※モブ部下視点
※モブが二人のセックスに絡むことはありません
その日、俺は危惧していた。スピネル様の頬に、とある跡を見つけたから。
エクスプローラーズの一員として働きはじめて、かれこれ数ヶ月。まだ下っ端の存在である俺は任務に駆り出される毎日で心身ともに疲弊していたのだが、ようやく周りを見る余裕も出てきたところだ。
これならやっていけそうだ、と廊下をスキップしそうな勢いで歩いていると、前から上司が歩いてくるではないか。そう、スピネル様だ!
一応部下というテイになってはいるが、スピネル様から直々に任務を与えられたことは……そういえば無い。
「スピネル様! お疲れ様です!」
「……ああ、あなたですか。ご苦労様です」
もしかして俺の存在を認識していらっしゃる? ただの一部下だというのに。大した功績もあげていないのに。
「……あれ、スピネル様。顔に傷が……!」
「キズ? 傷なんて私には……」
上司は小首を傾げながら折りたたみ式の小さな手鏡でそれを確認した。まるで人に引っかかれたような小さな傷口。色白なスピネル様にはよく目立ってしまう。あれ、その手鏡って女性用ですよね。どこかで見た覚えがあるけれど……どこだったか。もしかして誰かと揃いで使っているのだろうか。まったく女性の影は見えなかったが、上司も男だったというわけだ。
どうやらスピネル様には思い当たるところがあったようで、誘い込むような微笑みを見せてからその傷はティールグリーンの長髪で隠されてしまった。スピネル様でも都合の悪いことあるのだな。
「ふ、ふふふ……いえ、私の大切な“手持ち”がイタズラしただけですから」
「そうなんですか? いつのまに新しいポケモンを……」
スピネル様には三匹の手持ちがいて、ブラッキー、それにレアコイルにオーベムと、頬を引っかくような人型のポケモンはいなかったはず。しかし、さすがだ。三匹を巧みに育てるだけでなく、新しいポケモンまで捕まえるなんて。
「……まだ躾のなっていない子でしてね」
「スピネル様でも躾に手間取ることあるんですね、意外です」
「おとなしい性格かと思いきや“てれや”さんだったようで、多少強引でも行為を進めようとしたら昨夜に叩かれてしまいまして。もう少し“すなお”ならよかったんですが」
ポケモンたちは性格ひとつで育て方が変わるから大変だ。幹部にもなると、ポケモンを捕まえるだけでなく性格にまでこだわる必要があるんだな。深く感心していると、スピネル様は含みのある笑みのまま、俺の横を通り過ぎていった。
────
その夜、仕事は終わらなかった。一部は明日に持ち越すとして、最低限のことは終わらせてから帰ろう。自販機にでも行って、少し気分転換でもしようと思い立った。
長い廊下を歩いていると、奥のほうにある倉庫から何か漏れ聞こえてきた。苦しそうな女性の声。普段は使われていない倉庫。そこは普段から人の気配がなければ、好き好んで近づく者もいない。あそこへ資料を取りに行ったり、研究と称して随分と長らく篭っているのはスピネル様かアゲート様ぐらいだ。
「っあ……!」
この時点で素知らぬ顔をして帰ればよかったんだ。しかし、声に聞き覚えがあったから興味本位でほんの少しだけ開いた扉から覗き見てしまった。
「あ、あぁっ、だめっ!」
え、えっ!?
いや、待て待て待て!!
ナマエさんだ……。あれは紛れもなく、俺がエクスプローラーズに入ってから散々焦がれてきたナマエさんの姿だ……。
スピネル様の下についてる他の人たちはなぜかピリピリしていて人員の入れ替わりが激しいほどなのに、彼女だけはやさしく対応してくれて、ほんの少しだけでも付き合えたらいいなあとか、あわよくばメシだけでも行ってくれないかなあ、なんて思っていたのに。それが、なぜ。
「ん、ぁああっ!」
相手の男はちょうどナマエさんの背後にいるから、陰になって見えない。誰だよ。俺の(まだ俺のではないが)かわいいかわいいナマエさんにちょっかいを出しているヤツは。
「あ、んぅ……」
音を立てずに息を殺して、どうにかこうにかナマエさんの“いい角度”を探した。中途半端に服を着たまま行為を進めているせいで、全然見えないじゃないかよ。あーあ、ナマエさんの相手は着衣プレイが好みなのかな。それとも余裕なくて脱がせる前に挿れてしまったか。
「あっ、あ、おく、あたって、あぁあっ!」
相手に背後から突かれて、ナマエさんの胸が強調されながら揺れる。それを逃がさまいと手繰り寄せた男の細い指がそこへ沈みゆく。やわらかそうな膨らみの白肌と、中心部分の果実のような赤。二つの対照的な質感に魅せられて、俺の下半身がより熱くなった。
「っ、あ、ん……」
しかも、相手が焦らしているのか、たっぷりと時間をかけて周りを撫でさすっている。あまりにも胸の突起を弄らないからナマエさんがもどかしそうに甘えた声でさわって、とおねだりをした。なんだそれ。かわいすぎる。俺なら我慢できずにすぐ触ってしまう。
「あぁっ! そこ、んっ、あ!」
彼女の声は聞いたことのない甘さとハートが飛んでいる。うらやましい。背後の男は己の欲を満たすためだけの腰つきではなく、深く挿れこんでは細かいピストンを繰り返している。ひとつひとつ、彼女の弱いところを責め立てるような動きだ。
「っはぁ、きもちい、です……」
「おや、やけに今日は“すなお”じゃないですか」
低い声の落ち着いた調子は、どこかで聞き覚えがある。静かな低音は行為中だというのにはっきりと耳に残る。陰から覗いている俺でさえそうなのだから、ナマエさんの鼓膜を震わせるそれは艶を含んだように聞こえるのだろう。
「ん、うぅ……」
「いつもこう素直だと嬉しいのですが」
「本当ですか? あの、スピネル様も気持ちいいですか……? もしかしてわたしばっかりじゃないかって不安で」
……スピネル様?
ナマエさんは今、俺の上司であるスピネル様の名前を呼んだか?
「不安にさせたことは謝りましょう。しかし、あなたは強引にされるのも好きなのかと」
よくよく聞けば、たしかに昼間に聞いた低音だ。それに、ナマエさんの背後でちらつく青緑の髪色と彼女を揺さぶるたびにはためく上着はまさしくスピネル様のそれ。
マジか。
俺の好きな人は俺の上司にズコバコ犯されていました。
……ええ〜〜……マジか……。
聴覚でスピネル様を認識した途端、はっきりと見えてくる相手の輪郭。二色に彩られた瞳が上からナマエさんの濡れた唇を見据えたかと思えば、指先でその艶をなぞっていく。
「まあ、好きですけど……スピネル様はわたしに本音を言わないものだとばかり思っていました」
「そんなことはありませんよ。……私がこれまでに嘘をついたこと、ありましたか?」
「……あります」
スピネル様でも、そんな顔するんだな。繋がったままの状態でナマエさんが不満そうに後ろへ振り返ると、うっすらと明かりに照らされた上司は戸惑いの中に愛おしさが入り混じった表情を見せていた。彼女が相手の衣服の裾を控えめに掴む。皺の寄った裾など気にもしない様子で、スピネル様はもったいぶるように腰を動かした。
「訂正しましょう。私がナマエに対して嘘をついたことは?」
「ぁ、ないですっ……!」
「では今から伝えることも真実です。……好きですよ、あなたのことが」
俺が心の底でナマエさんをよく想っていたときに、スピネル様と彼女はひそやかに愛を育んでいたのだ。悔しい。今までも、こうやって人の寄りつかない倉庫でスピネル様にあんあん喘がされてきたのだろうか。
「ただ、ナマエが私へ抱く感情と同じかどうかはわかりませんが」
「……同じだと嬉しいですけど、違ってもいいです。スピネル様がわたしのことを見てくれるだけでわたしは幸せです」
「それは……私を煽っているつもりですか?」
「え、そんなつもりは……! っあ、や、あぁあっ」
相変わらず後ろから攻める姿勢を崩さないスピネル様は、慣れた手つきでナマエさんのいいところを探る。華奢でも関節がしっかりとしているその指で、彼女のしとどに濡れた割れ目を往復してから、控えめに主張している突起を刺激した。
「っあ!」
「ここ触られるの、お好きですねえ」
「すき、ぁ、それきもちい、あぁっ」
「そういえば、あなたが昨夜つけた傷のことを言及されましたよ」
彼女のそれがだんだん充血していくのに、スピネル様は手を止めない。同時に腰も突き動かされているからきっと快感は計り知れないくらい絶大なものになっているはず。びくびくと体を震わせるナマエさんに目が離せない。
「だめですよ。跡は見せつけるものではありませんから」
「あ、ぁあっ、だ……めっ、これ以上は……!」
「すみません、もう止められないところまで来てしまいました」
絶え間なく官能の混じった肌と肌がぶつかる音が鳴り響き、二人の行為の激しさがますます伝わってくる。俺の前では涼しげな表情を歪めたことのないスピネル様が、欲にまみれた顔に汗を滲ませている。いつも余裕たっぷりなあの人が。
「あっ、あぁあっやだ、でちゃう、でちゃうからぁ、……!」
「どうぞ、見せてください」
彼女は悲鳴のような嬌声をあげながら、ナマエさんとスピネル様が繋がったそこからぷしゃ、ぷしゃ、と控えめに水分が吹き出した。うわ、リアル潮吹き初めて見た……。AVだけのものかと思っていたけれど、あんなふうに出るんだな。しかも、ハメ潮ときた。
「……ぁ……やだって言ったのにぃ……」
爪先までびくびくと震わせて、全身で快感を享受している。ひどく扇情的で、迎えた絶頂に浸る様子はさすがのスピネル様でも色気を含んだため息を漏らした。
「潮吹きしているナマエもかわいらしいですよ」
「はぁ……わたしが潮吹いてもスピネル様は気持ちよくないじゃないですか……それがやだ……」
「視覚が愉しいじゃないですか」
「わたしは一緒に気持ちよくなりたいんです……」
絶頂の余韻に震えるナマエさんを知ってか知らずか、スピネル様は抜き差しを激しくする。深く腰を入れ込んだあと、すっかり手懐けられた中への刺激に身悶えたナマエさんは啼いて身を捩る。しかし、すぐさま腕を押さえつけられて、熟れきった中を掻き回されてしまった。
「ぅ、あ! あ、あぁあ゛っなんで、きゅうに、あっ!」
「一緒に、と言ったのはナマエですよ。……責任、とってくれますよね」
「あ、とります、とりますから! っあ、あ、そこばっかむりぃ……っ!」
生理的な涙だろうか。ナマエさんは喘ぎながらも湿度のある声と涙を流しながら、スピネル様の腕に縋る。
「あ、ぁ、おくっ、あたっ……て、あぁっ」
「まだ浅いところですよ……まあ、ここも充分気持ちよさそうですが」
「ん、ぁ、だって、おっきい……っ」
「もっと入りますよ、ほら」
スピネル様の言うとおり、ぐちゅ、ぬぢゅ、と淫靡な水音がぐっぽりと咥え込んだ結合部から垂れ流され、奥へ奥へと進んでいく。すると、やわらかそうな内腿が震えて足元が定まらない。少し浮いた足先をピンと伸ばしては、くすぐられた官能をどうにか逃がそうとしているようだったが、スピネル様がそれを許してくださるはずもない。
「ぃ、あぁっ、いく、いっちゃうぅ、あ!」
「ああ、そんなに懸命に善がって……」
彼女はやわらかな背中をしならせ、切なく声をあげてまた達したようだった。
俺が知っているナマエさんは、ここにはいない。もっと穏やかで、自己主張も控えめな彼女しか知らない。こんな、物欲しそうな顔で奥まで咥え込んで、そっけない男にも愛おしそうに甘く喘ぐようなひとじゃない……。
「ふ、ふふふ、こんな淫らな姿を他の男には見せられませんねえ」
「みせないっみせるわけ、な、ぁ、あ゛ぅ、あ!」
あれ。今、スピネル様と目が合った気がするけれど、気のせいか。合ったと思った視線はすぐに逸らされて、充血しきった滾りを緩慢な動きで引き抜き始めた。二人の体液が混ざり合ったそこは白濁としており、ナマエさんの太ももを伝っているのがさらに情欲を煽る。
「そろそろ頃合いですかね」
「ふ、ぁ……」
全身が揺れるほどの激しさで奥まで貫いたかと思えば、そのままの速さで抽挿を繰り返す。合わさった肌が何度も何度も弾けて、そのたびにナマエさんが蕩けた声を出す。
「あ、だめ……っ! あっあっいきそ、あっいく、あっあぁぁっ!」
「悦ぶのがお上手で何よりです」
「あぁ、そこっあ、あ、また、あっでちゃうっや、あぁあっ」
彼女がそう訴えたときには遅かった。すでにぴゅ、ぴゅっと勢いよく飛び散ったあとで、寸前の激しい律動になんとか耐えたようだった。お互いに昇りつめたあとは奥まで押し込み、すべてを出し切ったら静かに引き抜かれていく。それをナマエさんが物欲しそうに上擦った声で「スピネル様……」と呟いたら、振り返って相手の唇をねだる。いや、あの無慈悲なスピネル様が射精後そんな簡単にキスするわけが──
「ん……っ」
したなあ、簡単に。あまりにも自然な流れだったから驚く暇もなかった。スピネル様の薄い唇はナマエさんの濡れたそれを食んで、お互いに夢中で舌を絡めあっている。甘くなりすぎた吐息と湿度の高まった狭い室内は二人のただならぬ関係を感じさせる。
「……あの、もう、ほんとに帰りましょう……」
ナマエさんがくったりと身を任せながら額に張りついた髪を少しずつ直していく。
「私は帰ろうとしましたよ。誰かさんがそれはもうねだりにねだってきたのでそれに応えただけなんですがねえ」
「ねだっ……てなんかいません!」
「私を欲しがって啼いていたのは誰でした?」
「っ……!」
「たまには素直なのもかわいらしかったですよ」
────
今までにないくらいすっきりとした目覚めだった今朝ほどだったが、どうにも昨夜どうやって仕事を終わらせたかあまり記憶がない。きっと疲れていたのだろう。そんなに仕事量もなかったし、俺しか残っていなかったからさっさと切り上げたに違いない。
しかし、何もしていないのに下着が白濁で汚れていた。不思議なこともあるものだ。この年齢になってもまだ夢の中で達するなんて。
気を取り直した翌朝。どれぐらい仕事が残っているのか記憶が曖昧だったため、一番乗りではないかと思うほど早足で駆けていた。すると、正面からはスピネル様と、それに歩調を合わせて歩くナマエさんの姿があった。まさか二人が俺より早いなんて。
「あ、スピネル様。ナマエさんも! おはようございます!」
スピネル様の業務量が多いのは周知の事実だけれど、まさかナマエさんもそれを手伝っているのか? 夜通し仕事していたのではないかと思うほど、彼女の顔には疲労が滲んでいた。しかし、どこか満足感のある表情と疲れていそうなのに血色のよい頬は何か忘れているものを思い出しそうだった。
「そういえば昨日話していた新しい手持ちのことですが」
めずらしくスピネル様から話を振られたので、俺は嬉々として返事をした。
「ああ、“てれや”なポケモンですよね。そのあとどうなりました?」
「それはもう素直なものでしたよ。……あなたにも見せてあげればよかったですねえ」
「へえ、そうなんですか。さすがスピネル様、一日で手懐けてしまうなんて」
「何度も躾けていると、あちらから縋りつくようになって……本当にかわいらしいんです」
スピネル様がふふ、と控えめに口角を上げると、なぜか後ろのナマエさんが少しばかり潤んだ瞳のまま俯きがちになった。もしかして体調が良くないのだろうか。さてはスピネル様にあれやこれやと命令されて帰れないとか? そうだ、あとで温かい飲み物でも渡そう。
「仕事はあまり根詰めないように。残るのも大概にしたほうがいいですよ。……見てはいけないものも見てしまいますからねえ」
人前でそんなことはしなさそうなのに、俺に見せつけるようにナマエさんの腰を抱き寄せたスピネル様は、恍惚とした表情で彼女の姿を捉えた。なんだ、この二人。直属とはいえ、えらく距離が近いな。
「もう一つご忠告をしておきましょうか。主人のいるポケモンにあまり干渉するものではないですよ」
「ひとのものをとったらどろぼう……ってやつですか?」
「ええ。野生のポケモンにならいくらモンスターボールを投げてもかまいませんが」
エクスプローラーズといえども、他人のものを奪うなということだろうか。スピネル様はたまに回りくどくてわかりにくい。
「それがたとえ私のものでも、とってはいけませんよ」
俺はおそらくこの先も見てはいけないものを見てしまうのだろうが、その都度どこでなにをしていたかはっきりと思い出せないでいる。
そして、どうやらスピネル様は新しい手持ちのことを随分と気に入っているようだった。他の誰の目にも入らないようにするぐらいには。