13:過保護

「トド松〜どしたの〜」
『姉さん!今どこにいるの!?』
「今〜?えっとねー……どこだろーここ」
『なんでわかんないの!?』
「このへんよく知らないんだよねー」
『2つ先の駅だからね!何か見えるものある?』
「家ー。めっちゃ住宅街」
『……方角は合ってるんだよね?』
「たぶん!」
『もー!迎え行くから駅まで戻って!』
「いーよお、二駅くらい歩いて帰れるからあ」
『いいから!!駅に戻っててよ!僕らも今向かうから!』
「こなくていーいー!」
『戻れっつってんのこの酔っぱらい!』
「やーだー!かえれるー!」
『っだー!もういい!勝手にしろバカ!!』

切れちゃった。えー、寂しいから電話はしててほしかったんだけどなあ。しょうがないじゃんね、終電なくなっちゃったんだから。タクシー使うのもったいないし。それに酔った時の夜風って気持ちいいんだよね。涼しくて。酔いが少し覚める。でも喉乾いたなあ。どっかでコンビニあったらアイス買いたいなあ。
スマホの地図に目を落とすと、自宅までの道のりの十分の一くらい進んでいた。今のの十倍かあ。そこそこあるなあ。まあでもタクシー使う距離ではないよね。トド松もへんなところ過保護だよなあ。飲みに行くたんびに帰ってくるの?電車あるの?いまどこなの?ってさ。私もいい大人なんだからほっといてもらって平気なのに。
それからしばーらく歩いて、そろそろ半分くらいいったかな、ってところでちょっと足が痛くなってきた。どっかで休憩できるところあるかな……。あ。近くに公園がある。しかもコンビニも隣にある。アイス買ってここでちょっと休んでこ。

「ありがとうございましたー」

アイスゲット〜。飲んだあとのアイスって美味しいんだよね〜!公園のベンチでたーべよ!
るんるん気分で公園まで行って、ベンチに座ってアイスの袋を開けた。いただきまーす!……ん〜つめたくておいしいい〜染み渡る〜!

「お姉さん、こんな夜中に何やっているんですか」

低い声がして、ひやっと身体中の体温が下がった。反射的に声のした方を向くと、警察の制服を来た男の人が二人立っていた。よかった、警察の方か。変な人だったらどうしようかと思った。安心感から、口元がゆるんだ。

「えへ〜、帰る途中ちょっと疲れちゃったから休んでるんです〜」
「本当かなあ?怪しいなあ、ちょっと署までご同行願えますか」
「えー、本当に帰り道の途中ですよ〜」
「皆そう言うからね。さあ、来てもらおうか」
「A班、C班。容疑者と思われる人物を確保した。これから連行する」
『了解。では例の場所で落ち合おう』
「あれ?ちょ、待っ……」
「はい、午前1時44分、被疑者確保」

がちゃん、と左手にかけられたのはドラマでしか見たことのない手錠。さすがにさあっと血の気が引いて、一気に酔いが覚めた。

「いくら何でもやりすぎじゃないですか……!?」
「いいんだよ、これくらいやって。終電逃して家族の心配も省みずに夜中にほっつき歩くようなバカにはね」
「え……?え???あれ!?チョロ松!?と、一松!!」

なんと警察官だと思っていたのは紛れもない私の弟たちだった!何でわざわざそんな格好を……!?左手にかけられた手錠の、もうかたっぽの輪っかを持った一松が、分かりやすくため息を吐いてみせた。

「ほんと、手間かけさせないで。帰るよ」
「あ……い、った!」

手錠を引っ張られて、前のめりに倒れそうになったところでかかとに激痛が走った。拍子でアイスも落とした。うわ、うわ。これ多分思いっきり靴擦れした。チョロ松がいぶかしげな表情でこちらを睨む。ううう……こわいい……なんでこんな怒ってるの。私節約しただけなのに。痛いし、こわいし、意味わかんない。

「……うわ、すごい靴擦れしてる」
「そんな靴で歩くからだよ……」
「さっきまで平気だったし」
「はあ……もういいから、乗って」
「え」
「一松、コンビニで絆創膏買ってきて」
「あいよ」
「チョロ松、何もそこまでしなくていいよ!一人で歩けるから……」
「いいからさっさと乗れっつってんの!これ以上変な手間かけさせないでくれる!?」
「!……ご、ごめん」

弟といえどチョロ松に凄まれるととても怖い。一松の方がよかったな。あの子はこういうことで怒ったりしないから。じくじくと痛む足を引きずって、チョロ松の背中に覆い被さる。立ち上がる瞬間ちょっとふらついてたけど、それ以降はとても安定していた。

「皆怒ってる?」
「ああ、怒ってるね。特にトド松にはちゃんと謝った方がいいよ。あいつしか連絡手段がないから、夜ずーっとそわそわしてたよあいつ」
「そうなんだ……」
「なまえのその酒癖何とかならないの?」
「チョロ松に言われたくない」
「落とすぞこら」
「弟がこわいよー。一松のがよかったよー」
「何だよそれ……人がどんな思いで探してたか知りもしないくせに」
「ええ?どゆこと?」
「知らない。自分で考えれば」

あらら、拗ねちゃった。チョロ松は案外本心を口にしてくれないから頭のなかが分かりにくいんだよなあ。

「私別に一人で帰れるよ」
「今おんぶされてるの分かってて言ってる!?」
「それはまあ……もし一人だったら自分でコンビニ行って絆創膏買うなりしてたよ」
「はあ……何それ。僕らは来なきゃよかったってこと?」
「そこまでは言わないけど……皆に来てもらわなくても最悪は一人で何とかしたと思うよ。第一皆よりお姉ちゃんだし。こういうの、一人暮らしの時も何度もやってるし」
「だからそういうのやめてもらえる!?自分の立場を考えてよ!」
「立場って何?社会人だよ、大人だよ。自分のことは自分で始末つけるよ」
「そうじゃなくて……!なまえ は女の子でしょ!」

え。うそ。そういうこと?この不始末に対して怒られてたわけじゃないの?

「もしかして、純粋に心配してくれてた……?」
「当たり前でしょ。兄弟なんだから」
「でも六つ子のだれかが帰ってこなくても皆心配しないじゃない」
「そりゃ野郎とは違うでしょ!女の子がこんな夜中に一人でほっつき歩いて、何かあってからじゃ遅いんだから!」
「何、喧嘩してるの」
「ああ一松、ありがと。いやだってなまえがさ、危機感ないからさ!」
「……なさい」
「「あ?」」
「心配かけてごめんなさい」
「……まあ、分かればいいけど。今度から気を付けてよ」
「せめて駅で待ってて。俺ら迎えに行くから」
「ん……分かった」

それから、ちょっと行った先の駐車場にうちの車が止まっていて、チョロ松と一松以外の弟たちはすでに車のなかにいた。ついてからまたトド松に靴擦れしたことと駅で待っていなかったことについて怒られたけど、何だかそれも嬉しかった。今度からは、素直に駅で待ってるようにしよう。