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掴みかけた手
>> 桜咲く日向にて  [1/4]

「ここは、良い眺めだな」


ひゅう、と心地良い風が肌を撫ぜた。まだ少し肌寒く、身体の芯が冷える。だが、頭上から舞い散る花びらが綺麗で、どうにもここで食べる団子が美味いのだ。
木にもたれ、先程街で買った団子を頬張る。桜の花びらを入れたというその菓子は、甘く、某の好みにぴったり合っていた。


「……真田さん?」


幸せな心地に浸っていると、近くの木から聞き慣れない声がした。
慌てて団子を飲み込んでその方を向いて見ると、見慣れない人がこちらを見ている。


「お……女子!?」
「あっあの、怪しい者じゃないんです。真田さんを見かけたので、つい声を掛けてしまって……」


両手をぶんぶんと振って恥ずかしそうに否定するのは、さらさらとした髪の長い女子だった。頭の高い所で結っているが、座れば地面に付きそうなくらいある。団子のように結えば、髪が邪魔でなくていいのでは、とさえ思う。


「申し遅れました、私、ひよりと申します」


ひより……聞いた事のある名前だ。しかしそれがどこで聞いた名だったか、さっぱり思い出せない。
流石にそんな失礼な事を言う訳にも行かず、某は団子へと目を向けた。そこでふと、脳が騒ぎ立てる。記憶の波がざぶんと波打ち、某は勢いよく顔を上げてひよりの方を見た。


「ま、まさか、あの甘味屋の……ひより殿でござるか!?」
「そうです!」


ひよりは嬉しそうに顔を綻ばせた。
某の馴染みである甘味屋の一人娘。直接会ったことはないが、甘味屋の主人がよく話していた。どのような子かと聞けば、主人は躊躇いなく話して聞かせてくれる。
読書が好きで、よく木陰で本を読んでいる事や素直でよく気が利く事、そして、先天性の病のせいで、いつ死ぬか分からぬという事も。


「父上が何を申したか存じませんが、私は元気ですよ?」


某の心を読んだかの様な発言に少し驚いた。彼女は超能力でも使えるのだろうか。
真っ直ぐな瞳は、某を柔らかく見据えている。その視線に緊張して、某は目を逸らして尋ねた。


「いつもここで本を読んでいるのでござるか?」
「はい。ここが一番、街の様子が見えるし、何より居心地が良いんです」


ひよりは静かに息を吸い、再び顔を綻ばせる。


「空気も美味しいですし」


風が彼女の髪を攫って、某の肌に触れさせる。くすぐったいような、妙な気持ちが心中に渦巻いて、少し首を傾げた。


「あっ団子が売り切れたわ」
「団子っ!……って、え、ひより殿、ここから見えるのでござるか!?」


ひより殿はかなり離れた位置にある甘味屋を見ていた。ここからあの甘味屋を見るのはかなり至難の業だ。


「はい。私、視力だけは良いんです」


柔らかい笑みを浮かべるひよりに、不覚にも見とれてしまった。


「……真田さん」
「何でござるか?」


団子を食べ終わり、佐助に怒られる前に帰ろうとした某をひよりは寂しそうな目で見てきた。


「また……来て下さいね。待ってますから」


どこへ、とは聞かなかった。例え言われなくても、某は訪れるつもりだったのだから。
小さく笑みを携え、頷いてその場を離れた。

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