その前に
>> どうかそれはわすれておくれ [2/6]
「落ち着いたか?」
慶次さんは、私を家に連れて帰ってくれて、布団に入れてくれた。
「はい。ありがとうございます…」
私は憔悴仕切った顔で返事をした。慶次さんの顔が近付いてくる。
「?」
コツンッ
「っ!?」
慶次さんの顔が離れてから、やっと気付いた。
お互いのおでこが、コツンッと音を立てて触れ合ったのだ、と。
まだこの頃の私は、この程度で顔を赤らめる事は無かった。そんな意識どころか、人との触れ合いに温もりを感じたのが、初めてだったからだ。
「雨の中に居たからか…少し熱が出てる」
慶次さんは私に冷たいタオルを乗せた。
「冷たっ」
「わりぃ。ちょっと我慢しろよ?」
私はコクンと頷いた。
暫くの沈黙。
「ところでよ…」
慶次さんは重々しく口を開いた。
「アンタ…名前無いのか…?」
私はその言葉に、僅かに驚いた。
「私が持っているのは、名前じゃないんです。名前なんて、皆持っている物なんですか?」
慶次さんの表情が驚きと哀れみを含んだ顔になる。
「名前じゃないなら…何を持っているんだ?」
「39。"ミク"と呼ばれていました。これは私の"番号"です」
慶次さんは私をじっと見ている。
そんな泣きそうな顔で見ないでよ…。
「…俺がアンタに名前を付けてやる」
「名前…?」
「だから…その"番号"は忘れねぇか?」
微笑みを浮かべて言う慶次さんに、私は戸惑いながら、コクンと頷いた。