悪夢なんていうものは唐突だ。抑々、訪問を予知することが出来るのであれば事前に準備をしてもう少しましな顔でテーブルにつかせて作っておいた茶菓子をふるまうだろう。悪夢と云うのは実に迷惑な客である。
夢には個人差があるというが、俺の見るようなものは意識が薄ぼんやりあって思考の余地がある。それに少しだけ平素を生きているように身体を動かせる。つまりアニメーションのような物だ。
小さい頃の自分がいる。今自分はそれを客観視している。同一人物なのに変な話だ。これでは全く他人の様でなんだか何処でも聞ける与太話の様な感覚を覚える。
幼少期の夢を見ると決まって同じ日、同じ内容の夢だ。
この日は友人と何時もの通りに研究書や論文、魔法書を好きなだけ広げる。どれもお互い何度も目を通して、何度も語り合ったものだ。
子供ながらにマンネリというものは存在する。この日はその状態に刺激を与えるためで、フラスコや薬品などを持ち寄った。大半は買ったものか、足りなければお互いの知識から捻出して持ち込んだもので、思い出というならばこう云う体験を指すのだろう。
問題はこの場面である。
齢10に満たない俺たちは学校の外で杖を振ることは許されていない。それは魔法学校を卒業した両親や彼の母も口を揃えて云う事だ。
しかし、好奇心とは残酷なもので、幼心も同等に残酷だ。
脳内に轟々と響く爆発音は酷く不快、否が応でも飛び起きざるを得ない。この日更に目を見張らせたのは、ベッドの傍に見慣れた友人が佇んでいたことだ。身体を起き上がらせたからと言って、脳は覚醒には及ばず、此の事態を処理することはできなかった。俺が何かを言う前に彼はよく滑るその口を開いた。
「スーラ、大丈夫」
彼は俺の夢見の悪さを知っていたのであろう、冷静ではあるが心配そうな声質でもって質問を投げかけるが、残念なことに脳味噌は渦を巻いて、神経はストライキ中と上手く発語が出来ない。
はくはくと音にならない呼吸音ばかりが耳に障る。魚も陸に引きずり出されるとこれ程苦しいのかもしれないと思うと少しは慈愛のお気持ちが生まれる。
「OK。じゃあ、ちょっと詰めて」
ケットの端を摘まんで彼はその隙間に身を滑らせた。夏の始まりに彼の体温は少し暖かすぎるくらいに思えた。
「いつから、」
「ああ、それは気にしないで。それよりもうお休みよ、サラ」
「君は、眠らないの」
「俺ももう寝るよ。ね、」
だから、と言葉を続けて、彼は少し露出していた肩にケットを掛けて柔らかく背をたたいていた。トン、トンと穏やかなリズムだった。
母や父が背を撫でてくれることがあればこんな心地だったのだろうか。今だけは彼が与えてくれる温度を享受する事が許されるのだろうか。
重くなった瞼が自然に落ちれば、横の安堵の気配と瞼に落とされた感覚を感じながら意識はシーツに溺れた。
「おやすみ、サラ。願わくば君の悪夢が晴れますように」
「ねえ、サラ。昔に比べて寝つきが善くなったね」
「それもこれも君のせいだろう」
「ふうん、それはどうだろうね」
「君が俺のシーツに色々詰め込んでいるの、ばれていないと思ったら大間違いだよ」
「あはは、それは僕からのちょっとしたプレゼントだよ」
「プレゼントねえ……。俺も君に同じ様な事してるって云ったら、君も驚くのかな」
「……それは初耳だな」
「そうだろうね。まあ、相思相愛って事だよ」