君と見るこの空は特別で
納涼と称して、秀吉様が蛍狩りをするとお決めになった。風流な宴を催すのは良いが、しかし雅を解さぬ者共を招くのは如何なものか。若い衆と共に過ごしたいのならば、身内だけで楽しめば良い。……と、今回も辞退しようとしたのだが。



「官兵衛殿は蛍がお嫌いですか?」

「……いや、嫌いでは、無いが」

「じゃあ、是非!」



秀吉様が紫苑殿をを寄越したのは、私が彼女の頼みを断りにくいと知ってのことであろう。半兵衛も知らぬ顔で加担している筈だ。悪い軍師の悪辣な策と知りつつ、それに乗るしかないのは少々歯痒いものがある。



「今夜、楽しみにしていますね」



……しかし、純粋過ぎる程の紫苑殿に、全く悪意は無いのだから更に性質が悪いといえる。溜め息を堪え、了承の返事をした。



――日も暮れ、黄昏時。
秀吉様と奥方、子飼いの将らと半兵衛、私と紫苑殿がぞろぞろ目的地へと赴く。例の如く騒ぎを起こす三人に辟易して、少し距離を置くと。



「官兵衛殿?一人で帰るなんて野暮なことはしないよね?」

「……可能であるなら行動に移したいところだが」

「紫苑殿が寂しがるよ?」

「……半兵衛」

「あはは、呼んできてあげる」



睨みをきかせても、にんまりと愉しげな笑みで躱された。おうい、と前方にいた彼女を手招きする。



「どうかなさいましたか、半兵衛殿」

「官兵衛殿がね、たっくさん蛍がいる場所を知ってるんだって!」

「本当ですか!」



知る訳がなかろう、と返す前に、半兵衛に脇腹を小突かれて息がぐっと詰まる。何のつもりだ、とぼそり呟きで問えば。



(もうちょっと先の脇道に入った木立の奥に、良いところがあるから、ね!)

(ね、では無い。私にどうしろと)

(察しが悪いなぁ、それでも軍師なの?)

(……これは軍略の内に入るのか)

「あの……お二人とも、如何いたしました?」

「ごめんねぇ、俺も行きたかったんだけど、官兵衛殿が君と二人だけで行きたいって言うから」

「おい、はんべ」

「じゃっ、秀吉様達には俺が上手く言い訳しといてあげるから!」



ごく稀に、具合が悪そうに青ざめた顔をする者とは思えぬ程、軽やかに走り去っていった半兵衛に、呆れの声も出なかった。その妙な努力を、常日頃から発揮してもらいたいと強く思う。



「官兵衛殿……?」

「行くぞ。此方だ」

「はい!」



指示された通りの道を、多少の怒りに任せてずんずん進んでいく。しかし、歩みが早かった所為か、慌てた紫苑殿が転びかけた所を、どうにか支えた。



「す、すみません、官兵衛殿」

「いや、謝るのは私だ。……少し道が悪い。手を引いてやろう」

「あ……はい」



怖ず怖ずと差し出された紫苑殿の小さな手をやんわりと握り、先程よりはゆっくり歩く事を心がけた。そのまま暫く進み、木々の間を抜けると、眼前に広がったのは。



「わぁ……!」

「ほぉ……これは、」



秀吉様が目的地にしていた川の支流に沿って、蛍の微かな光の群れが、明滅を繰り返しながら舞っていた。幻想的な風景に、私も紫苑殿も思わず感嘆の溜め息が零れる。



「凄いです、官兵衛殿!こんなに沢山の蛍を見たのは初めてです」

「そうか。……それならば良かった」



かく言う私もそうなのだが、半兵衛の策に乗ってやる事にした。自らひけらかす事も無いであろう。辺りを飛び回る蛍に瞳を輝かせながら、紫苑殿は私を見上げた。



「官兵衛殿、蛍を詠んだ歌って何かありますか?」

「蛍、か。そうだな、何首かあるが……」



教えて下さいな、と納涼に来ているにも関わらず、勉強熱心な紫苑殿に内心苦笑しつつ、空を見上げながらぽつぽつ口にした。




――夕されば蛍よりけに燃ゆれども
ひかり見ねばや人のつれなき――



「……紀友則のものだ」

「あ、梅の花の方ですね」



ぱっと紫苑殿の表情が明るくなる。そのような事もしたな、と軽く返事をしたが、内心少々気恥ずかしいものがあった。咳払いして、紫苑殿を見やる。



「蛍を題材にしている歌の方が良かっただろうか」

「いいえ。この歌も充分素敵です。でも……」

「でも?」

「少し、官兵衛殿みたいな歌ですね」



彼女の得意とする唐突な発言に、私は思わず紫苑殿を凝視してしまった。この歌は、友則が女性の目線で歌ったとされるものである。つまりは、私が女々しいとでも言うのだろうか。無言で彼女を見つめていると、不意に蛍が一匹、紫苑殿の掌に静かに止まった。



「官兵衛殿の優しさも、光を出す事は無いですから、人には見えにくいんです」

「……優しさなど、元より持ち合わせてはおらぬ」

「ふふ、そうですか」



微笑を湛えて、紫苑殿は掌中の蛍を優しく放った。光りながら、緩やかに空へと飛んでいく蛍を共に見上げながら、心中で呟く。



(燃えあがる程の火種など、伝わらずとも良い)



消さねばならぬ。そう思ったが、容易には消えてくれそうにないようだった。





君と見るこの空は特別で

忘れまいと、思う己が確かにいる








―――――――――

夏拍手用に書いた以下略その三。
ちょっとオチが不完全燃焼。

ちなみに歌の訳は『夕方になると、私の思いは蛍よりひどく燃えるけれども、蛍と違って光は見えないので、恋人は冷淡な態度をとるのだろうか』だそうです。

……もう少し違う使い方すれば良かったかなぁ、なんて。


title thanks:泣き虫ヒーロー

2011/10/07
天倉
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慎ましき泡沫