来なくていいよ、こんなもの

 拝啓。
 そんな言葉から始まった手紙が届くのは、ほんの少し珍しかった。そもそも現代において手紙を出すという行為自体が珍しいものであるし、高校生である自分にとって、改まった形式の手紙なんて余程のことが無い限り出さないし届かない。
 昔ながらの和紙で揃えられた封筒には彼らしい少し歪な文字で自分の名前が書かれているが、よくよく見てみれば震えているようにも見えた。
 二つ折りの用紙はたったの一枚だけで、もっと書くことあっただろ、なんて内心毒づく。しかし内容を飛ばして最後の文章を見れば文字の震えが酷くなっているものだから、仕方ないなあ、と口角を持ち上げた。
 紙が破れないよう慎重に広げて、書かれている文字を目で追っていく。
 どうやってこの手紙を届けたのかは一切わからないが、届いたということは、まあ、なんらかの手段があったという事だろう。ポストに入っていた手紙に切手は貼っていなかった。

 たった一人しかいない自室のカーテンは開かれており、窓から差し込む日差しがちょっぴり暑いぐらいだった。部屋の中に集まった熱気はどこへ行く宛てもなく充満している。
 ベッドに腰掛けるとスプリングが小さい悲鳴をあげた。
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 拝啓
 桜魔では桜が散ることはありませんが、現世では若葉の色が眩しい、新緑の季節となった事でしょう。体調は崩さず、お元気でいらっしゃいますか?
 剣持さんに手紙を出すのはこれが初めてになりますが、きっとこれから先、こうして筆を取る事は無くなるのでしょう。どうせならばもっと早くに出したかったのですが、これがなかなか難しくてこんな時期になってしまいました。
 積もる話はありますが、早速本題に入りたいと思います。
 剣持さん。そろそろ僕の体は限界を迎えるらしいです。酷い病に侵されている訳では無いので実感はあまりありません。ただ、一日の中で眠っている時間が増えたことぐらいでしょうか。昔を思えば、きっと、あの頃足りなかった睡眠を今になって補っているようにも思えます。
 生きる世界の違う僕たちが出会えた事は、奇跡なのでしょう。
 剣持さんたちと過ごした時間は、とても楽しくてあっという間でした。永遠に続けばいいと思うほど、大切なものです。今だから言いますけど、もう現世へ行けなくなった時、ちょっと泣いたんです。他の人には秘密にしておいてくださいね。
 会えなくなったとしても、ずっと十六歳でいる剣持さんを置いていくことが気掛かりです。貴方が強いことは十分にわかっていますが、それでもどうしても心配してしまう事を許してください。
 これからもたくさんの時を過ごしていく貴方が、少しでも元気でいられることを願っています。
 敬具
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 全ての文章を読み終わった時、自然と口から息が吐き出された。無意識の内に篭っていた肩の力が抜けていく。体を後ろに倒せば、視界に写るのは見慣れた天井だけだった。遮るように瞼をおろせば、視界は真っ暗になる。

 ――そう、そうか。

 心を占めるのはなんとも言えぬ納得感だった。呟く言葉すら見つからないのは、もう何度目だろう。

 いつからか、こういった手紙が自分の元へ届くようになった。発端は誰だったのか、記憶の限りでは思い出せない。
 人間の記憶は薄れていくものだ。だからこそ、こうして物が残ることは喜ばしいはずなのに、内容はちっとも喜ばしくなんてない。どうせなら何も知らせずに居てくれたなら、なんて考えたこともあった。
 届くようになった便りに憂鬱になり始めたのは、何度目の時だったろうか。

 目を開けて体を起こす。変な折れ目がつかないよう丁寧に紙を元に戻して、暫く封筒に書かれた文字を見つめる。立ち上がって向かった机の上には、何年も使い続けた教科書が置かれていた。
 鍵のついていない引き出しを開けると、そこにはいろんな人から届いた手紙が仕舞われている。全ての手紙において、目を通したのは一度だけだった。そう何度も読み返すような内容は書かれていない。
 新しく届いた手紙を同じように引き出しの中に仕舞いながら、これが最後になればいいのに、なんて無駄な願いを抱いてしまうのは、僕が他とは違う時を生きているからに他ならない。選んだのは自分自身だと言うのに、ひとつ、またひとつと手紙が増えていく度に願う。
 まだまだ増え続けるであろう手紙達を、いつか、きっと、笑いながら思い出せる日は来るのだろうか。
 一番上に重ねられた手紙を指でなぞりながら、僕は今日も生きている。