04 >> 何が正しくて、 [5/6]
暫く慶次の馬に揺られた所為か、最初は酔いそうだった乗馬の揺れにもすっかり慣れてしまった。鬣が風に靡いて、手に触れる。手入れされているのだろう、凄く気持ちが良い。左腕の中には夢吉が居て、撫で回したい衝動を抑えるのに必死だった。
「鵺宵ちゃん」
後ろ、正確に言うと上から降ってきた声に、手綱を持つ慶次の手を握り締める事で応えた。大声を出しても聞こえないだろうし、そうまでして会話をしたいとも思わない。もしザビーに会えるのであれば、慶次と執拗に仲良くする必要はないのだ。
嘘さえ、突き通せれば。
嗚呼、嫌だ。胸が疼く。
腕の中の夢吉がキ、と寂しげに鳴いた。
「着いたよ、加賀に」
にこり。慶次が笑ったのが、吐息の感覚と声の弾みで分かった。彼は私の心情に気付いていないようだ。慶次が鈍感というより、私が隠し上手なのだろう。亜真ですら私の小さな感情の揺れには気付かない程だ。いや、実は気付いていて、敢えて何も言って来ないのかもしれないが。
それでも彼の声にこれ以上無言で返すのは無礼だろう。今度はちゃんと応えようと後ろを振り返った。想像以上の笑みを浮かべた彼の表情が目に入る。
「ここが、慶次の住む場所か?」
「そうだよ」
そっと辺りを見回す。自然に囲まれて空気が美味しい。私が生きてきたビルだらけの町とは大違いである。何だか気持ちが高ぶってきて、思わず馬から飛び降りた。危ない、という制止の声なんて耳に入らない。夢吉が甲高く鳴いた。
幸い、下の草が良きクッションとなってくれて、捻挫をする事もなく、無傷で降り立つ事が出来た。慶次も慌てて馬から降り、私の傍らに立つ。
「び、吃驚したよ、そんな華奢な女の子が馬から飛び降りるって…怪我はないかい?」
「心配には及ばない。私が怪我した所で――」
そこまで言い掛けて、止めた。慶次の眼はやはりまっすぐに私を見据えていて、どうしても嫌いになれない。
「…心配、ありがとう」
滅多に使わない感謝の言葉をそっと口にしてみる。そうすれば、嬉しそうに笑われた。恥ずかしくなってそっと目を伏せる。
嗚呼、今度、もし元の世界に戻れたならば、メイド達にも言ってやろう。そしたら少しくらいは、笑い掛けてくれるだろうか。
「じゃあ、俺んちまで歩くかい?」
「えっ、あ…」
加賀に着いたとはいえ、まだ慶次の家に着いた訳ではない。それなのに勝手に降りてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「申し訳な、」
「おおっと、謝らないでくれよ」
頭を下げ掛けたのを止められ、訝しげにそっと頭を上げれば、にこりと笑う慶次が居て。
「ずっと馬の上は辛いから仕方ないさ。俺だってたまには歩かなきゃいけないし」
慶次は馬の手綱を持ったかと思えば、反対の手でそっと、私の手を引いた。あっと声を上げる間もなく、そのまま歩き出す。夢吉が私の肩に飛び移って、優しげに鳴いた。
私は戸惑いながらも、初めて感じる温もりに引かれて歩いた。