冷気に滲む

「ね、こっちに来て」

 窓辺に立つ八木さんに手招きをされた。
 長身痩躯の向こう側の硝子窓は、結露に濡れている。曇る窓をぼんやり見ながら、きっと外はとても寒いのだろうな、とひそかに思った。

「なまえ、見て」

 と、八木さんが窓硝子を長い指先でなぞる。流れ落ちる露。視界が少しずつクリアになってゆく。

「ほら、きれいだよ」

 わたしの部屋は三階だから、正直、景色はたいしたことはない。けれど彼は空を見上げて、満足そうに微笑んでいる。
 つられて夜空を見上げると、そこには冷え冷えとした灯りをたたえる、十六夜の月があった。白く輝く、みごとな氷輪。

「本当ね。すごくきれいなお月様」

 だろう、とまたしても満足そうに、彼が微笑んだ。まるで月がきれいなことが、自分の手柄でもあるかのように。このひとはずっと年上の大人なのに、時折子どもみたいに笑うから、参ってしまう。

「星もきれい」
「なまえと一緒だから、ますますきれいに見えるよ」

 耳元に流し込まれた低くあまいささやきに、そっと、目を閉じた。
 そう。あなたとふたりで眺める景色は、きっとなんでも美しいのだろう。

2024.2.4

Twitter(現X) 憂様【@torinaxx】のワードパレットより
「冷気に滲む」曇る窓 指先でなぞる 手招き

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月とうさぎ