コンクリートで出来た部屋は薄汚れており、誰が見たって不衛生だ。少しでも風が吹けば砂埃が舞い、隅には蜘蛛が住処を作っている。正体不明の液体が染み込んだ床は、到底人が住めるような――人が存在するような場所では無かった。
ボロボロに汚れた服とも呼べない布を身にまとった少年は、けほ、と咳を零してそこにいた。
扉などは存在せず、廊下と部屋を区切るのは丈夫な鉄格子だった。
(なんてわかりやすいろうやなんだろう)
外から中を監視出来るということは、中から外を観察することが出来るということ。
少年は虚ろな目をしたまま冷たい床に座り膝を抱える。外から立派な服を着た大人が数人、子どもが変な気を起こさないように見張っていた。
部屋の中には幼い子どもが数人閉じ込められている。たまに誰かが呼ばれて、そして体をボロボロにして帰ってくる。次は自分の番かもしれないと怯えながら過ごすのはとっくの昔にやめていた。恐怖心が麻痺してしまっていた。
大人たちは、子どもの事を名前で呼ばない。いつもおい、だとか。お前、だとか。そう呼ぶので、少年は自分の名前がわからなくなっていた。
外にいる大人が少年を呼んだ。大人しく立ち上がって鉄格子に近付けば、ガシャン、と大きな音をたてて開く。急かすように腕を引っ張られて、ほつれそうになる足を必死に動かして転ばないように気を付けなければならない。
転んだってここの大人は立ち止まってはくれないのだ。
転んだってここの大人は引きずって行くだけなのだ。
逃げないように痛いぐらいの力で捕まれた腕は、離される頃には皮膚が赤くなっている。いつもの事だった。
少年のいる部屋の子どもたちは、抵抗なんてしないのに、どうしていつも力いっぱい捕まえてくるのか、少年には理解できなかった。
ぱちり。勢いよく持ち上がった瞼は、目の前に天井を映し出していた。呼吸が浅く、いつもより回数が多い。じわりと全身に滲んだ汗が不快だった。
加賀美は自身のベッドの上で目を覚ました。姿勢よく天井を見つめたまま暫く動けずにいた加賀美は、数十分経ってようやく起き上がることが出来た。
隙間なく閉められたカーテンの向こう側はまだ暗い。太陽が登れば、いくら隙間なく閉め切っているとはいえ微かな隙間から光が溢れ出る。
汗で張り付いた前髪を掻きあげて、一度肺に溜まった息を全て吐き出した。
(夢…………)
体は起こしたものの立ち上がる気力は無い。二度寝が出来るほどの精神的余裕も無かった。
ベッドの縁に腰掛けた加賀美は、ぼうっと部屋の中を見つめる。自分で揃えた家具で整えられた部屋は、見慣れているが光源がないせいで少し不気味にも思えた。あまりにも部屋の中に生命を感じない。
今は何時だろうか。
時間を確認するためにスマホに手を伸ばすことすら億劫で、加賀美は座ったままずっと動けない。
加賀美の部屋に時計は存在しない。なぜだか秒針の音が落ち着かなくて、一度置いたことはあったがすぐに剣持へと譲った過去がある。電子時計も考えはしたが、そもそもスマホ一つで事足りることに気が付いて購入はやめておいた。
コンコン。控えめなノックの音がする。こんな時間に誰なのか。確か最後に時間を見た時は二十三時を回っていたし、そこから眠りについているのだから確実に日は跨いでいるだろう。
加賀美は返事をしようとして、喉が張り付いて声が出ないことに気がついた。
(情けない。たかが夢ひとつで)
かといって、わざわざ出迎える気力があるわけでもない。いっそのこと寝たフリでもしてやり過ごしてしまえばいいだろう。普段ならしない行動も、やはり夢のせいで自ら選んでいる。
反応しないことを決めた加賀美だが、ノックの主はそうはいかないようだった。返事をしなかったにも関わらずドアノブが回される音がする。相変わらず光はなくてそこを見ることは出来ないが、静かな部屋では少しの音でさえよく響きた。
「加賀美さん、おはようございます」
ドアの隙間からひょっこりと顔を覗かせたのは、普段ならば確実に眠りについているであろう剣持だった。変わらず反応のない加賀美を無視して部屋の中に足を踏み入れる。
「どうぞ、水です。未開封のまま持ってきました」
手渡されるペットボトルは、いつもネットでまとめて購入して誰が飲んでもいいように置かれている水だった。
ありがたく受け取って、キャップをひねる。繋がっているプラスチックが離れる音を聞いて、口をつけた。自覚していなかったが、相当喉が渇いていたらしい。寝汗をかいていたのだから当たり前ではあるが、加賀美にはそれを自覚できるほど余裕がなかった。
「……ありがとうございます。今、何時ですか」
半分ほど水を煽った加賀美は問いかけた。水分で喉を潤わせたというのに、その声は掠れており、少しでも雑音の混ざった場所では掻き消されていただろう。
「三時半ぐらいだよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「寝れる?」
「おそらく」
蓋の閉めたペットボトルをサイドテーブルの上へ置く。目がだんだんと暗闇に慣れたおかげで部屋の中をしっかりと確認することが出来る。
暗い色のスウェットを着た剣持は、加賀美の返答に「そうですか」とだけ答えた。
普段は割と規則正しい生活を送る剣持が、この時間に起きていることがあるということを、加賀美は知っていた。寝巻きに着替えてはいるが少し前まで外行きの服であったであろうことも、深夜に出かけて帰ってきてからシャワーを浴びていることも、知っている。知っているが、そのことを剣持本人に教えたことは無い。
なぜ剣持がこの時間に外へ出るのか。理由も加賀美はわかっていたが、あえて、知らないフリをしている。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
「明日は今のところなんの予定もないから、ゆっくりで大丈夫ですよ」
「……剣持さんは、学校に遅刻しないように」
「もちろん。僕を誰だと思ってるの」
ぱたん、と剣持が立ち去った後に閉められた扉。部屋に一人になった瞬間色を失ったように感じる。
そんなことは決してないはずで。剣持がいる時といない時で変わることなんて、なにひとつないわけで。
(…………ねむるか)
残った水を一気に煽って喉を潤わせる。柔らかいプラスチックを片手で簡単に握り潰して、小さなゴミ箱に投げ捨てた。カタンと音を立てて吸い込まれていく様は、見ていて気持ちがいい。
ほんの少しだけ気分が上向きになった加賀美は、二度寝のためにベッドに身を潜らせた。ゆっくりと深呼吸をして、目を閉じる。
目の前は真っ暗で、それが酷く落ち着いた。
季節は既に冬に突入していた。
この時期になれば太陽が顔を出すのはゆっくりで、朝日が昇るまでまだ時間はあるだろう。つい数十分前まで熱を持っていた布団の中は既に冷気に晒されてひんやりと冷たくなっている。じんわりと自身の熱が奪われていく感覚が、心地よかった。
自分に温もりがあるのだと、生きているのだと言われているようだった。
「おやすみなさい」
加賀美は誰に向けるでもない独り言を呟いて、そっと意識を沈めた。
風邪がぴゅーぴゅーと音を立てて吹いている。外から帰ってきた不破が「寒かったぁ〜」と呟きながらジャケットを脱いで、ハンガーに掛けることなくソファの背もたれに置く。そのまま座り込みそうになる不破に、加賀美は名前を呼んで引き止めた。
「先に手洗いをどうぞ」
「あ〜」
「お疲れのところ悪いんですが、うちには風邪にかかりやすい人がいるので……」
「もちさん……」
不破から口から出た名前の人物は、今ここにはいない。いたらきっと反論が返ってきたであろうことは簡単に予想ができた。
案の定というか、なんというか。普段より遅くに目が覚めた剣持が慌てて出ていったのは記憶に新しい。深夜の三時半に起きている人間が、早朝の五時にアラームを設定していたところで結果は考えなくてもわかるだろう。
「あれ、不破さんおかえりなさい」
「ただいまぁ」
上の住居から降りてきたのは甲斐田で、見るからにお疲れの不破のためすぐに簡易キッチンへと姿を消す。後ろ姿を目線で追って改めて不破へ目をやる。ソファの上でぐったりと疲れた様子の不破は、加賀美の言う通り手洗いには動いてくれないようだった。
夜の仕事から帰宅した不破は香水とアルコールの匂いが混ざっている。慣れればなんて事ないが、初めの頃は即風呂へ押し込むぐらい不快にさせる匂いだった。思い出して加賀美は、見られていないことをいいことに顔を顰めた。
「アニキお風呂入らないんですか? 匂いやばいですよ」
「うるさいぞ……」
「全然怖くないな…………」
中身はお茶だろうか。不破のためにテーブルに置かれた湯呑みからはホクホクと白い湯気が立っていた。
不破は体に力を込めて起き上がらせると、表面に熱を持った湯呑みを手にした。あつ、と零れた言葉は誰も拾わない。完全に無意識に呟かれた言葉に反応したところで、疑問が返ってくるのは目に見えている。冷ますように息を吹きかけてお茶を啜る不破を目の前に、加賀美はどこか遠くから聞こえてくる足音に耳をすませた。
足音は階段を駆け上がっている。それは、三人のいる事務所に向かっているようだった。
――バン!
突然鳴り響いた大きな音に、不破と甲斐田が体を揺らした。手に持っていた湯呑みも一緒に揺れて中身が不破の手にかかる。
「あっつぅ!?」
「ああもう! 大丈夫ですか!? 冷やしてください!!」
甲斐田が不破から湯呑みを奪い取ってテーブルの置いたかと思えば、そのまま手を引っ張って奥へ消えて行ってしまった。されるがままの不破を苦笑いで見届けた加賀美は、突然の来訪者を迎え入れるために立ち上がって――動きを止めた。
そこに立っていたのは、ボロボロの布を一枚身にまとった小さな男の子だった。皮膚は汚れており、髪はいつから切っていないのか無造作に伸びて跳ねている。極め付きには、その体に肉なんて存在しない。骨が浮いているほどやせ細った子どもは、現代であれば中々見ることはないだろう。
しかし、加賀美は、その見た目をよく知っていた。
この子どもがどのような場所にいて、どのようなことをされて、どのような扱いを受けていたのか。加賀美は瞬時に理解して、慌てて子どもを中に入れる。鍵をしっかりと閉めたことを確認して、加賀美はさきほどまで自分の座っていた場所に子どもを座らせた。子どもに触れた際、大袈裟にも驚いたのを見て加賀美は自分の考えていたことが事実なのだと、改めて理解する。
(……なにから話せばいいのか)
加賀美は子どもの置かれた状況を理解することはできても、話の切り口まではわからなかった。なんせ子どもを相手にすることなんてほとんどない。だいたいいつも年齢が比較的近い剣持か――それでも女の子の相手はさせないようにしている――職業柄話すことには慣れている不破が相手をしているからだった。
子どもは大人しく加賀美に従ってソファには座ったが、俯いていて顔がよく見えない。小さな両手はボロボロの薄汚れた布を握っており、緊張しているのか怯えているのかよくわからなかった。
「社長〜! 誰でした?」
「……甲斐田さん」
キッチンに不破を放置してきたのか、甲斐田が一人で戻ってきた。思わず助かったと零しそうになって、目の前の子どもを思い出す。しかし助かったと思ったことは間違いなく本心で、その気持ちは呼んだ名前にこれでもかと込められていた。
「え? 社長? ……この子どもって」
「今回の、おそらく依頼人、ですかね……」
「じゃあさっきドアを開けたのって」
「この子です」
甲斐田が近づくたび、子どもが怯えで体を震わせる。その反応にどこか懐かしさを覚えた加賀美は、できる限り優しい声色を意識して子どもに声をかけた。
「大丈夫です。怖くありませんよ」
大丈夫、大丈夫と繰り返せば全身に力の入っていた子どもが、ゆっくり力を抜いているのがわかった。
大人というだけで無条件に恐怖を覚えることを知っている加賀美は、己の背の高さで更に怯えないよう床に膝をついている。甲斐田はそれを見て倣うように膝をついた。
しかし子どもはまだ顔を俯かせたままで、話をしようにも到底進みそうになかった。
加賀美は甲斐田の顔を見て助けを求めるが、しかし、甲斐田も基本的に外部の人間と接することがないため同じような顔をしている。ましてや子どもなど、本当に接する機会がないのだ。
「ア〜……えっと、ぼく、お名前は……?」
切り出したのは甲斐田だった。しどろもどろではあるが、話を聞かないことにはどうすることもできない。勇気を振り絞って名前を聞くものの、子どもは無言のまま何も話さない。
頑張って切り出したというのに空振り。簡単に打ちのめされてしまった甲斐田は二言目を発することが出来なかった。
「これは、もしかして、なんですけども」
加賀美が前置きをする。
「名前が、なかったり、しませんか……?」
「えっそんなことあります?」
「この世の中には想像できないことがたくさんありますからね」
「はぇ、なるほど」
「あの、声は出さなくて大丈夫です。きっと出ないでしょうから。首をどちらかに振っていただけませんか……?」
ここでようやっと、子どもが反応を示す。
二回、首を横に振った。長い髪が遅れて揺れる。隣で甲斐田が「まじすか……」と驚いて呟いているが、加賀美はまぁそうだろうな、という感想を抱いた。
(名前がない、というのは、……忘れているのか、本当にないのか)
聞くべきか、一度置いておくべきか。加賀美が悩んでいると、やっと戻ってきた不破がソファの背から子どもを覗き込んだ。子どもは声もなく驚いているように見えるが、あまりに反応が小さいため加賀美以外に伝わることはなかった。
「誰の子っすか?」
「お客さんらしいですよ」
「誰の子、でしょうねぇ……」
「とりあえず不破さん、手は大丈夫ですか? ちゃんと冷やしました?」
「冷やしたわ」
「ついでにお風呂でも入ればいいのに……」
きちんと拭き取られた手を見せてくる不破は、変わらず香水をアルコールの混ざった匂いをしている。甲斐田の言葉を無視した不破は、なんと子どもの隣に腰かけた。
「不破さん、その子は、」
「きみ、どこから来たん?」
「……」
子どもは何も言わない。コミュニケーションの取りやすい不破が相手をしてくれるならと、加賀美は甲斐田に飲み物の準備をお願いする。きっとお茶は飲めないだろうから、水であることも伝えて。
不思議な顔をした甲斐田はしかし、特に何も言うでもなく加賀美の指示に従った。
「あれ、喋られへん?」
「おそらく、喋れないのだと思いますよ。とりあえず水分を摂ってもらいましょう。今甲斐田さんが持ってきてくれますから」
「そうなんすか?」
「たぶん……、あまり自信があるわけではないのですが」
「じゃ晴待ちか」
「そうですね。あとあまり距離は詰めない方がいいと思います。その子、怯えているので」
加賀美の言葉に無言で頷いた不破は、そっと子どもから距離を取った。力んでいた体から抜けているのを見るに、なんてわかりやすい反応なんだろうと思う。それだけわかりやすくてよく今まで生きていたものだ、とも。
戻ってきた甲斐田はプラスチックのコップを手渡そうとして、受け取ってもらえなかった。しかしたった数分のやり取りだけで予想はしていたのか、甲斐田は困惑することなくテーブルの上へコップを置く。子どもは、手を伸ばす素振りすら見せなかった。
「どうぞ、飲んで大丈夫ですよ。何も入っていませんから」
言いながら加賀美は、剣持に似たような言葉をもらったことを思い出していた。こうしていろんなものが受け継がれていくのだろうか。思考が飛ぶが、声をかけても動かない子どもに、加賀美は苦笑いを零した。
(まあ、ですよね。大人なんて信用できないだろうし、ましてや命に関わるものだし)
加賀美は、置かれたコップを手に取って、一口だけ飲み込んだ。これが何も入っていない証明になればいい。
子どもの分が無くなるからと本当に少量だけ飲み込んだ加賀美は、もう一度コップをテーブルの上に置く。
さあ、どうするか。
ここで子どもが手をつけなければ、我々にはどうすることも出来ない。目的も聞けぬまま帰らせることしか出来ない。
この子がどうして、どうやってここに来たのかまでは分からないが、加賀美は、できればこの子を助けたいと願った。
ゆっくり時間をかけて手を伸ばした子どもを見つめて、加賀美は心の中でガッツポーズをした。
恐らく恐怖の対象であろう大人しかいない空間で、少しでも警戒心が解けたのだと解釈しても問題は無いだろう。水が喉を通っていく度に上下するのを眺めて、その回数が思ったよりも多いことに安堵した。
コップの中身が空になった時、子どもがじっと見つめるのでおかわりを聞けば首を横に振る。手を伸ばせば揺れる体に申し訳なくなりながらも、子どもの両手に握られたコップを取ってテーブルの上へ置いた。
「……話せそうですか?」
大きな声は怯えるだけだと知っている。この子にとっての大きな声≠ェ、加賀美たちが普段会話している声量だということも。だから加賀美は耳をすまさなければ聞こえないであろう声で問いかける。
子どもは、加賀美の声よりも小さく喉を震わせた。
「…………たすけて、」
たった一言。
その一言を我々に伝えるのに、どれだけの勇気を振り絞ったのだろう。
加賀美は想像するのも烏滸がましいと、考えを追い出すように頭を振った。
「わかりました。……不破さん、甲斐田さん、申し訳ありませんが退席して頂いて構いませんか」
子どもの話を聞くには人が多い。加賀美を二人に目をやって、頷いたのを確認してから礼を述べた。静かに住居スペースへ移動していく二人の背中を見届けて、見えなくなった頃、加賀美は子どもへと向き合う。
「できるだけで構いません。話せないことも多いでしょう。でも助けるために、聞かせてもらえませんか」
加賀美の指示通りに事務所から立ち去った二人は顔を見合わせる。言いたいことは同じだった。
「……社長、慣れてましたね」
「まあ社長やしなー」
甲斐田は特に、メンバー入りをしてからそこまで年月が経っている訳では無い。そして不破も甲斐田よりは長いが、恐らく結成されてからを考えると最近メンバー入りをした部類に入る。
ROF-MAOとして日々を過ごす中で、あのような子どもがやって来たのは初めてだった。
不破も甲斐田も、一般家庭で生まれ育った故に、あれだけボロボロの子どもを見ること自体初めてである。あの子どもがどこでどのように暮らしているのか、見た目を考えれば想像はできるが、真実までは見ただけではわからなかった。
その点、子どもを見た加賀美の反応ははやかった。安全の確保と子どもへの対応。あれは慣れていなければ難しいだろう。
「とりあえず休みの連絡でもしとこかな」
「その方がいいと思います」
▽
帰宅した剣持は、ソファで眠る小さな子どもを見て盛大にため息を吐いた。おかえりなさいの言葉も無視である。
鞄を床に置いた剣持はコートのボタンを外しながら、加賀美に説明を求める目をやった。
「施設から逃げ出した子どもです」
「見ればわかるんだよなぁ……」
だろうな、と加賀美は思った。この中で一番詳しいのは加賀美であるが、二番手を聞かれれば剣持である。
子どもが眠りについてから不破と甲斐田を呼び戻した加賀美は、できるだけ音を立てずに話をした。子どもの話は支離滅裂で話慣れていないことがわかったが、根気よく聞き続けた加賀美は意訳をして二人に伝える。段々と顔を顰めていく二人を見て、加賀美は苦笑いするだけだった。
――この子どものいた施設にはまだ小さな子がたくさんいるから、助けて欲しいのだと。
二人に話した内容と全く同じことを剣持に伝えると、二度目のため息か吐き出される。
「それで?」
「助けましょう」
「その後はどうするの」
「ご家族の元へ帰します」
「………………そう」
剣持は子どもの顔を眺めて、不破と甲斐田には見えないように顔を顰める。しっかり目に入った加賀美は剣持の名前を呼んで咎めるが、聞く耳持たず。
「……場所は聞きました?」
「名前まではわかりませんでしたが、だいたいの場所なら」
「そうですか……」
抑えられた声は、静かな部屋に響く。加賀美と剣持のやり取りをじっと見つめていた不破と甲斐田は、流れる空気に耐えられそうになかった。
ハイ、と不破が手をあげる。六つの目が不破を捉えて無言で続きを促した。
「この子ども、結局なんなんすか? ボロボロやし、なんかビビってるみたいやし」
言いたいことは同じなのだろう、不破の隣では甲斐田が頷いていた。剣持と加賀美は顔を見合せて、そして先に逸らしたのは剣持の方だった。床に置いた鞄を再度手に取り、奥へと消えていく。自分が説明をする気はさらさらないのだろう。
改めて佇まいを正した加賀美は、咳払いをひとつ。顔は苦痛にぬれていた。
「この子は、能力を持たない子どもです。――かつての私と同じように」
初めて口にした言葉は、思ったよりも軽い音となった。加賀美としてはそこまで重大なことを言ったつもりはなかったが、不破と甲斐田の二人は驚愕で目を丸くする。
え、とこぼしたのはどちらだったか。
加賀美は優しい顔つきで眠っている子どもを見つめる。この子がボロボロになった理由は、かつての加賀美が体験したことと一致していた。
薄汚れた布切れ一枚だけを身にまとっているのも、ところどころ痣が出来ているのも、全て、幼い頃の加賀美と全く同じ。だからこそかもしれない。加賀美が、助けたいと強く思うのは。
「社長、能力ないんですか……?」
甲斐田が恐る恐る尋ねる。
加賀美としてはそこまで気を使われることでは無いのだけれど、世の中のことを考えればその反応はごく普通だった。
(そういえば言ったことありませんでしたっけ?)
既に伝えていると思っていたけれど、そうでは無かったらしい。特別隠すことでもないので仲間になる時に伝えていたと思っていた。
「無かった、と言った方が正しいかもしれませんね」
「今は?」
「後天性……、後付けとでも呼びましょうか。そんな感じで、お二人の知っている通りです。力が強いのは生まれ持った能力ではありません」
「それ、もちさんも知ってるんですか?」
「そうですね、知ってますよ」
「なんで俺らには教えてくれなかったん?」
「それは、」
言い淀んだ加賀美は、一度視線を二人からずらした。突然のカミングアウト、そして自分たちだけ聞かされていなかった事実。その二つが、二人に不信感を与える。長くは無いが、決して短くない期間を共にすごしていたというのに、己は信用するに足りなかったのかと。
しかし、
「すみません……既に知っていると思ってました…………」
この一言に、力が抜けた。
言わなかったのではなく、ただの言い忘れ。否、思い込み故のすれ違い。
一瞬にして解決したが、事実、加賀美は既に剣持から知らされていたと思っていたし、この場にいない剣持は本人が伝えるだろうと言わなかった。まさか思い込みのせいでここにきて関係に亀裂が入っていたかもしれないと思うと、やっぱり話せることは話すに限る。
「えぇっと、それで、話を戻しますが」
「はい」
「お二人は、能力を持たず生まれた子どもがどうなるか、知っていますか?」
質問に、不破は首を傾げる。隣で甲斐田は神妙な顔をして、その答えに辿り着いた。なんせ甲斐田もよく似たような状況に置かれているので。能力上、甲斐田の方が優遇されているとしても。実際目にしたことはなくとも、想像することは簡単だ。
「魔法使いとは別の理由で、狙われやすいんですよ、何も持たない子どもって。大人になるまで過ごすことが出来ればそんなことはありませんが、やっぱり子どもって攫いやすい上に
「社長も……、社長も、
「……えぇ、まぁ、あまりいい話ではありませんが」
目を閉じて、加賀美は思い出す。過去に置かれた境遇のことを。あの、地獄のような日々を。鮮明に思い出すことが出来るのは、昨晩夢に見たからか、それとも。
もしかしたら夢を見たのはこの子どもがやってくる報せだったのかもしれない。
子どもの頭を撫でようと手を伸ばした加賀美は、しかし、少し悩んで手を引っ込めた。いつ目が覚めるかわからないこの子どもが、万が一撫でている最中に起きてしまったら。その時の心情を、簡単に察することが出来る。
「ごめん、なんの話してんのかさっぱりやねんけど……」
加賀美と甲斐田の会話を、不破は全く理解できなかった。あまりよろしくない話をしていることは雰囲気で感じ取ることができるが、中身の理解までは追い付かない。それは、不破が今まで生きてきた人生の中でいつも助ける側≠セったからであり、助けを求める側≠ノ立場を置かれたことがないからだった。
「本当に、気分のいい話ではないんですけどね」
加賀美はそう前置きをして、詳細を語り出した。
この世界において、能力を持たずに生まれる確率はめて低い。それこそ希少と言われている魔法使いよりも低く、滅多に存在しない。大抵、何かしらの能力を持って生まれるのが、この時代の人間だった。
能力とは、そもそも遺伝で決まることが多い。親と同じ能力を持つ人間がほとんどの中、突拍子もなく現れるのが魔法使いと無能力。その中でも能力を持たない人間は、ある種特別であった。
時代が進むにつれ、どの遺伝子がどの能力を持っているのか研究も進んでいるため、自分がどのような能力なのかわからなくとも調べればわかるようになっている。
ちなみに、少し前までは生まれた直後に調べることによって幼い頃から能力の自覚を持たせることを行っていたが、無能力の子どもが生まれ事件が多発したため法律をもって禁止された。
進化とは素晴らしいと称えたのは誰だったか。
なにも持たないからこそ、できることがある。能力を生まれ持った人間には出来ないことがある。
能力は一人につき一つしか持つことが出来ない。既に持っている能力を上書きすることも出来ない。けれど、持たずに生まれた人間に能力を与えることはできた。
相性は当然あるが、基本的にどの能力だって選ぶことが出来る。それに伴う苦痛はあれど、好きな能力を扱うことができるようになる。当然、一度与えられた能力を無くすことは出来ないし、新しい能力を上書きすることもできないが。
既に能力を持っている人間に新しい能力を与えようとすれば、体が拒絶反応を起こすことは少し昔の研究ではっきりとしていた。だから人類は無能力の人間を集めて実験と研究を繰り返し――成功した。
「いや、
加賀美は神妙な顔つきのまま、ひと呼吸置いた。甲斐田は魔法を研究するものとして、正しく言葉の意味を理解する。
「…………成功率は」
「私のいた
それって、不破が口を開きかけて、続ける言葉を見失って閉じる。
直接的な言葉は避けて話すが、この二人にはしっかりと伝わっているだろう。表情が全てを物語っている。
無能力の人間に能力を与えられることは、一般的に広まっていない。一時的に広がりを見せたものの、すぐに話題にならなくなった。その理由は、言わずとも明らかだった。
成功率の低い実験に、わざわざ自分の子どもを差し出す親なんてそうそういない。無責任にも捨てられた子どもであれば問題は起きないだろうが、そもそも、無能力の人間が生まれる確率すら極めて低い。運良く捨てられる子どもが全て無能力なんてことにはならない。
「先程も伝えた通り、対象になるのは小さな子どもです。理由は攫いやすいこと、大人よりも早い段階で能力を移す事によって成功率を上げるために」
当然攫われた子どもの親は警察を頼るが、閉じ込められた子どもが見つかる事例もまた少なかった。
「……わたくしは、」
能力を持たずに生まれた加賀美もまた、小さい頃に攫われた子どもであり、――数少ない成功例でもあった。
「なんで社長が能力持ってないってその施設はわかったん?」
「さぁ……、私にはなんとも……」
加賀美は物心がついたころから親にずっと言い聞かされてきたことがある。
自分に能力が無いことを、決して言ってはいけない
言われた当初こそ理由がわからずただ言う通りにしていたが、実際攫われてようやっと理解することができた。確かに、言ってはいけなかったのだ。誰かに言った記憶はないが、実際どこからか漏れたのだろう。そうでなければピンポイントで加賀美が攫われるなんてことにはならないはずだ。
「話を戻しますが、この子も私と同じ境遇にあったのでしょう。まだ実験の途中なのか、成功しているのか……、そこまではわかりませんでしたが」
加賀美は目を伏せる。どうしたってこの子に同情的な感情を抱いてしまうのは仕方がなかった。
どうやってこの子が逃げ出したのかまではわからない。成功しているしていないに関わらず、そういった施設が簡単に手放すとも考えがたいので、誰かしらの手引きがあったか、自力で抜け出したか。もしも自力であったなら、どうやったのか。知っておけば今後の役に立つことがあるかもしれない。
「――話は終わった?」
「剣持さん、」
突然入ってきた声に加賀美は驚く。振り返ると足音も立てずに剣持がこちらにやって来ていた。制服から私服に着替えた剣持は竹刀袋を背負っており、準備は万端のように伺えた。子どもはまだ眠っており起きる気配はない。起きるのを待つか、それともこの場に置ていくか。
目が覚めた時に誰もいないのはいかがなものなのか。しかし連れて行くにしても誰もお守りをする人間がいないのも、また事実だった。
「もう行くんですか?」
「早めに終わらせようよ、めんどくさいし」
「俺と甲斐田はいつでも大丈夫っすよ、もちさん」
「えぇ……、まぁ、いけないこともないですけどぉ……」
「この子は?」
「まだ起きそうにないし、しっかり戸締りしておけば問題ないでしょ?」
やるかぁ、と不破が立ち上がり、早くしろと甲斐田のことを急かす。
剣持の判断に、加賀美はあまりいい顔ができなかった。加賀美は、目が覚めた時に周りに誰もいない孤独感を知っているので。
戦闘が伴うことが予想される場合、基本的に全員がまとまって行動をする。綺麗に後衛と前衛が分かれているから、誰かがいないとバランスを崩してしまう可能性があるからだった。甲斐田が攫われた場合は現地で集合できるので三人で突撃するが、その時でも揃って行動している。
だからこそ、ここに一人残していく選択肢など、誰も持っていない。
最近は平和な依頼ばかりだったので、こうして四人で動くのは久しぶりだった。
準備運動をしている不破の言葉がやる気に満ちているのは、さきほど加賀美は伝えた話が関係しているのか。真実はわからないが、やる気がないよりはいい。
しかし、やはりと言うか。
やっぱり、この子を置いていくのは気が進まない。
「この子の目が覚めるまでに帰ってこればいい話でしょ」
足踏みする加賀美に、剣持はなんてことないように言う。
相手の規模はよくわからない。わかるのはそこで何をしているかと、だいたいの場所だけだ。それなのに剣持は、すぐに帰ってこれると確信しているようだった。
「……わかりました。早く行って早く帰ってきましょう」
少し考えた加賀美は、そっと頷いた。
(剣持さんがそう判断できるのなら、大丈夫でしょう。おそらく)
加賀美は眠っている子どもを見つめて、一度引っ込めた手を再度伸ばした。手入れのされていない汚れた髪が指に引っかかる。帰ってきたらお風呂にでも入れようか。きっと一人では入れないだろうから、一緒に入ってやるのもいい。そうしたら親を探して届けよう。
これからの予定を浮かべた加賀美を見つめる剣持の顔は険しい。本人はそれに気付くことなく、子どもに対して微笑みを浮かべていた。
「加賀美さん」
「はい、なんでしょう」
「大丈夫だとは思ってるけど、気を付けてね」
剣持の忠告に、加賀美は動きを止めた。
言う通り、大丈夫だとは思う。それは、自身が怪我をするしないの話ではなく、また違った意味で。しかし正直なところ、約束できるかと問われれば微妙だった。
言葉に含まれた意味を正しく理解するからこそ、加賀美はあいまいに頷いた。
加賀美はそこへ立って、懐かしい気持ちに襲われた。
門に掲げられた看板には孤児院と書いてあるが、子どもたちの声は一切聞こえない。表向き孤児院と名乗っているだけなのは一目瞭然だった。外から伺っただけでは中は閑散としているように見え、人がいるとは到底思えない。しかし、確かに助けを求めてきた子どもから聞いた場所は間違いなくここだ。
恐らく地下――こういう場合、だいたいは地下だと相場が決まっている――に子どもたちがいるのだろう。
助けなければ。使命感を胸に、加賀美は建物を見上げた。
「行きましょうか」
真っ直ぐ前を向いて加賀美が言う。
各々が頷いたのを確認して、門に手をかけた。
――それは、五歳ぐらいの時だった。
まだ親の言いつけの意味が理解出来ていなかった年頃。家族で出かけた先で、その事件は起きた。
しっかりと繋がれていたはずの両手は人混みに流され気が付けば外れていた。きょろきょろと辺りを見渡して両親を探すもなかなか見つけられず。とりあえずと移動した隅で膝を抱えて座り込んだ子どもは、「ぼく」と聞き慣れない女の声で顔を上げる。
「迷子かな?」
「……ちがいます」
「こんなところに居たら危ないよ」
「だいじょうぶです。母も父も、すぐにもどってきますから」
幼子特有の発音で、丁寧な言葉を喋る。
女は子どもと目線を合わせるためにしゃがみこんで、優しく微笑んだ。
「じゃあ私も、ぼくのお父さんとお母さんが来るまでここに居てもいい?」
「……ご自由にどうぞ」
女が立ち上がったと思えば、言葉通り子どもの隣へ移動して同じように膝を抱える。口を閉ざしてただじっとしている子どもに、女はたくさん話しかけた。最初は子どもに問い掛けるようなものばかりだったが、それは次第に変わっていく。最初はぽつり、ぽつりと返答していた子ども、不信感を抱き始めた――その瞬間。
子どもの視界は暗転した。
「起きて。ねえ、起きて」
平坦な声が自分に話しかけていることを自覚して、揺れる頭を押えながら起き上がる。
目の前には自分より歳下の小さな男の子が、感情の読み取れない目をしてこちらを見ていた。
声を出そうとして気が付いたことは、喉が張り付いていて苦しいという事だった。こんなこと今までになく、頭の中が混乱で埋め尽くされる。すぐに気付くことは出来なかったが目が覚めた場所もよく知らない。こんな汚い場所、知らない。
どうやら同じ歳頃の子どもが数人いるらしく、それぞれ顔を俯かせて座り込んでいた。異常な情景に、子どもの目が不安で揺らぐ。
父も母もここにはいない、見知らぬ場所。そして見知らぬ子ども達。どうして突然意識を失ったのかも分からない。あの時傍にいた女がどうしたのか、何者なのかもわからない。
意識を失っていただけあって、突然の情報量に今にも泣き出してしまいそうなのをグッとこらえる。
「おはよう。名前は言える?」
目の前の子どもが、問いかける。
ひとつ頷いて、ゆっくりと口を開いた。
「かがみ、はやと」
知らない人に名前を教えてはいけないと言われていたが、今抱えている不安を少しでも和らげたい一心で加賀美は呟くように自身の名前を答えた。子どもはひとつ頷いて、それでいい、と肯定する。
それがどういう意味なのか、加賀美にはわからないけれど。
「きみは?」
「……さあ、なんだろうね」
答える気がないのか、なんなのか。表情を変えることなくはぐらかす彼に、強く踏み込むことは出来なかった。
今、目の前で線を引かれた錯覚に陥る。しかし彼は自覚がないのか手を伸ばして、加賀美の手を取った。自身よりも低い体温だけれど、どこか安心する。きっと自分よりも歳下のはずの、自分よりも体の小さな男の子に。
「何があっても、名前だけは忘れちゃダメ」
子どもにしては、流暢に喋る。聞き取りやすい声をしているが、やはり平坦だった。
自分の名前なんて忘れるわけが無いだろう。そうは思ったものの、あまりに真剣な表情をしているように見えて、加賀美は何度か自分の名前を繰り返した。
それからは、地獄の日々だった。
何度太陽が昇って沈んだのか、薄暗く窓のない部屋の中からではわからなかった。
身近にあるのは暴力と、注射と。腹を満たせやしない少ない食事。周りには口を開かない怯えた子どもたちと、こわい大人だけだった。最初加賀美に声をかけてくれた彼は、いつの間にかどこかへ行ってしまっていた。それがどういう意味なのかまだ幼い加賀美には理解することが出来ない。
ただ、なんとなく。置いていかれたのだと漠然と思った。
唯一会話する相手がいなくなって。
唯一名前を呼んでくれる彼がいなくなって、どれだけ経ったのだろう。
(……なまえ、)
地獄に慣れることで精一杯だった加賀美は、気が付かなかった。
(なまえ、なんだったっけ)
呼ばれなければ、忘れてしまう。自分の名前なんて、一人称にしていない限り自分で呼ぶことは稀有だろう。加賀美ハヤトの一人称は、ぼくであるからして、当然のように名前を口にする者はいない。
だから、加賀美も。他の子と同じようにして。自分の名前が、わからなくなってしまった。
人間とは不思議なもので、それに気づいた瞬間、加賀美の中から気力という気力が消えてしまった。それまではなんとか自分というものが確立できていたはずなのに、急に足場が不安定になった感覚。少しでもよろければ、簡単に転んで落ちてしまいそうな、そんな、感覚。
自分という存在が、この世から消えてしまったみたいだった。
鉄格子の鍵を外して中に入ってきた大人は、おい、と確かに加賀美を見て呼んだ。
この部屋にいる子どもたちは大人に呼ばれ連れていかれることに何よりも怯えている。だからみんな、自分が呼ばれているとわかっていても知らんぷりをすることがほとんどだった。その態度が、大人を苛立たせているとも知らずに。
加賀美は、この中の誰よりも利口で、大人しかった。最近少しずつ己の持つ力が強くなっているような気がしているが、それでも大人しかった。
呼ばれて直ぐに立ち上がった加賀美は、栄養不足から足元をふらつかせて、己を呼んだ大人の元まで歩く。砂埃が舞うが、今更そんなこと気にしていられない。砂埃を気にしたところで生活が変わる訳でもない。
(ぼうりょくか、ちゅうしゃか)
今日はどちらのために呼ばれたのだろう、とぼんやり考えて、大人が加賀美の腕を掴んだその瞬間。
いつもなら痛いぐらいの力が、すっと抜けていく。驚いて加賀美が顔を上げると、そこに写るのは赤と、驚愕の表情のまま固まったおとこの姿だった。
(え……?)
こちらに倒れてくる自分よりも数倍大きな体が、やけにゆっくり見えた。数歩後ろに下がって下敷きになるのを避けた加賀美は、その後ろに立っていた人間に目をやる。
全身真っ黒で纏めた男の顔は、今まで見てきた大人よりも幼いように見える。光の宿っていない瞳が加賀美を写した時、男がしゃがみ込んだ。
「加賀美ハヤトくん?」
忘れていた名前を、この男が呼んだ。
変わらず目に光はないし、手に持っているのは真剣である。一歩後ずさった加賀美の足元からは粘着性のある水音が聞こえているし、他の子どもの悲鳴が遠くで聞こえた。
倒れた男はピクリとも動かない。――死んだのだと、冷静に判断した。
人を殺す人間がまともでないことはさすがに分かる。そんな男が、どうして自分の名前を知っているのか。
(あ、そうだ、なまえ。ぼくの、なまえは――)
「……! 止まれ=I!」
言葉に直接ガツンと脳を殴られる感覚に襲われて、加賀美は体を固めた。意志を持って動かそうとしても腕は動かないし、振り返ろうと首を捻ったところでぴくりとも髪が揺れることは無かった。代わりに目の前に写った景色に息を呑む。
目の前には、血を流して既に意識を失った見知らぬ男が、倒れ込んでいた。体が地面に着いていないのは、己が男の服を掴んでいるからだ。顔はボコボコに腫れ上がっているところを見るに、相当殴り込んでしまったらしい。――まるで死んでいるみたいだ。頭に集まっていた血が全身に流れ込む感覚とともに、加賀美は息を吐いた。
「社長、大丈夫すか?」
はい、とも。いいえ、とも。心配そうに声をかける不破に、どちらともこたえることは出来ない。
似たような光景を作り出したことは過去に何度かあるけれど、ここまでやってしまうのは二度目だった。自分が冷静でないことは目の前が物語っている。
まさか二度も目にするなんて思いもしなかった加賀美は、男が呼吸をしているのか確認することが出来なかった。
ふ、と全身の力が抜けたのは不破が加賀美に使った能力を解いたから。上手く自分の体を受け止めることが出来ないまま床に膝を着く。掴んでいた男の服は流れるように自分の手から離れていった。意識のない重たい体が地面に落ちる音は、なんて鈍いのだろう。視界の端から剣持の足元がこちらに向かってきて、加賀美は「ぁ、」と、小さな声を零した。
加賀美の目に、倒れている男が違う人間に被って見えた。どうしようもなく知っている人間に見えてしまって、思考回路が止まる。違う人間だと理解しているはずなのに、その人間はいないとわかっているはずなのに、どうしようもなく被ってしまって仕方がない。ぐるぐると己の中に巡ってしまった気持ち悪さは、ひとりの足音によって止められた。
近付いた剣持がしゃがみこんで気絶している男の手首に指をあてた。五秒ほどその体勢で動きを止めた剣持は、暫くしてハァ、と大きくため息を吐き出す。そして加賀美を見る目は、どこか責めているみたいだとおもった。剣持にその意図はないとしても、少なくとも、加賀美はそう受けとった。
「一応、生きてます、大丈夫だよ」
良かった、と呟く。
人を殺めてしまうのは、ROF-MAOとしてよろしくない。信条としてもそうだけれど、加賀美だって進んでそんなことしたくはない。いくら争いの絶えない世界だと言ったって、戦うことがあったって、そんなこと、したくはない。止めてくれた不破には感謝しなければ。
「コイツどうします?」
「放置でええんちゃう」
「……甲斐田くん、ちょっとだけ治してくれない?」
「…………仕方ないなぁ!」
「申し訳ありません……」
治療が必要ということは、まあ、つまり、そういうことである。
出る前に剣持から受け取ったはずの忠告は、やはり意味を成さなかった。予想をしていたとはいえまさか本当にその通りになるなんて。
敵陣のど真ん中で後悔する加賀美の肩を軽く叩く。衝撃もなければ痛くもない剣持の手のひらは少し冷たい。しっかりしてくれと言外に伝えてくる剣持にもう一度謝罪を繰り返した。せっかくの忠告を無視してしまう形になってしまったことに加え、甲斐田に無駄な労力を働かせてしまっている。加賀美を止めるための不破の能力も、おそらく剣持の指示だろうことは簡単に想像することが出来た。
甲斐田が男に手を向けた先、淡く薄い青色の光が輝いているのを呆然と見つめる。あまりにも血に塗れているせいで傷口が閉じているのかどうかまではわからないが、加賀美は甲斐田の魔法を信頼しているので大丈夫だろう。
「このぐらいでいいですか?」
「大丈夫じゃない? 死ななければいいよ」
「……甲斐田さん、すみません、ありがとうございます」
「このぐらい平気ですって! 社長も我を忘れて人を殴るなんてことあるんですね」
「夢中したもんね、しゃちょー」
あまりに冗談めいた口調の甲斐田と不破の言葉に、苦笑いを浮かべることしか出来ない。そんなつもりは無かったのだ、ほんとうに。いつも通り軽く気絶させるつもりのはずだった。
ただ、ただ。
あまりにもこういった施設に、嫌悪しているだけで。
言葉にはしなかったが、剣持だけはその苦笑いの意味を理解していた。口を挟むことなくやり取りを見届けたあと、空気を切り替えるように「さて、行きますよ」と声をかける。治療のために膝を着いていた甲斐田の衣装は赤く汚れてしまった。本人は仕方ないと割り切っているようだけれど、これはクリーニングに出さなければ汚れが落ちないだろう。よろける足元をなんとか持ち直して立ち上がった加賀美は、剣持に続いて行きましょう、と前を向いた。やらかしはしてしまったがいつまでもくよくよと後悔なんてしていられない。改まった謝罪とお礼は、帰ったあとでもできる。
ROF-MAOが乗り込んだ施設には、あまり人がいないようだった。警備らしい警備もおらず、そりゃ子どもひとりぐらいなら逃げ出せるよなと納得出来るガバガバ具合である。真正面から乗り込んだ彼らも、加賀美の件以外に手こずることなく地下へ進んでいく。来た道には、当然気絶した大人たちが転がっているけれど。
最初こそ先頭を歩いていた加賀美はいつの間にか剣持へと入れ替わっている。警戒を顕にしたまま竹刀の先を前へ向けて、いつでも振りかぶれるように準備は万全だった。
侵入者に気付いたものから倒れていく。
剣持は、出来るだけ加賀美が動かなくてもいいようにひとりで敵を倒していた。これは、敵の人数が少ないと確定しているからできる動きである。多ければこうはいかないのは、後ろで見守っている三人もよく理解していた。
つまり、能力の効かない剣持が動くということは、他のメンバーは手持ち無沙汰になるということだった。不破は手を頭の後ろで組みながら剣持の素早い動きに口笛を吹いているし、甲斐田はサポート魔法を掛けようとして途中まで詠唱するが、途中で効かないことを思い出して不発させていた。加賀美は自分のせいで剣持の負担が増えていることを自覚しつつ、しかし、その思いやりに胸があたたかくなった。
加賀美の人生において、自分を助けてくれる人間は、二人であった。
名前も知らない彼と、目の前で竹刀を振り回す剣持である。
地下は全面コンクリートで出来ており、部屋へ続く扉も当然コンクリート。大人の男の目線を目安にしたであろう小窓がついており、中が灯されている気配は無い。地下であるから当然外を眺める窓は設置されていないだろうし、そうすれば部屋の光源は廊下の天井に吊るされた小さな電球のみとなる。この部屋に子どもがいるとしたら、暗い日常を送っているのだろう。
加賀美は倒れた男が目を覚ました時のために監視をしながら、静かになった廊下の真ん中に立った。耳をすましても何も聞こえないのは、人がいないからか。ーー否、声を出す恐怖に襲われているのだろう。
「しゃちょー、もちさん、これ全部鍵がかかってますよ」
「甲斐田壊されへんの?」
「出来なくはないけど、最悪部屋ごとぶっ飛びますが」
「やっちゃダメだからね、さすがに」
「やりませんよぉ! 僕をなんだと思ってんですか!」
「私が壊しますので、下がっていてください」
扉についているのは錆びた南京錠だ。これぐらいなら、加賀美の力で壊すことができる。
監視を不破にお願いした加賀美は、南京錠を大きな両手で包むように握って、一呼吸止めて力を込めた。ボキ、と何かが折れた音がしたあと、すぐにパラパラと破片が指の隙間からこぼれ落ちていく。地面に落ちた破片は数回飛び跳ねた後、足元に散らばった。
「相変わらずすげぇパワーっすね」
「こういうときはとても便利ですよ」
重たい扉を引くと、中は想像通り暗く、廊下の明かりが入ろうが部屋の隅まで光が行き届くことは無かった。
一歩足を踏み入れた加賀美は、部屋の隅で動くものを視界に捉える。足音を消すことは出来ないと、できる限り優しく傍に行くと、恐怖に脅えた子どもが身を丸くして寝転んでいた。纏っているのは事務所へやって来た子どもと同じ、ボロボロの布切れ一枚。肌は汚れており、痣なのか単なる汚れなのか判別はできない。
「もう大丈夫ですよ」
なんて、
(信じてもらえないんだろうなあ……)
この子たちにとって大人≠ニいうだけで恐怖の対象になる。加賀美はそれをよく知っているから、できるだけ優しい声を出すように務めたし、背の高さでこれ以上の恐怖を与えないよう、一定の距離を空けてしゃがみこんだ。これが今の加賀美に出来る最大限である。
そもそも、加賀美を含めたROF-MAOは、こういった子どもへの対処に慣れている訳では無い。事務所へやって来た子どもはあくまで向こうからであり、最初に必要な慣れさせる行為が必要なかったので楽ではあったが。加賀美が慣れたような対応ができたのも、あくまで相手が自分に近づいてくれたからである。だから加賀美は、その場で向こうから近づいてくれるのを待った。ただただじっと待って、その後ろを三人が見つめている。
暫くそうしていると、加賀美の背後から人の倒れる鈍い音が響き渡った。おそらく気絶していた人間が起き上がり、また気絶した音だろうとわかるが、外の状況を知らない子どもは怯えるのみだった。
可哀想だと思うのは、お門違いだ。同情なんて嬉しくある訳がない。だから加賀美は、絶対にその言葉を口にしないと決めている。
「社長、そろそろ時間やばいかも」
「ですが、」
「家にいる子が起きるよ」
数秒黙り込んだ加賀美は、そうですね、と立ち上がった。動いた加賀美に子どもが身体を震わせる。一歩、また一歩と近づく度に怯える様を見て良心が痛んだが、今は良心のままに動いていたら時間が無くなってしまう。心を鬼にして、床に転びながら身体を震わせる子どもを抱き上げた。
子どもの口からひ、と喉が引き攣ったような声が零れる。大丈夫、大丈夫ですよ。加賀美は優しく声をかけるが、どうやらその子どもには届いていないようだった。
部屋は合計で四つ。
それぞれに子どもがいるとしたら、ちょうどいいだろう。最初と同じように――しかし子どもをか抱えたまま――南京錠を加賀美が壊して、戦闘要員の剣持以外が怯え続ける子どもを抱き抱える。
震える子どもに対して不破がかわいそう、と言葉を漏らしたが、触れる人は誰もいなかった。
保護した子どもは全員で三人だった。四つある部屋のうち一つは誰もおらず、逃げ出して助けを求めた子どもがいた部屋であることがわかった。彼ら彼女らの怯えは収まらないものの、一日だけ保護したあと加賀美が責任をもってきちんとした施設に送り届ける手筈となっている。もちろん、受け入れてくれる施設の安全は確認済みであるし、連絡もとっくに終わっている。名前も知らない子どもたちは、施設に入って心を砕いていくだろう。それは、今の加賀美のように。
それが加賀美の独り善がりな願いであることは承知していたが、やはり同じ境遇であったばかりに願わずにはいられないのだ。いかんせん、加賀美は今の状況に幸せを感じているので。
深夜。草木も眠る丑三つ時を少し過ぎ、子どもたちが気疲れで深い眠りに落ちた頃。
加賀美は、眠れないまま事務所のソファに腰掛けていた。電気もつけず何もせずにただ座る加賀美を見れば甲斐田辺りは悲鳴をあげて驚くだろうが、その甲斐田も今は眠っている。いい悲鳴をあげてくれるとはいえ、わざわざ起こすほどのものでもない。むしろこの時間は眠っていてくれないと困るのだ。
「……おかえりなさい、剣持さん」
加賀美ではなく――剣持が。
「ただいま」
足音も立てずにひっそりと帰宅した剣持を迎え入れた加賀美は、できる限り視界から外すようにしている。剣持は暗闇にいる加賀美に驚く様子を見せなかった。なんとなく、居るんだろうなと予想していたから。
加賀美が剣持のことを見ないのは気遣いだとわかってはいるが、そんな今更な気遣いをされたところで意味なんてないのに。剣持は苦笑いしつつ、その気遣いの通り加賀美の視界に入らないよう向かい側――普段不破が座っている場所に腰かけた。動く度に腰辺りから金具同士がぶつかる音が聞こえる。これでよく物音立てずに帰ってきたな、と加賀美は感心したところで顔を上げた。短い時間ではあったが、特に必要のない気遣いをやめたのだ。
全身を黒でまとめた服装をしている剣持のことを、加賀美は一番知っていた。最初に出会ったあの瞬間が目に焼き付いて離れないから仕方がない。ちなみに、定期的に剣持が深夜に出かけていることも知っているし、黙認している。本人も、既に知られていることを隠そうとは思わなかった。
「私が言うのもなんですが、よく動きましたね、今回」
「まぁね、それは僕が一番思ってる。ただ、」
あの時全力で反対したって、加賀美ハヤトくんは動いたでしょ?
剣持の言葉に否定できず、加賀美は乾いた笑みを浮かべた。
あの時、剣持でなくとも他の誰かが止めたって、それを振り払ってでも助けに行っただろう自分を想像するのは容易かった。きっと今眠っている不破も、甲斐田も、それをわかっていたからこそ止めなかったのだろう。
よく知られている、とは思うが、それは加賀美も同様である。お互い仲間のことをよく見ているのは全員に言えたことだった。
まぁ、恐らくではある、が。この人の秘密を知っているのは自分だけなのだろうが。わざわざ伝える必要のないことを伝える人ではないと知っているからこそ、加賀美はそう思えた。この中で一番付き合いが長い自信があるので。それでも己が知っていることはまだ半分にも満たないのだろうな、と思うから、一体全体彼はどれほどの秘密を隠し持っているのだろう。
しかし剣持はそう言うが、金銭の絡みようがない仕事で動くなんて加賀美は正直驚いていた。この仕事をしているのは生活のためだと聞いていたから、余計に。何か剣持の逆鱗にでも触れたのだろうか。さすがに監禁されていた子どもから金銭を奪い取ろうなんて考えは持ち合わせていないと信じたい。
加賀美は目の前でゆるやかに笑っている剣持を観察してみるが、何も情報を読み取ることはできなかった。ただの高校生としてすごしている間はコロコロと表情が変わってわかりやすい面ばかりであるが、そうでない場合、加賀美は剣持の表情から何かを察することがとても苦手だった。
なんせわかりにくい。わかりにくすぎる。この高校生は、自分を隠すことが得意だった。
「ところでこれは提案なのですが」
「うん」
「あの子たちのうち、ひとりでも引き取る気はありませんか?」
加賀美にそのつもりは一切なかった。ただ、剣持のこたえが少し気になったから聞いてみただけである。既に引き取り手とはやり取りを済ませたあとであるので、今更うちが引き取りますとはいかないことを、剣持は知らないので。なぜなら剣持が出た後に全てを準備を済ませたからだった。
剣持は、加賀美の質問に目を丸くしたあと瞬きを繰り返す。きょとん、と呆気に取られた顔は幼さを引きたてていた。
「それを僕に聞くの? ROF-MAOのリーダーはきみなのに?」
「ご冗談を」
「冗談でもなんでもないよ。今のROF-MAOは、加賀美ハヤトがリーダーでしょ。不破くんも甲斐田くんもそれを信じて社長って呼んでるし、僕だって呼んでる」
「……剣持さんは、冗談が上手い人ですね」
本当に、昔から。
加賀美のことを社長と呼び始めたのは、剣持が始まりである。そもそも、ROF-MAOのリーダーになってくれと言ったのは剣持であるからして。
(私は、あくまで
いつから存在しているのかすら、加賀美は知らないのだ。そんなことでリーダーと名乗っていいわけが無いだろう、と加賀美は考えているが、剣持はそうではなかった。ROF-MAOを営む剣持が、未成年の子どもが最高責任者であるのは体裁がわるいからとほとんど強制的に加賀美を指名したというのに。
「ROF-MAOの
しかし、剣持は自分の主張を貫く姿勢を曲げない。加賀美は、過去のこともあってこういった場面では強く出れないことをわかっていて言うのだからタチが悪い。
はぁ、と諦めのため息を吐いた加賀美は、そうですね、と投げやりに答えた。何度かこの問答は繰り返しているがいまだ剣持が折れることは無かった。いつも折れるのは加賀美である。
「だからあの子たちを引き取るかどうかは僕が決めることじゃない」
「わかりました。まぁ、今回の子どもたちの受入施設は既に手配済みなんですがね」
重たくなっていた空気が一気に軽くなるのを肌で感じる。普段の連絡と変わりないテンションで伝えたことは、剣持を驚かせることに成功したようだった。
苦々しい顔をした剣持は「あのさぁ……」と呆れた声を出している。本気で加賀美が引き取ると言うのであれば、その判断を受け入れていたのであろう。剣持の言う通り、ROF-MAOのリーダーは加賀美であるので。
「そういうことはもっと早く言うべきじゃないの? 少なくともこの流れで言うことじゃないよね?」
「どんな反応をするのか気になってしまって」
「イタズラ好きかよ……」
「はは、剣持さんには言われたくない言葉ですね」
「じゃあ引き取らない、でいいんだよね?」
「そうですね。明日の朝に私が連れて行きます」
剣持は、その言葉に心做しか安心した様子を見せた。少なくとも子ども嫌いではないだろうに、どうしてそのような反応をするのか。加賀美は疑問に、微かに髪を揺らす。
「まぁ、僕は今のメンバーが一番楽しいと思ってるから、そこんとこ覚えててよ」
それはある種の拒絶では無いのか。加賀美は先ほどの言葉から手のひらを返したような剣持の発言に、ただ苦笑いするだけだった。