あにまるせらぴぃ

「わ、すご!」
「剣持さん上手いですね!」

 広い大地に緑が生い茂っている。丁寧に管理された芝生は寝転がっても心地が良さそうだった。暖かい風は自然の香りを運んでいる。キラキラと輝く太陽の日差しは強くなく、かといって弱い訳でもない今日は過ごしやすい気候をしていた。
 飼育員に手網を引かれながら歩く馬の上に乗っている剣持は、初めての乗馬にテンションが上がりっぱなしだった。咲き誇るようにニコニコと笑顔を浮かべている剣持はいつになくわかりやすかった。
 加賀美も同じく違う馬に乗っているが、そちらに飼育員はついていない。何度か経験のある加賀美は一人でも乗馬することが出来た。

「やばぁ……すごぉ……」
「語彙力」

 場内を一周、散歩するようにゆっくり歩いていく。二頭並んで、間に剣持のための飼育員を挟んでいた。
 牧場に着く前からそわそわしていた剣持は、いざ到着すると目を輝かせて歳相応の顔を見せた。普段大人びた顔をする歳下の先輩がはしゃぐ姿は微笑ましい。

「もっとこう、抵抗とかされると思ってたんですけどね」
「触れ合いのために育てられてますから、この子達は人に慣れているんですよ」
「なるほど」

 そもそもこんなところに野生の馬はいない、と伝えた方がいいのだろうか。一瞬考えた加賀美は、野暮だな、と思考を切り捨てた。楽しんでもらえているのならそれでいい。
 剣持の顔を見て、加賀美は微笑んだ。

 ▽

 事の発端は、剣持が収録の休憩中に呟いた一言からだった。

「馬って乗ってみたくないですか?」

 各々が休憩時間を満喫していた時、ぽつりと問いかけられた言葉。視線を集めた剣持は、それに気が付いていないのか「いいなぁ、一回でいいから経験してみたいよね」と独り言を零している。どうやら偶然SNSのオススメに乗馬の動画が流れてきたらしく、それを見ての一言だったらしい。音は消されているから聞こえなかったが、後ろから覗き込んだ不破は理解した。

「乗馬体験のできる所ならあるのでは?」
「え? そうなんだけど、一人で行くのは違うくない? 行けないこともないけどさ、その時の感情を共有出来る人間って大事だと思うんだよね」

 初めての体験だと余計にさ。そう付け加えた剣持は、スマホで時間を確認してから画面を落とした。
 ちょうどその時、タイミング良くスタッフが控え室に顔を出す。どうやら休憩は終わりのようだ。呼びに来たスタッフの後ろを甲斐田と不破が並んで歩き、その更に後ろに加賀美と剣持が並ぶ。
 加賀美は先程の言葉を思い出して、剣持に話しかけた。

「乗馬、しに行きます?」
「それはどういう意味で?」
「そのままですけど。何回かお世話になっている牧場があるので、行ってみませんかのお誘いですね」
「ROF-MAOで……?」
「それでもいいですよ」

 撮影無しの完全オフで集まったっていいだろう。それなりに同じ時を過ごしてきたのだから、遊びに行く事だって問題ないはずだ。今更よそよそしい時間が訪れるような間柄でも無い。
 剣持は少し考える素振りを見せたあと、加賀美から視線を逸らして答えた。

「まあ、予定が合えば」


 結局それぞれ忙しいのもあり、予定が合ったのは加賀美と剣持の二人だった。というよりは、案内のための加賀美、言い出しっぺの剣持の予定を合わせた日に二人が仕事の都合で合わせられなかった、の方が正しい。
 蹄の音は芝生に吸収されて聞こえることは無いが、動いているのを見るだけで幻聴が聞こえてきそうだった。めぐるましく過ぎていく日々の中で、今日のようにゆったりとした時間を過ごせることは有難いことに稀である。
 空は澄んでいてとても綺麗に輝いているし、都会に住んでいれば耳慣れた雑音はこの場所では聞こえない。時間も気にせずにのんびり景色を楽しめる時間は、いつから取らなくなったのだろう。巡らせた思考から思わぬ所でダメージを受けてしまった加賀美は、一周し終え馬から降りた剣持にお疲れ様です、と声をかけた。

「どうでした? 初めての乗馬は」
「いいですねぇ! 慣れないと言えばそうなんですけど、やっぱり動物って癒されますね! 普段無法地帯で活動している分、我々配信者にこういう時間は必要だと思わされました。まあ僕の家には犬がいるんですけど」
「そうですか。それは良かったです」

 下がる事の知らないテンションのまま話す剣持の後ろで、剣持を乗せていた馬が飼育員に頭を擦り寄せていた。初心者である剣持を楽しませたことに対して褒めてほしそうな顔をしているように見えるのは、果たして加賀美の見間違いだったか。