そらがなくとき
――空が泣いた。空はずっと晴れているのに、晴れているはずなのに。ぽたり、ぽたりと落ちていく雨はひどく静かだった。
テーブルの上に水滴を落としている甲斐田は、どこか遠くを見つめていた。意識もぼんやりとさせているようで、部屋に入ってきた不破のことは視界に入っていない。後輩の初めて見る姿に不破は驚くことはせず、静かに椅子を引いて腰を下ろした。ズボンのポケットから取り出したスマホで、この場にはいない二人の連絡先を開く。二人とも個人的な打ち合わせでスタッフに呼び出されているため、戻ってくるのにもう少し時間はかかるだろうが、それはそうとして。打ち合わせの内容を不破が知ることはできないのでどれだけ時間がかかるかはわからない。わからないけれど、遠回りしてくれればいいな、と思う。
雨は降り続けている。
ただただ、静かに降り続けている。
不破は不要となったスマホの画面を伏せてテーブルの上に置く。小さな音が鳴ったが、それでも甲斐田はどこかを見つめたままだ。不破は甲斐田に声をかけることなく、ただその様を見つめていた。
きれいなそらがないている。
その涙もまた、きれいに輝いて見えた。
不破は、甲斐田が泣いている原因を知らない。わからない。普段弱々しい声を出すことは多いけれど、実際のところ、甲斐田はつよい男だった。泣き言も重ねれば弱音だって吐くがその感情が涙となって流れているところを見るのは初めてだ。
なんとなく、泣かない男なのだとばかり思っていたけれど。
最後の一滴がテーブルの上で弾けた。空が姿を隠して、数秒。次に見えた空は、きれいに晴れていた。
甲斐田の瞳が動いて、その中に不破の姿を映し出す。ぱちり。驚いたようにまつ毛を震わせた甲斐田の口が小さく動く。
「……ふわさんいたの………………、え!? 不破さんいつからそこに!?」
「うるさっ!」
すぅ、と息を吸い込んだ甲斐田の顔は俯いてしまって見えなくなった。おそらく、なんと言い訳するか考えているのだろう。くだらない。
別に、誰かに言ったりしないのに。揶揄うつもりなら加賀美や剣持に遠回りしてなんて連絡を送らないのに。
バカやなぁ。
ころころ。ころころと舌の上で転がした言葉たちは、音になることを知らないままだった。
「なんで泣いてたん?」
いまだずっと考え込んでいる甲斐田に声をかけるが、言葉にしたすぐあと、あまりに直球すぎたかと思い直す。しかし口から出た音を取り消すことはできない。不破は、言葉を上書きすることなく甲斐田を待った。
「………………、ちょっと、桜魔の方で……、たぶん、ストレスが溜まってたんだとおもいます……すみません、変なとこ見せちゃって」
重たく口を開いた割に、耳に届く音は軽かった。わざとそう話しているのだとすぐに気づけたのは、ある程度彼の性格を把握しているからだった。
へらり、と対して感情も篭っていない笑みを見せた甲斐田に、不破はただ「ほーん」と、無関心に近しい声色を出す。
話を聞いてほしいのだとしたら、不破は会話を広げてストレス発散に付き合うだろう。そこまで無情な人間ではない。しかし、人のいない時にひとりで泣いていたということは。不破に気づいてすぐにおどけたと言うことは。つまるところ、そういうことであるので。
まあ、いつ誰がやってくるのかわからない控え室だったのは、甲斐田の落ち度ということで。
続けてまた謝る甲斐田の声を聞きながら、不破は、己の行動が間違っていなかったことに、そっと安堵した。
