編集者スピネルに文字通り尻を叩かれる話

「ナマエ先生、進捗いかがですか?」
「しんちょくだめです……」

ナマエは締切前で溶けていた。パソコンの画面に向かいながらキーボードを叩く。完成まで程遠いそれを、ひとつずつでも進めてはいるのだが、どうも筆が乗らない。

そうやって悩んでいるあいだにも、ビデオ通話を繋いだまま編集者に監視されている。彼女があちらこちらに逃げないように。よくもまあ便利なものを発明してくれたものだ。締切に追われているナマエにとっては不都合なのに、監視役である彼にとっては非常にありがたい代物なのだろう。

「このあいだもそう言ってましたよねえ」

イヤホン越しに聴こえる低音がナマエをやんわりと責めてくる。

「言ってましたあ……言ってたんですけど……」
「けど?」
「うう……もう、ぜんぜん進まなくて……どうしよう……」
「それは先生が悠長にしているからですよ。取材だと言い張って関係のないところへ出かけたり、目的もなくSNSをひたすら見たり、ほかにも……」
「もういいです、痛い言葉をありがとうございます」
「どういたしまして」

かけてくれる言葉自体はやさしいのに、どこか棘がある。それぐらい遠慮せず指摘できて、かつ要領もよくなければ編集者は務まらないのだろう。ナマエが大変なお仕事だな、と呟こうものなら、スピネルから「先生も大変ですよねえ」なんてチクリと刺されるのだ。

「……今からそちらへ行きますから、それまでに完成できますね?」
「えっ」

今から!?
この部屋に!?

何度かスピネルを呼んだことはある。あるけれど、締切前のせいでまともに部屋の片付けをしていないこの空間に異性を呼ぶというのは些か憚られる。

「できるかどうかはわからないです」
「できますね?」
「……がんばりま〜す……」

ナマエの担当編集であるスピネルは、かれこれ数年の付き合いだ。紺色のスーツにノーネクタイを着こなし、黒縁眼鏡をかけているおかげか目元の印象がはっきりとしている。緑青の髪は後ろで一つにくくっており、それを下ろしたところも目にしたことがあった。その装いは誠実そうなのに裏がありそうで、良くも悪くも創作に使えそうなひとだな、というのがナマエからの印象だった。




スピネルが部屋を訪れるまでの数分で書きあがるわけもなく。玄関のインターホンが鳴ってしまう。以前、モニターを確認せずに玄関に出たらスピネルにはやれ“自覚が足りない”だの、“危機感を持て”だの、相当叱られてしまったから、仕方なく画面を確認してからロックを解除する。

「はあい、どうぞ〜」

彼には合鍵を渡しているため、二重のオートロックさえ解除してしまえば、玄関を開けることは何の問題もなかった。とはいえ、スピネルはナマエの住むマンションのオートロックの番号を知っているのでナマエが解除せずとも部屋へ入り込めるのだが。

上へ上へと昇っていくエレベーター内で、スピネルは想像していた。きっとナマエはまだ原稿の途中である。彼女が適当な理由をつけてそれに取り掛からないのは毎度のことだった。しかし、おそらくだが彼女は期待している。スピネルに追い立てられることを。

ようやく辿り着いたナマエの住む部屋の前。スピネルは諦めながらインターホンは鳴らさずにそのまま室内へ入り込んだ。廊下を進み、右側三つの扉のうち一つ目が寝室、二つ目は作業部屋で、三つ目が洗面所と風呂場だった。スピネルは間取りまで把握している。なぜならここを訪れるのは一度や二度目ではないからだ。泊まりがけになることもあり、間取りはもちろんのこと、物の位置などももしかすると家主より把握しているかもしれない。

「で、ナマエ先生は財布を持ってどこへ行くつもりですか?」
「え、えっと〜……あっ、気分転換に飲み物を買いに行こうかな〜って」
「必要なら私が買ってきます」
「そ、そんな……ひどい……!」
「なにか都合が悪いですか? まさか先生に限ってどさくさにまぎれて逃げる……なんてことないですよねえ」
「ないですありえませんげんこうたのしいなあ」

棒読みにもほどがある。先週にもスピネルが部屋を訪れたときに、冷蔵庫にはおいしいみず以外にも飲み物があったはずだと記憶していた。

「お部屋へ戻りましょうね、先生」
「はい……」

ナマエはしぶしぶ作業部屋へ戻っていく。反抗的な態度はまるでまだ懐いていないポケモンのようで、スピネルにはそれがおもしろかった。揶揄うといい反応をするのだ。

作業部屋に新しく揶揄い材料を見つけたスピネルは、それを手に取る。アルミ製のピンチがいくつか付いた室内干し用のハンガー、それにかけられた女性用の下着類。レースたっぷりのショーツは透け感があり、サイドには引っ張ればすぐほどけてしまう紐でリボンが結ばれていた。スピネルは新しい玩具を手に入れた子どものように、指先でそれを遊ばせる。

「あっ、ちょっ、やだっ! なに持ってるんですか!!」
「こんなのいつ買ったんですか? 毎日お忙しい先生が」
「紐のところぴらぴらするのやめてよ! えっち! 変態!」

軽口を叩きあえるほどに二人の仲は悪くなかった。そして、いつからだったか二人は男女の仲でもあった。

「……これ、穿いたんですか?」
「えっ……と、穿いてませんよ。資料として使えるかなと思って」
「じゃあなぜ洗濯を? 穿いていないなら洗う必要ないでしょう」
「あー…………」

どうもナマエの言葉切れが悪い。ばつが悪そうな表情で指先を遊ばせている彼女は、心なしか頬が赤く染まっている。

「こないだスピネルさんが帰ったあと、ひとりで、それ穿いて、……しました」
「ああ、欲求不満だったんですね。あんなによがっていたのでお気に召したかと思っていたのですが」

これまでスピネルは「このような作品にしてほしい」、「今はこういった傾向が売れている」とナマエに助言していた。そして、彼女自身も知識がないだの経験が足りないだの言うことがあるので、スピネルは“手伝い”をしていたのだった。

「穿いてみてくださいよ」
「えっ、でも原稿が……」
「穿いて私に見せるだけですよ。それ以上何を期待しているんですか?」

スピネルの細くしなやかな指先に遊ばれたナマエのショーツが、ようやく彼女の手元へ渡る。サイドの紐を引っ張る仕草がやけに官能的だったので、ナマエは期待していた。長くて繊細な指が、自分の肌をすべっていくことを。その先を想像しながら、集まってくる熱をなんとか放出しようとぱたぱたと手で顔を仰ぐ。

「……穿けました」

ナマエが控えめにスカートの裾を持ち上げると、スピネルは「ほら、もっとよく見せて」と余裕たっぷりに迫る。

「……もう、だめです。これ以上は……したくなっちゃうので」
「ナマエ先生は私のことが好きですからねえ」

スピネルから逃げる、という選択肢は初めから無い。スピネルが似合いますよ、とだけこぼせば、ナマエはしぶしぶ俯きながらパソコンの前へ戻った。作業用のデスクチェアに腰かけて、落ち着かない様子のままキーボードを叩き、続きを書きはじめる。スピネルはそれを横目で監視するのみ。

彼女の手と思考が止まり、ほんの寸時ぼうっとしていると、スピネルはめざとくそれを指摘する。

「手が止まっていますよ、先生」
「ああ……ごめんなさい、行き詰まりました。あと、肩がちょっと痛くて」
「どのあたりですか」

スピネルはすかさずナマエの背後に回りこみ、凝り固まった両肩をほぐしていく。衣服の上から親指にぐっ、と力を入れながらピンポイントで肩甲骨の凝ったところを押されていく。そして鎖骨に沿っていくしなやかな指が気持ちいい。決してあたたかくはないスピネルの手が、指先が、こちらに触れるたびに身も心もほぐれていくようだった。

「痛くありませんか?」
「いえ、平気です」

肩こりには、肋骨まわりの筋肉もほぐしたほうがいいと聞く。スピネルは彼女の脇の下へ手を入れて、やさしく上下にさすった。

「あ、あの……ちょっと、くすぐったい、です」

脇の下とはいえ、際どい場所でもある。位置を確認するように、胸のほうに向かって親指で押圧される。圧迫されたと思ったら緩められ、力の加減がなんとも絶妙だ。

「んっ……」

胸の丸みに沿ってスピネルの指先が撫でていく。ちょうど膨らみの周りを焦らすようにそっと触れられ、ナマエはくすぐったさ以上の戸惑いを感じていた。先ほどスピネルは「期待するな」と言ったが、そうは言っても欲は出てくる。

スピネルの名前を呼び、辛抱たまらないといった表情で見上げると、その言葉を待っていたかのようにスピネルは口角を上げた。



────



「あっ、あ、すぴね、や、ぁっ!」
「先生、あんまり締めないでください」
「そこだめ、あっ!」

期待で濡れそぼった入り口は、すんなりとスピネルを受け入れていた。作業用のデスクチェアに座るスピネルと、そこへ向かい合ったナマエが腰をおろす。彼女の細い腰を掴んで上下に揺さぶっては、ぐちゅ、ぬちゅ、と淫らな水音が漏れてスピネルを喜ばせる。お互いの衣服は床の上に散らばり、重なっている。

「ん、う、ぁっ、きもちい、……っ」
「ふふ、ナマエ先生はすぐにそう言うんですから」

スピネルが満足げに微笑むと、褒美だと言わんばかりに浅いところから深くまで抜き差しを繰り返してやる。熱がこもってあまりにも瑞々しい肌にもっと触れていたくなったスピネルは、彼女の細い首筋に舌を這わせた。

「っあ、あぁっ!」

スピネルの手はナマエの胸をなぞる。彼女の肉感に手のひら全体の感覚が研ぎ澄まされているようだ。それほど力を入れているわけでもないのに、自分の指が彼女のやわらかい肌に沈んでいく。少し握力を強くするたびに指の間からこぼれる。

「ふ、ぁ……」
「こちらのほうがお好みですか?」

中心でツンと張った先端を摘まむと、たちまち彼女の言葉は甲高い喘ぎに変わる。やわらかい肉質の中心はやや硬く、そこを二本の指で挟んでから質感を楽しむように摘まんだ。

「ぅ、あ!」
「ナマエ先生はここも弱いですもんね」
「ん、きもちい、すぐいっちゃう……」
「ダメですよ、まだ私がイってないんですから我慢してください」

普段の涼しげな表情から打って変わって、眉間に小さく皺を寄せてナマエを攻め立てるスピネルの姿は、彼女にとって情欲をかきたてる理由にしかならなかった。

ナマエがスピネルの胸元へ縋りついたあと、繰り返される抽挿から漏れる淫靡な音に混ざって、どこからか着信音が聞こえた。どうやらスピネルのスマホからのようで、手繰り寄せて画面を確認する。

「おや、会社からです。……出てもいいですか?」
「ぁ、だめって言っても出るくせにっ」
「電話の邪魔にならないように静かにしていてくださいね」

それはほとんど無理な要求だった。スピーカー状態のまま話し始めたスピネルは、冷静な声色のまま話し始めた。

「お疲れ様です。……ええ……はい」
「ん……っ」

お腹の裏側を浅く抉られて、思わずナマエの甘い呼吸が漏れる。せっかく向かい合ってめずらしく抱き合える体位だったというのに、スピネルはナマエを立たせてデスクに両手をつかせる。通話中なのに器用なものだった。スピネルが背後から責め立てる体位になり、しっかりと熱の塊を咥え込んだそこへ手を伸ばし、その上にある突起をあやしてやる。スピネルがそこを転がすたびにナマエは身を捩らせて快感を逃がしているようだったが、そううまくはいかない。

「う、ぁ、やぁ……!」
「今ちょうど先生の尻を叩いているところでして」

瞬間、スピネルの平手がナマエの白い尻を揺らした。振り下ろした手のひらはナマエの臀部に刺激を与える。

「あぁあっ!」
「そうなんですよ。毎度のことながら締切前の先生にはほとほと困っています」

乾いた音が静かな部屋に響く。彼女はどうやら多少痛みにも強いらしい。いや、もしかすると“スピネルに叩かれている”ことへの劣情かもしれない。

「やっ……!」

ぱちん。叩くたびに締まりがよくなり、襞が擦れる感覚がたまらない。硬い熱はなかなかどうして治まりそうにない。たまらずもう一度白い肌に手を振り下ろした。

「ん、ああぁっ」
「先生、今すごく締まりましたね。……いえ、こちらの話です」
「っふ、あ、あっ、ゃ、ぁ……!」
「ええ、もちろん原稿は落とさないよう先生には言い聞かせていますので……ええ、抜かりはありません」
「あっ、そこ……ん、ぁ……っ」
「そうなんですよ。先生、私の言うことは聞いてくれるので助かっています」

胸の突起をきゅっと抓られる。決して強くない力加減に、ナマエは思わず声をあげてしまう。

「っ、あぁっ!」
「声? いえ、私には聞こえませんでしたが……気のせいでは?」
「あ、んっ、すぴね、やっ」

ナカを揺さぶって、彼女の隠された粘膜を突くたびに漏れる嬌声。それに感化されて頭の奥のほうがぞわりと寒気立つような感覚に陥る。こんなにも熱いはずなのに。

ようやく終わった通話。ナマエはほっと胸を撫で下ろしたが、このあとに待つ激しい行為のことはすっかり頭から抜け落ちていた。

「電話の邪魔にならないように、と言ったじゃないですか」
「ちがっ、あ、スピネルさ、が、っあ!」
「私のせいですか? 違いますよ。先生が感じやすいのが悪いんですよ」
「っあ、あぁっ」
「締める暇があったら手を動かしてくださいね」
「そんなのむりぃ、あっ」
「先ほどのは勝手にいやらしい下着を買った罰とでも思いなさい」

手で何度かナマエの尻を叩いたスピネルだったが、数回目に尻のかたちを確かめるように撫でてから、もの寂しそうにする陰核に指を這わせる。

「あ、ん、はぁ、」
「ああ、ナマエ先生には何をしてもご褒美になってしまいますね」
「ふ、ぁ……い、やぁっ」
「ナマエ先生、セックスのときは嘘つきですもんねえ。気持ちいいのにイヤとかヤダとか」

スピネルはわざとナマエのいいところに当たるように自身の熱を押しつけた。そこを繰り返し擦って腰を打ちつけると乳房が揺れてナマエの甘い嬌声は止まらない。

「やだっこれすぐいっちゃう、あ、ぅ、あぁっ!」
「好きですねえ、これ」
「すきっ、これきもち、ん、あ、あぅ」
「奥、突くたびにどんどん溢れてきますね」
「やだぁ、言わないで……!」

粘着質な破裂音が、二人に激しさと快感を与えてくる。弾けるように奥を一方的に責めると、彼女の瞳からひとすじ、生理的な涙だろうか、それが伝う。

「あ、あぁっ、やっ、また、あ゛ぁっこれダメっ」
「また嘘つきましたね」

挿入されたまま尻を叩かれる。スピネルの思ったとおり、叩けばナカが窮屈に締まっていく。わかりやすい。ナマエはスピネルから執拗に与えられる快楽でじわじわと満たされていた。

「いく、イっちゃう……! はぁ、あぅ、ぁ!」
「まだダメですよ」
「ん゛んっ、あぁ、おくっダメっ、すぐイくぅ……!」

ナマエは尻だけを高く上げ、スピネルから与えられる快感をただひたすらに享受していた。ぐちゅぐちゅと下の口が鳴り、それに気を良くしたスピネルは腰を奥へと進める。進めなくなった先はどうやら最奥で、子宮口に亀頭が当たりナマエはまた果てようとしていた。

「ああ゛っ、いく、いっちゃうからぁ! ん、あぁあぁ〜〜〜っ!」

ナマエは背後のスピネルから逃げられずに苦しそうに声をあげ、またすぐに果てた。スピネルは容赦なく律動を速めていく。

「あ゛あぁっ! あっ、は、ぁうっ、もっ、むり゛っ、こわれる゛っ、こわれちゃうぅっ」
「またそんなこと言って……。ナマエ先生のここ、大事そうに私を締めつけて離してくれませんよ」

事実、そうだった。スピネルのもので満たされたナマエのそこは、締めつけて離さないのはもちろん、キツすぎてすでに果てそうである。攻めれば攻めるほど、出し入れを繰り返すほど、彼女の蜜と快感が溢れてくる。

「あっ、ぁ、すぴね、はやくっはやくイってよぉ!」
「先生にかわいくお願いされたからには仕方ありませんねえ」

そして、だんだんと自分の欲に正直になっていく彼女を見てスピネルは充足感でほくそ笑む。一種の支配欲もあるかもしれない。ナマエは原稿をやりたくないと言うわりには「書くことは好きだ」と主張する。そんな彼女を自分の手の上で転がして、言うことを聞かせ、素直にさせる。ありふれた男女の関係とは違い、二人の関係はほんの少し歪だった。

「ぇ、あっ、も、ダメっ、あぅっ」
「ナマエ先生、先生……!」

スピネルは押し込むように最奥までずるりと差して腰を振った。お互いに余裕なく、限界を迎えたあとは白濁した液体を一滴残らず奥で放った。最奥で吐精し、子宮口へ先端を押しつけられる。深い絶頂に苦しめられたスピネルの滾りと、対してナマエは仰け反ったままなんとか息を整えていた。




────



「どうするんですか、先生」

今朝からあまり進んでいない原稿入力画面を見てスピネルがちくりと棘を刺す。どうするもこうするも、行為に持ち込んだのはスピネルの責任もあるのだから多少手伝ってほしいものだ。

「お願い、手伝って……今日中に終わるわけない……!」
「手伝いませんよ」

ぴしゃりと否定される。こんな調子だと次回から孤独な原稿合宿に放り込まれるかも、とまるでこの世の終わりみたいに光のない顔をしていると、「そんなに落ち込まずとも大丈夫ですよ」と励ましの言葉が降ってきた。

「今日は仮の締め切りですから。本当の締め切り日は別にあります」
「へ……? そ、それってわたしに嘘ついてたってことですか!?」
「嘘なんて心外ですねえ。私は自分自身のためにも、先生のためにも複数締め切り日を設けていただけのことですよ」

スピネルがあっけらかんと言う。前倒しでスケジュールを組むは普通なのだと。それなら今夜は根を詰めてやる必要はない。そう楽観的に解釈したナマエと、それを見たスピネルは楽しそうに「本気で尻を叩かれたいようですねえ」と返すのだった。もしかすると、ナマエはまた叩かれたいがために締切を守らないかもしれない。