12:安息

午前3時。ものすごく微妙な時間にトイレで目が覚めた。1階のトイレで用を済ませて、これで何の憂いもなく寝られると思って顔をあげると、廊下の先から光が漏れているのに気づいた。日光にはまだ早い。居間の電気がついているみたいだ。チッ、誰だよ、つけっぱなしにしたの……また長男か?戻るついでに電気を消しておこうと居間に向かうと、予想外の背中が目に入った。

「え、なまえ?」
「……一松?」

ちゃぶ台の前にはなまえ姉さんが座っていた。眠いのか、いつもより覇気がない。

「寝ないの?」
「寝れないの。開き直ってテレビ見ようと思ったんだけど、この時間って何もやってないんだね」
「ああ……たしかに丁度何もやってない時間だね」
「一松は?」
「俺はトイレで起きた」
「そっか」

も、戻りにくい……普通にテレビ見ててくれればよかったのに、砂嵐の時間じゃなまえ姉さんも暇だろうし……。ホットミルクでも飲んだら?とか何か具体的なアドバイスが必要だろうか……いやそんなの大きなお世話でしょそのぐらい姉さんだって知ってるでしょ。え、どうしようここで僕だけ寝るのも何だか申し訳ない気がする……。

「ね、一松」
「えっ、な、何……?」
「ちょっとだけ、時間くれない?」
「べつにいいけど……何?」
「こっちきて」
「うん……」

言われるがまま、姉さんの隣に座る。時計の秒針がやけに大きく聞こえた。姉さんは、僕の右手に両手を伸ばし、そのまま掴んで引き寄せた。あ、れ。うわ、これ、前にもあった。なんて思ってたら、姉さんの頭の上に誘導された。え……?な、なにこれ……?なんて思ってるうちに、姉さんの頭がぐりぐりと手のひらに擦り付けられて全身が跳ねた。な……撫でている……のか……僕が、姉さんを……?
意を決して、頭に沿って手のひらを移動させる。姉さんはとたんに動きをやめて静かになった(まあもともと喋ってはいないんだけど)。な、なんだこれ……かわいい……。何か、猫みたい……。髪の上を指が滑るたびに、いいにおいが香る。うわ、なにこれ。姉さんで酔いそう。

「一松、ありがと」
「もういいの?」
「……もっといいの?」

はあああああ?何それずるくない??うちの姉さんかわいすぎるんですけど???本当やめてくんないかな、いろいろ止まんなくなるわ!

「え、えっと……まあ、俺はいいけど」
「ありがと……じゃ、ちょっとだけ……」
「〜〜〜っ!?」

今の流れで何で抱きつくかなあ……!?うわ、これ、やば。これまで何度か抱きつかれたことあったけど、寝間着はなかったし密着度が全然違う。胸が……!僕の知ってる胸の感触じゃない……!これ、まさか、ノーブラ……やややややばい、まって、こんな柔らかいものなの!?ていうかあっつ!全身あたってるし!全身めちゃくちゃあつい!

「一松」
「な、なに!?」
「時々こうしてもらってもいい?」
「え……」

なまえ姉さんは強くて、明るくて、いつだって僕らの先を歩いている。僕らの手の届かないところにいる。そう思っていた。でも、今の姉さんは、弱々しくて、なんか、壊れそう。もしかしたら。姉さんはそんなに強い人じゃないのかもしれない。もしかしたら、僕でも、姉さんの助けになることが出来るのかもしれない。

「うん……いいよ」
「ありがと……ほんとに、ありがと」

(本当はカラ松がやりたかった役目。でも多分カラ松が来てもこうはならなかった)