夢か現か

 人が死んだ。目の前で。あっさりと。
 目を見開いて、頭から血を流して、ぴくりとも動かないその人は知らない顔をしていた。
 手には古びたバットが握られていた。木でできているから、ところどころ飛び出していて手のひらに刺さる。それでもぎゅっと力強く握り締めて、足元に倒れる人を眺めていた。
 この人は、誰だろう。知っていた人のはずだった。顔はぐちゃぐちゃになっていて元の形すらわからなくなっていた。自分と同じ服を着ているから、同じ学校の人間なんだろう。だけど、誰なのかは、一切思い出せないままだった。

 「どうして」と、呟いた。
 それに「大丈夫ですよ」と、誰かの声で返事がやって来た。
 声の主は誰なのか。倒れている人間は誰なのか。
 周りには誰もいない。
 夜の街は、耳鳴りがしそうなほど静かだった。
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「もちさんおはよぉ」
「あ、もちさん起きました!? おはようございます!」
「甲斐田さん、いくら防音とは言えもう少し声を抑えてください。剣持さんはおはようございます」
 天井は薄暗い。見慣れた三人の顔が覗き込んでいるが、部屋全体が薄暗いせいでよく見えなかった。霞んだ視界の中で、安心したような顔をしている三人は、どうしてここにいるのだろう。寝起きでまだ頭がちゃんと動いていないから、思い出そうとしても思い出せなかった。
「おはよう……? なんでいるの、」
「もちさん寝起きで頭回ってない? お泊まり会しよーって社長の家に集まったの、覚えてない?」
「そう、だっけ」
「ついにもちさんがボケ始めた……」
「……うぅん、」
 そうだっけ。そもそもお泊まり会なんて話が出たことすら覚えていないのは、まだ寝ぼけているからか。わからなくて曖昧な反応しかすることができない。
 普段と違う天井も、寝心地の違うベッドも、全部自分の家ではないからか。
 起き上がろうとしたのを、社長が手で抑える。目元を隠されて真っ暗になった視界の中、赤い液体が流れた。
「夢、をさぁ」
「うん」
「目の前で、人が死んで」
「うん」
「僕が、殺したんだ」
「もちさん」
「僕は、誰のものかわからないバットを持ってて」
「もちさん」
「だれか、わからないひとを、」
「剣持さん」
 あれは、誰だったっけ。
 たしか同じ学校で。
 たしか同じクラスで。
 そして、それで、名前は? どんな顔をしていた?
「剣持さん」
 社長の声が聞こえる。やけに静かな声だった。これは、本当に社長の声だったか。
「まだ夜中ですから、もう一度寝ていても大丈夫ですよ」
 その声は、夢の中で聞こえた声と、全く同じだった。