を上げた。
すると慶次と目が合う。その瞳には紛れもなく私の姿が映し出されていた。
プログラムされた動きを繰り返すゲームの世界の筈なのに、現実世界よりも、綺麗な瞳の中に私だけが映っている。自分の保身ばかり気に掛ける者を見てきたからか、それは余りにも新鮮過ぎて逆に恥ずかしくなった。
素直に名乗りたいと思った。
「…鵺宵」
でも思わず苗字を隠した。言いたくない。
しかし無駄な説明を省けたのだから結果オーライだとは思う。
「鵺宵ちゃん、か。可愛い名前だな」
慶次は笑顔で感想を述べた。感謝の念を述べようとすると、視界が白一色になった。
「!?」
「ほら、食いなって」
よく見ると慶次が私の眼前まで握り飯を差し出してきていた。
「……」
私は静かにそれを受け取った。
少し躊躇ったが、腹の音が鳴りそうだったのだから仕方ない。
ご飯の良い匂いがする。私はそれをぱくっと一口かじった。
「美味しい…!」
「だろ?さっすがまつ姉ちゃんだよなあ」
空言ではない。思わず呟いてしまう程美味しいのだ。
メイドの作る料理とは断然違う。
同じような米だと言うのに。
愛情が調味料と言うのは、強ち嘘ではないのかもしれない。
「まるで、亜真の作った料理みたいだ」
「亜真…?」
「あ、友人の名だ。気にしないでくれ」
それ以上聞かれても説明し切れない。私は食べる事に専念した。
それにしても亜真の料理か、もう一度食べたいものだな。