フレンチトースト
カーテンの隙間から溢れ出る光によって目が覚めた。透明度の高い光はまだ早い時間であることを示している。見慣れない天井と、普段よりも硬いベッドに自分が今どこにいるのかゆっくりと頭を回して飲み込んでいく。そうだ、ルームウェア企画……。
いつも過ごしている部屋と違うのは、番組の企画が理由だった。枕元に置かれている目覚まし時計を見ればまだ朝の四時半。随分と早くに目覚めたものだ、と体を起こして伸びをする。同じユニットのメンバーがどんな生活リズムをしているのか加賀美はまだ知らないが、どうせ早くに目覚めたのなら朝食の準備でもしていよう。なんせうちには高校生がいるので。そう考えて、早速加賀美はパジャマ手をかけ着替え始めた。
冷蔵庫の中には基本的な食材や調味料は揃っている。全てスタッフが用意してくれたものだった。
まずカウンターに置かれている四枚切りの食パンを全て取り出し半分に切り分けていく。それぞれ三箇所ほど切り込みを入れて、一旦放置。次にボウルと卵を取り出して殻を割る。赤みの強い綺麗な卵が四つ、つるんとボウルの中に吸い込まれていった。菜箸で黄身を割るととろりとゆっくり広がっていくのを見て、加賀美は無性に卵かけご飯が食べたくなったがまたの機会にでもしよう。炊きたてのツヤツヤと光輝く柔らかいご飯に、新鮮な卵と専用の醤油を使った卵かけご飯は絶品なのだ。
ボウルを斜めに傾けて菜箸を回していく。黄身と白身が混ざって色が全体に広がっていく。牛乳を入れると色がまろやかになり、更に砂糖を加えると回している菜箸の触感が変わった。耐熱皿に一枚分の食パンをおいで、満遍なく掻き混ぜた卵を注いでいく。じわじわと浸透していくのを見て頷いた加賀美は、サランラップを取り出しお皿にかけた。電子レンジにお皿を入れ、タイマーを一分にセットする。スタートボタンを押せば中の皿が回りオレンジの光を放った。温め終わる前にフライパンと冷蔵庫からバターを取り出し、弱火で温めていく。既にカットされているバターをひとつフライパンの上に落とせば、ゆっくりと半透明の琥珀色の液体となってフライパン全体を染め上げた。
チン、と電子レンジでの加熱が終了した音がキッチンに響く。取り出すとラップで中身は見えないが、卵本来の匂いと砂糖の甘い香り。その二つをまろやかにする牛乳がほんのりと混ざりあって、いい香りを漂わせていた。クリーム色に染った食パンはそれだけでも美味しそうだった。
弱火で熱していたフライパンの上に半分に切られた食パンを並べる。じゅぅ、といい音がして、バターを染み込ませるように菜箸で食パンの位置を調整する。そのまま暫く置いて、こんがりとまだら模様に焼き色がついたことを確認したあと、崩れないように食パンを裏返した。その瞬間強くなる香りのなんといいことか! 早く食べたい気持ちを落ち着かせつつ、もうしばらくの辛抱だと蓋をして今度は蒸し焼きにする。強火にすればはやく焼けはするだろうが、そうしてしまっては最高に出来のいいフレンチトーストを作ることは出来ない。我慢だと言い聞かせつつ、自分の手は焼け具合の確認と称して蓋の中身をちらちら見てしまった。
菜箸で質量のある食パンを軽く持ち上げ、しっかりと両面に模様がうまれたことを確認して、コンロの火を止めた。蓋を開ければ一気に立ち上がる湯気は甘い香りを含ませている。正面から受け止めた加賀美は喉を鳴らして、棚から一枚皿を取りだした。
まだ焼いていない分は染み込ませて冷蔵庫にしまっておく。彼らが起きてきてから焼いた方が染み込んでいて更に美味しくなるだろう。
ナイフとフォークを準備して、いざ実食!
ナイフを差し込んで一口サイズに小さく切り取ったものを、今度はフォークを使って口の中へ運んだ。口に含んだ瞬間、じゅわじゅわと甘みが広がって、焼いた香ばしい香りが鼻を通り抜けていく。舌で潰すようにすれば簡単に潰れる柔らかさ。口の中で溶けるほどではなく、しっかりとそこにある食感。噛む度に甘さが口の中に広がって幸せな気持ちが胸を満たす。卵と砂糖の甘さと牛乳のまろやかさがちょうどよく混ざりあっていて、目分量で即席で作ったにしては最高の出来になっている。おもわず口をついで出たうま、の独り言と共に、二口目、三口目と進めていく。
ここにはちみつをかけたり生クリームが添えられていたならばもっと美味しくなっていたに違いない。そんな確信をもって、しかし男四人で住まう家にそんなものが置いてあるわけもなく。ここに挽きたての豆で入れたコーヒーがあれば最高の朝食になっていただろう。次があれば自分で用意した材料を使ってチャレンジしてみたい。その時にははちみつも生クリームも準備して味変するも良し、苦味の強いコーヒーも入れて甘さを際立たせてみたい。
あっという間に完食してしまったお皿を前に、ご馳走様でした、と手を合わせた。
