その前に
>> あなたのなまえをきかせておくれ [1/6]
「ひより」
愛しい声が私の名を呼ぶ。
「何ですか?」
精一杯の明るい声で返す。
「悪いな…看病して貰っちまって」
私の愛しの慶次さんは、昨日から風邪で寝込んでいる。
「いいですよ。慶次さんの看病なんて苦じゃないですし」
放浪癖のある慶次さんと一緒に居る事は中々難しい。看病する事で一緒に居られるなら最高だ。
それに──
「命の恩人ですから」
祭りの最中だった。
「────」
父上の一言、そこから私の人生は、完全に変わった。
思い出したくない程の言葉。
「父上…?母上…?」
途中から降った雨で中止になった祭りの後始末の中、私は走り回っていた。
「やだ…何処なの…?」
無我夢中で、
「ねぇ…父上…母上…ッ」
事実を認めたくなくて、
「嫌だよ…何処に居るの…?」
ただ走り回った。
ベチャッ
「きゃあッ!」
雨の所為で滑って転けてしまった。服が余計びしょびしょになる。
「…父上…母上…」
そうだ、私は"捨てられた"んだ。
"何の価値も無いお前など、用済みだ"
父の言葉と共に。
「いやぁぁぁああああ!!!」
涙が溢れて止まらない。
周りはそんな私を、邪魔臭そうに避けて歩く。
そんな時だった。
「アンタ、何やってんだ。風邪引くだろ!」
見知らぬ男の人が傘をさしてくれた。
頭の上で結っている長い髪が、私の目の前で、風によってさらさらと揺れている。
「…父上を…知りませんか…?」
口から自然に、弱々しい声が零れ落ちる。
「え…?」
さぁー…
静かな雨の音の中でもはっきり聞こえるように、私は声を張り上げた。
「っ…私をっ…唯一必要としてくれたっ…私のっ…唯一の居場所だったっ…私の両親をっ…知りませんかっ!?」
声が震えてるのが解った。彼が少し哀れんだ表情になる。
その表情に余計涙が零れ落ちる。
「…俺、前田慶次って言うんだ」
「け…いじ…?」
私は聞き返した。彼は笑顔で頷いた。
「慶次って呼んでくれていいよ。だから、アンタの名前も教えてくれないか?」
この時、自分がどんな表情をしたのか、全く覚えていない。
「名前…?それって…必要ですか…?」
慶次さんの顔から、笑顔が一瞬で消えた事が、何故かとても悲しくて。身体中の水分を使い切ったかと思う程、私は泣き続けた。