からあげ
【今日の晩ご飯は唐揚げです】剣持は今回の企画のために作成されたメッセージアプリのグループへそう連絡を入れた。すぐについた既読の文字は二。恐らく今この時間に配信をしている不破と自室で社長としての仕事を進めている加賀美だろう。甲斐田は桜魔の方へ用事があると言って戻っているため、すぐに確認できるとは考えづらかった。
時刻はまだ夕方。今から仕込めばちょうど夕飯時になるはずだ。剣持は自宅から持ち込んだエプロンに腕を通し、わざわざ自分で調達した材料を目の前に頷いた。
スーパーで売られている唐揚げ用の鶏もも肉を袋に詰める。四人分となればそれはもう量が多く、複数の袋に分けるしかなかった。おろしにんにく、おろししょうが、料理酒、醤油、ごま油を同じ量それぞれの袋に入れる。それぞれの調味料の濃い香りは自己主張が強いはずなのに、混ざり合っても不快なものにはならず、むしろ食欲を更に唆るのもへと変化するのだから素晴らしい。既に美味しくなることが確定しているそれらの入った袋の口を縛って、よく混ざり合うように手で揉んでいく。もも肉の柔らかい触感と、混ぜた調味料たちによって袋が滑る感覚が手に伝わる。まだ肉に調味料が染み込んではいないが、表面上に茶色く色付いたもも肉を揚げるのが今から楽しみだった。
すぐにでも油の中で泳がせたい気持ちを抑えつつ、もっと美味しくさせるためにここで冷蔵庫で三十分ほど寝かせる。全ての袋を揉み終わったあと、水分で重たい袋をそのまま四つ並べるように冷蔵庫へとしまった。
一度手を洗いエプロンを脱いだ剣持は、待ち時間にエゴサでもしようとスマホを開く。しかしタイマーを設定し忘れていたため、冷蔵庫の中身の存在を思い出したのは入れてから一時間が経った後だった。慌てて手を洗いエプロンを装着して取り出すと、予定よりもひんやりと冷たくなった袋がそこにあった。仕上がりに不安になりつつも、誤差だと思い直す。予め溶いておいた赤みがかった新鮮な卵を均等に袋に入れ、最初と同じようによく揉んだ。味の染みたもも肉に明るい色が混ざる。ここでも三十分ほど置いておくとさらに美味しくなるのと教わっていたけれど、今回は最初に一時間ほど置いてしまったせいで予定より時間が遅れているのでこのまま次の工程へ移ることにする。
ボウルの中に薄力粉と片栗粉を同じ量入れ、菜箸を使ってここに入れたもも肉に均等に着くようよく混ぜる。そこへ袋の中に入っているもも肉の水分を出来るだけ落として満遍なく粉を付着させていく。ひとつひとつ隙間なく白へと変わるように箸を転がした。薄い桃色から調味料の色である茶色へ、そして卵の黄色と変化していったもも肉は、最初の色とは全く違う純白を纏っている。この後はもう油で揚げるだけだった。
鍋の中になみなみ注がれている油を熱すると、何もしていないのに薄らと線が入っているような油の動きがわかる。菜箸を入れて温度を確認する。箸の周りに小さな泡ができたのを見て、白へと変わったもも肉をひとつひとつ、底に引っ付かないよう丁寧に落とし込んだ。
より美味しくするために二度揚げを予定しているため、一度目である今はそこまで油の温度が高くない。パチパチと油の弾ける音がキッチン全体に響いた。跳ねる油であまり視認できないが浮いてくるもも肉を菜箸で転がしながら、全体が薄らときつね色に変わるまで揚げ続ける。もも肉に火が通り、きつね色の向こうに白く変わった色が見えたところで一度全て引き上げた。設定していた火力を上げて、今度は強火へと変える。一度目に揚げたときに落ちた粉がまだ油の中で弾け続けていた。
数分置いて表面の熱が下がってから、薄いきつね色の塊をもう一度油の中に落としていく。二度目であるため最初よりは弾けることがないが、それでもきつね色の中から空気が抜けて周りを波立たせていた。コロコロ、コロコロと菜箸で転がし続けて、こんがりと色がついたときコンロのスイッチを切った。余熱で更に火が通る前に、キッチンペーパーを敷いたトレイの上に積み重ねていく。不揃いな見た目は、しかし、だからこそ美味しそうだった。茶色くなった海から引き上げたばかりのそれらはテカテカと輝いている。こんがり揚がった唐揚げの芳ばしい香りは、白米を誘う。
剣持はキッチン、リビングと誰もいないことを確認して、菜箸でひとつ持ち上げた。箸のあたった表面の衣が割れてカリ、といい音を立てる。ふー、ふー、と息を数回吹きかけて、出来たての唐揚げを半分ほど齧った。衣の薄い膜がパリ、と割れた。柔らかい肉が抵抗することなく裂けていく。中からキラキラ輝く油が勢いをつけて溢れ出てきて、キッチンペーパーの上にシミを作り出していく。口元を手のひらで覆った剣持は、熱気を逃すように口を開閉させる。あつ、あつ、と独り言を零しながら口の中の唐揚げを噛み締めるとじゅわ、と油が広がった。揚げたての唐揚げはものすごく柔らかい。しょうがとにんにくを醤油が包んでまとまった仕上がりになっている唐揚げは、噛めば噛むほど溢れる肉の旨味と合わさって、今まさに食べているところだと言うのに次へと箸を伸ばしそうになる。増え続ける旨味が出なくなるまでよく噛んだあと、火傷しないように気をつけながら飲み込んだ。
あとは大皿に移動させれば準備は終了である。菜箸を置いて手を洗った剣持はスマホを取り出し、グループへとメッセージを飛ばした。
【唐揚げ、完成しました】
ひとつつまみ食いをしたことは、誰にも内緒である。
