「…ふむ、そろそろか」
居室で執務をしていた官兵衛は、遠くから聞こえる『飯だー!!』という正則達の声に大きく溜め息を吐きつつ筆を置く。ねねが官兵衛にも弁当を作るようになったのだ。理由は、単にねねが官兵衛にお腹いっぱいご飯を食べさせてやりたいから、らしい。彼専用の赤い弁当箱に詰め込まれた飯やおかずの量は、少食気味の官兵衛にはきついようだったが、しかし彼は毎回残さず平らげていた。
「お待たせしました、官兵衛殿!」
「それ程待ってはおらん」
「ふふ、そうですか」
程なくして、とたとたとやってきた紫苑が、笑顔でご飯ですよ、と官兵衛の部屋に入ってきた。赤い弁当箱を届けるのは、官兵衛と特に親しい紫苑の仕事になっている。官兵衛は冷たく突っぱねる割に、机や書物、書状を片付けており、食事がしやすいようにしていた。いつものことなので微笑で流し、官兵衛の正面に座った紫苑は、少しだけ躊躇った後、弁当を官兵衛に手渡す。
「……はい、官兵衛殿」
「では、頂くとしよう」
「どうぞ!」
「……紫苑殿は食べぬのか」
「私は良いですから、お先に食べてみて下さい!」
何やら様子のおかしい紫苑に促され、官兵衛が弁当箱の蓋をぱかりと開けると、箱の中にも少しばかりであるが違和を感じた。いつもはおかずがみっちりと溢れんばかりに詰め込んであるというのに、今日の弁当は余裕を持たせられるくらいに量を控えてあるようだ。見る限り官兵衛に丁度良い量のようで、これならば無理なく完食出来よう、とまずは芋の煮物を口に運ぶ。
「……うむ」
「ど、如何しました?」
「いや……いつもより、薄味だと思ってな」
若い子飼いの将らの好みに合わせてか、いつもの味付けは少々塩気が強い。控えめな方が素材の味も活きていて美味しく感じる官兵衛としては、今日の方がより好みだ。官兵衛がもそもそと咀嚼しながら紫苑を見やると、何故か彼女はおろおろと慌てていた。
「紫苑殿の方こそ、如何したのだ」
「え、や、あの……もしかして、美味しくなかったですか?」
「……そうではない。常よりかは幾分、好ましい味付けだ」
紫苑が何故にそこまで味を気にするのか推し量れなかったが、取り敢えず正直な感想を述べる。すると、紫苑は途端にぱぁ、と表情を明るくさせた。
「良かった……!」
「何がだ」
「実は……今日のお弁当、ねね母様にお願いして、私が作ってみたんです」
「!」
予想しなかった答えに、官兵衛は紫苑と手元の弁当を交互に見つめた。道理でそわそわと落ち着きがなかったのか、と合点がいくと同時に、ねねにも負けず劣らずな料理の腕に感心する。……しかし、何故このような事を、と疑問の視線を向けると、紫苑は僅かに目を伏せて話し始める。
「……官兵衛殿のお母様のお話を、秀吉父様に聞きました」
「そうか」
「私も、幼い頃におっ母を亡くしたから、お袋の味って分からないんです」
「……そうか」
「でも、村のおばさん達や、ねね母様がご飯を作ってくれました。私の『お袋の味』は沢山あるんです」
本当の『お袋の味』では無いかもしれない。けれど、食べてくれる相手を思いやる温かさに満ちたご飯は、まさしく『お袋の味』だと、紫苑は思うのだ。
「だから、ねね母様には適わないですけど……官兵衛殿の『お袋の味』の一つになれたらなぁって」
「……そうか」
「気に入ってもらえたら嬉しいです」
無理せず食べて下さいね、とにこにこ笑う紫苑から視線を逸らし、弁当箱に目を落とす。じんわりと滲む温かな何かが胸に宿った気がして、官兵衛はどう対処したものか、と箸を進めながらも内心途方に暮れていたのだった。
人の温かさに改めて触れてしまって
下らぬと、一蹴すべきものであるのに
―――――――――
今更感甚だしいクロニクルイベントネタでした。
書きたかったので満足。
泣きまくったという幼少期官兵衛殿が愛しくてなりません。
過去捏造せずとも本家がやってくれたので嬉しい限りですうふふ!
title thanks:泣き虫ヒーロー
2012/02/04
天倉
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